お兄さん!チバさん!ありがとう!
チバさんありがとう!
田舎育ちで大した娯楽もない街で過ごした僕は「ミッシェルとブランキー」が中学生の頃から好きでした(当時は「ミッシェルとブランキー」という単語が、一種の嘲りを含んだ言葉とも分からぬピュアな少年でした笑)。田舎育ちなのでライブに行くなんて夢のまた夢で、また、当時はCDを買わないと音楽が聴けない時代だったので、足繁くCDショップに通ったものです。
医師になり、少し余裕が出てきた頃に、昔を思い出し「ミッシェル」のボーカルであるチバさんが立ち上げたバンド「The birthday」のライブに行き始めました。ライブ中チバさんはわずかなMCの他はただただ歌唱・演奏をするだけなのですが、その佇まい・音楽など、説明が難しいのですがその全てがカッコよく、辛い若手医師生活を耐える原動力となっていました。
しかし、来る2023年冬になんと55歳でチバさんが亡くなってしまうのです・・・今でも悲しい思い出です・・・でもなんとか思い直して「悲しみはもう捨てていいよ」というチバさんの「青空」という曲の影響もあり、チバさんへの献花の会『 Thanks ! 』に足を運び、チバさんの好きなガーベラを供えることが出来ました!
チバさん!素敵な歌と夢をありがとう!テキーラでさようなら😢#チバさん #チバユウスケ #thebirthday #THEEMICHELLEGUNELEPHANT pic.twitter.com/8Hg1oridev
— さりりん (@salinejapan) December 5, 2023
その年の紅白歌合戦で10-FEETが「チバユウスケ!うおおおお!」と叫んでくれていましたね。それにもなんだか嬉しくて涙が出ました。大ヒットしたあのバスケ漫画の映画版『THE FIRST SLAM DUNK』のオープニングテーマがThe birthday、エンディングが10-FEETだったので、その縁もあったのでしょうね。
変な話ですが、亡くなる寸前に大ヒットを飛ばしたチバさん!その生き様!あなたはやっぱり本物のロックスター!
お兄さんありがとう!
その2年後の冬に、お兄さんが急逝しました。たくさんいいねをつけていただいた「最高のお兄さん」というnote記事は、実はお兄さんの追悼のために書いたものなんです。感謝してもしきれませんね。
実はお兄さんの影響でミッシェルを聴き始めたんですね。なので、僕の中では、お兄さんとチバさんは、なんとなく同じカテゴリーに居るのですね。こんな感じで「これが本物のロックだ」みたいな話をした覚えがあります。
大人の世界への入り口
雨が窓を叩く音。 薄暗い部屋には、映画のポスター。床には漫画と、不安定に積み上げられたCDの塔。大人の世界への入り口であり、学校では教えてくれない「美学」を学ぶ教室だった。
『THEE MICHELLE GUN ELEPHANT』の文字。 モノクロのジャケット写真。兄がステレオのつまみを回す。 瞬間、スピーカーから爆音が炸裂する。 アベのカッティング・ギター。空間を切り裂くような鋭利な音。チバのしゃがれた怒号。あまりの音圧に一瞬身をすくませる。
雨音はまだ続いている。 流れる音楽が変わっている。 『BLANKEY JET CITY』。 先ほどの攻撃的な音とは違う、ヒリヒリするような焦燥感と、壊れそうなほど繊細なメロディ。ベンジーの少年のようにあどけない歌声。
兄は、単に流行りのバンドを教えてくれたわけじゃない。ミッシェルの『揺るがないスタイル』と、ブランキーの『傷つきやすい純粋さ』。その二つを通して、孤独との付き合い方、そして『かっこいい』とはどういうことかを、僕に教えてくれていたのだ。
兄が少し照れ隠しのように笑い、再びボリュームを上げる。 弟もまた、スピーカーに向き直る。 音楽の中で、二人の肩が少しだけ揺れている。
ムーンライト
チバさんが亡くなったとき、お兄さんが亡くなったとき、ずっとリピートで聴いていた曲の一つが『ムーンライト』です。
2022年8月10日発売のアルバム『SINGS』に収められており、2023年4月24日に食道がんの公表し活動休止。その後の治療経過などから考えると、その頃には既にステージの高い食道がんに罹患しており、自分の死期をなんとなく悟っていたのではないでしょうか。
そのような背景がある『ムーンライト』。この歌詞から、僕は生と死の間で揺れるチバさんの葛藤や悟りの境地を感じていました。その歌詞を一部ご紹介していこうと思います。
白い洞窟 花びらの中 俺は夢見る このままいきたい
冒頭の「白い洞窟」は、死の淵で見えるとされるあの世へ続くトンネルを想起させます。そこは花びらが舞う穏やかな場所。とても美しい場所なのでしょう。彼はそこで「このまま逝きたい」と願います。
朽ちてゆくのは 自然なことさ 離れかけてる 指先に血を
しかし「朽ちること」を自然の摂理として受け入れつつも、冷たくなり、意識から離れかけていく指先に、なおも血が通うことを望む。この描写は、医療現場で命の灯火を見守る私にとって、あまりにもリアルで、生々しい「生への未練」として胸に刺さりました。
ムーンライト公園を青く照らす その時が来るまでに
ここで語られる「その時」。発表から1年も経たずに彼が食道がんを公表したことを考えると、この言葉が持つ重みに息を呑みます。
未だにお前医学にしがみついてんじゃんか。それでいいじゃん!
結局音楽なんて なんの役にも立たないって お前言ってたよな? あんときあそこのバーでお前のことやらなくてよかったわ だって未だにお前音楽にしがみついてんじゃんか そのまんまさ それでいいじゃん
臨床医学の限界に直面し、自分の無力さに打ちひしがれていた時、ふと自嘲気味に「医学なんて結局、運命の前には無力だ」と感じてしまったことがありました。そんな卑小な思いに囚われていた私の耳に、この言葉が届きました。
???「結局医学なんて なんの役にも立たないって お前言ってたよな? あんときあそこのバーで お前のことやらなくてよかったわ だって未だにお前医学にしがみついてんじゃんか」
— さりりん (@salinejapan) April 8, 2024
チバさんもまた、自身の人生の終盤で「音楽をやってきたこと」の意味を問い直し、それでもなお、音楽にしがみつく自分を愛おしく思っていたのではないでしょうか。論理や精度を突き詰めても救えない命がある。それでもなお、その「役立たず」かもしれないものに人生を賭けてしがみつき続ける。その泥臭い姿こそが人間なのだと、彼は言ってくれた気がしたのです。
君のあたたかな に包まれた星の行く末になにが あるかなんて俺は知りたくもないね
遠い未来や世界の行く末などという、手に負えない大きなことに頭を悩ませる必要はない。それよりも、今ここにある現実を、少しでも良い方向へ進めていくこと。そんな、医師としての原点に立ち返らせてくれるようなアドバイスとして、私はこの言葉を受け取っています。
あとがき
まとまりもなにもないのですが、二人が残してくれたものを無駄にしないように、医学という、時に残酷で、時に無力で、それでも代えがたい「何か」にしがみつきながら、青い月光の下を歩き続けようと思います。ありがとうお兄さん!ありがとうチバさん!
