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みんなが「作る人」になる時代に、CDOの僕が考えていること

こんにちは、noteのCDO(Chief Design Officer)の宇野です。

最近よく目にするデザイナー不要論。不要論を唱えるのは自由だし、ある意味で正しい話だとも思っています。AIによって、これまでデザイナーがやっていた作業の多くは置き換わっていく。それは事実です。

ただ、その目線で議論を続けても、僕の中ではあまり話が進まないなと思っていて。

これは、デザイナーを守る話ではありません。むしろ逆かもしれません。今日は、いま僕が頭の中で整理していることを書いてみます。

みんなが「作る人」になっている、これが本質

Goodpatchの土屋さんがやられた取り組みが象徴的でした。事業部の全社員にClaude Codeでアプリ開発を義務化したら、コーディング経験ゼロの86%がデプロイまで到達。営業96%、マーケ91%、人事86%、デザイナー81%と、職種を問わず作れている。

うちの会社でも、PMが自分でアプリを作っているなんて話が普通にあります。

これって「PMがコーディングできるようになった」「営業がデザインできるようになった」みたいな、職種の境界の話じゃないんですよね。

みんなが「作る人」になっている

これが本質。

もはや職種がどうこうのレベルの議論ではすでになくて、一人で一気通貫でものが作れる人が、社内の至るところに生まれている、ということ。

解けたのは「デザイナー」じゃない、「フェーズ」だ

ここで、めちゃくちゃ同意した話を一つ紹介させてください。

Anthropicのデザインリード、Jenny Wenさんが「The design process is dead(デザインプロセスは死んだ)」と語っているインタビューがあります。「デザイナーが福音のように扱ってきたあのデザインプロセス、あれは基本的に死んだ」と。

僕は、これに完全に同意していて。

ただ、ここで大事なのは、解けたのは「デザイナー」じゃなくて、「デザインというフェーズ」なんですよね。「デザイナーの領域がなくなった」じゃない。「フェーズが溶けた」。これ、似てるようでぜんぜん違う話です。

これまでの開発フローは、要件定義→デザイン→実装→QAのように、フェーズごとに人が割り当てられていました。でもよく考えると、これって役割分担をしている前提だったから、必然的にフェーズで切らざるを得なかっただけなんですよね。

デザイナーが作ったモックを、エンジニアが受け取って実装する。この受け渡しが発生するから、フェーズが分かれていた。Figmaの共同編集で境界が薄くなり、AIで完全に解けた。

つまり、フェーズがなくなったというより、「役割分担という制約があったからこそ用意せざるを得なかったフェーズ」が、その制約ごと外れた、と言った方が正確だと思います。

Fanny Buildさんがこの構造を綺麗に書いていて、「デザインからエンジニアリングへのハンドオフこそ、意図が死ぬ場所だった」と。Figmaのファイルが渡されて、受け取ったエンジニアが──ベストを尽くしながらも──仕様にない無数の判断を下していく。シップされる頃には、最初の意図は何度も翻訳されて、似て非なるものになっている。問題はスキルじゃない、媒体だった、という話です。

そのハンドオフ自体が、いま消えようとしている。Anthropicが先日リリースしたClaude Designなんかは、まさにそこを直接溶かしに来た象徴です。プロトタイプができたら、そのままClaude Codeに引き渡してコードまで一気通貫。受け渡しが「翻訳」じゃなくなる。

Jenny Wenさんも自分の時間配分が変わったと話しています。少し前まで60〜70%がモックとプロトタイピング。それがいまは30〜40%。残りの時間でエンジニアと一緒にコードを書いて仕上げたり、磨いたりしている、と。

要は、自由度が上がったんです。役割の受け渡しが少ないほどものは速く出てくる──これって前から言われていた真実なんですが、それを多くの場所で選べるようになった、ということ。

経営目線で見ると、デザインは「爆増する」

ここで視点を切り替えたい話があります。

「デザイナー不要論」って、デザイナー目線では「自分たちの仕事が減る」に見える。でも、経営目線では真逆のものが見えてきます。

デザインの量が、爆発的に増える

会社の人たち全員がデザインをするようになったら、社内で生まれるデザインの数はいまの何倍にもなる。CDOからすると「仕事が減る」どころか、その課題は増える方向の話なんです。

「会社の意図に沿ったデザインを、誰がやってもできる状態にすること」をどう設計するか。デザインシステム、スキルの配布、社内プラグイン──そういう仕組みづくりに、いま急ピッチで取り組んでいます。

ちょっと前まで「noteらしさを保つ」って、デザイナー数人とすり合わせれば成立する話でした。これからは、営業の人が作った社内ツールも、PMが作ったプロトタイプも、全部「noteらしさ」の射程に入ってくる。

「点」で判断するか、「線」で判断するか

フェーズが溶けて、誰もが作れる時代に、何が「デザインの本質」として残るのか。

僕は、判断の時間軸だと思っています。

AIが出してくる成果物って、その瞬間で見たら相当いい線をついてくる。Googleが作るならこれが正解、というレベルで。でも、それは「点」での判断なんですよね。

僕らがプロダクトを作るときに考えているのはもっと先のこと。「うちは5年後ここに向かおうとしている。その線の中で今出せる正解は何か」という問いの立て方。点で判断するのと、線で判断するのは違う

そして、ここからが大事なんですが──ぶっちゃけ、これこそが「デザインの本質」だとずっと言われ続けてきたことなんです。ツールでもなく、見た目の美しさでもなく、意思を線で積み上げていく力。

ただ、正直に書きます。デザイナーがその「本質」を体現する立場でい続けられたのは、Figmaのようなツールが他職種に対しての縛りになっていたからなんですよね。デザインを語るには、まずツールを操れないといけなかった。だからデザイナーがデザインを持ち続けられた。デザイナーって、これを認めたがらない傾向がある気がするんですけど。

その縛りが、AIによって完全に解けた。

つまり、これまでデザイナーと名乗っていなかった人の中にも「線で考えるのが得意な人」は当然いるはずで、そういう人たちが「デザインが得意」と呼ばれる側に入ってくる。逆に、ツールが使えるからという理由でデザインを担当していた人にとっては、立場が揺らぐ。

だから「今のデザイナーの仕事がなくなるかもしれない」という話に、僕はある程度同意するんです。全部ではないけど減ってくる。それは事実だと思う。

でも、それは本質的なデザインそのものがなくなる話じゃない。むしろ逆で、ツールという縛りから解放されて、本来あるべき本質に全員が注力できる時代になった

ここで一個、Fanny Buildさんが書いていたフレーズがすごく刺さったので紹介させてください。「探索が安くなったとき、出荷するものの質を決めるのは、反復のスピードじゃなく判断の質になる」と。これまで「10案つくる時間がない」みたいな制約は、哲学じゃなくただの時間の問題でしかなかった。それが解けたら、勝負のしどころは完全に判断側に寄る、という話。

そしてもう一つ、ここに付け加えたい話。パイプラインが速くなれば速くなるほど、意図的に遅くする判断ができる人の価値も同時に上がるんですよね。「ここは1ピクセル動かすかを悩む」「このボタンの言葉、もう1日寝かせる」──摩擦を選び取れる判断力。とても贅沢な時間。

ここが、これからのプロダクトの価値の分岐点だと思っています。

一番大事なのは、楽しむ力

いまnoteには「デザイン組織」があります。これは僕が意図的に作った形なんですが、ぶっちゃけ僕は、職能だからという理由で集めた組織って、もともとそんなに好きじゃないんですよね。

「縦割りか横割りか」みたいな議論も、僕の中ではあまり意味がなくて。結局どれも「役割の人で割っているだけ」なんです。で、いま起きているのは、「デザインを担当する人」がデザイナーだけじゃなくなった、ということ。組織の割り方を考えるときの素材が、一つ増えた。

「いまある職種を守る」ために組織を作るんじゃなくて、「いま何が必要か」から逆算して組織を作る。このスタンスは変えないつもりです。

ここまで偉そうに書いてきましたが、本音を一つ。

僕は、CDOという職種そのものに、別にこだわっていないんですよね。CDOがなくなる日が来たら、それはそれでいいじゃん、って思ってます。デザイナーという職種だってそう。

でも、デザインはなくならない。これは断言できる。

以前こんなnoteを書きました。


このスタンスは今もまったく変わっていません。デザインがあるからこそ、デザイナーやCDOという役割が生まれる。順番は逆じゃない。手でレタリングをしていた時代にフォントが生まれた。手書きの絵が製版されていた時代にDTPが生まれた。今起きていることも、僕の中では何ら変わらないんです。

決して楽観的になるつもりはないです。絶対になくなる職業はあるし、それは歴史が何度も証明してきたこと。でも、新しく生まれるものもあるし、方法が変わっても変わらないものもある。

特定の職種を集めて「不要」「危ない」と言い合うの、気持ちはわかるんですが、もっとワクワクしてもいいんじゃないかなと思っていて。

明らかにこれから作られるもののクオリティは上がっていくし、込めた思いを実現することにもっと集中できるようになる。僕としては、みんながデザインをしていく世界の方が、ずっと嬉しいです。

そのうえで、自分の「得意」をどう生かすかは、一人ひとりが考えていけばいい。正解じゃなくていい。

一番大事なのは、この変化を楽しむ力なんじゃないかな、って最近よく思っています。僕自身、今めっちゃ楽しいしね!

結局は楽しんだもの勝ちってことです。

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宇野雄 / note inc. CDO 頂いたチップは次なるUIデザインやその記事に活かしていきます!