見出し画像

【育児】自分がちょっと残念な親でも、別にいいやって思えた。

娘(5)は可愛い。大好きだ。

しかし、24時間365日ずーっとか?と言われれば、少し自信がない。

ときたま…いや、最近は1日に1回は強く叱ってしまう。

食べるのが遅い、好き嫌いが多い、弟に手を出す、眠くなると癇癪を起す…

できることが増えて成長したなと思うことが多くても、まだまだ思うように動いてくれず、親として悩ましいことが多い。

注意するときは、優しい声かけを心がけているが、1回で聞くことはほぼない。何度も言い聞かせるとなると語気も強くなり、気づくと元ヤンでもないのに私はたった5歳の娘に巻き舌でメンチを切っている。

今朝だって、登園のため娘に早く制服を着るように声かけしていた。

「娘ちゃん、時計見て。8時になったら出発するから、そろそろ制服着なきゃだね?」

最初は、さりげなく、にこやかに、行動を促す母、こと私。

私は手足で朝食の後片付けを早送りモードで進めており、同時並行で目と口を動かし、娘の身支度の進捗を管理していた。

しかし当の娘は、床に座り込んで「おしりたんてい」の本に夢中。

ひらがなカタカナが読めるようになり、娘は一人で絵本を読書するようになった。その凛々しい姿に、最初は感動したものだ。

特にハマっているのが「おしりたんてい」。図書館で新しいお話を借りてくると両手を挙げて喜んでくれる。

ただ、おしりたんていは、オナラやウンチといった下ネタを散りばめた内容が、親にとっては少々いただけない。(主人公の顔面もなぜかおケツだ。)

しかし我が子はじめ、子ども達にはコレが大ウケで、謎解きも面白く、年中・年長でも読みやすい構成となっている。

絶妙なバランスで配合された下品・親しみ・好奇心で子ども達の関心をそそる著者トロルには、親は屈服せざるを得ない。

そういえば、私も昔はクレヨンしんちゃんが大好きだった。しんちゃんが「太っ腹」を「太もも~」と言っていたため、私は小3くらいまで「太もも」と言うのが正しいと勘違いしていたくらい、幼児教育への影響力は大きいのだが。(私だけか?)

話は戻るが、制服着用指示である私の声が届かない様子の娘に、私は食洗機に皿を投げ込みながら、もう一度声をかける。

「娘ちゃん! 制!服! 着てね!!」

わかりやすく短文にして、声を少し張り上げた。

「はーい」と気のない返事をする娘。

娘は母の声に気が付いたようだ。よし。

しかし、娘は反応はしたものの、視線はおしりたんていのままだ。
もう1度声かけしても、娘は身動きすらしない。

仏の顔も三度まで。私はふきんで食卓テーブルを高速で磨きながら、怒りのボルテージも急加速する。

「娘ちゃん!お母さん、何て言ったか聞いてた?!」

「…なに?」

さっきは生返事だったようで、ちゃんと聞いていなかったようだ。私は腰をかがめて食べこぼしまみれの床をせわしなく清掃しながら、口を勢いよく動かす。

制服を着なさいって言ってんねん!1回で聞きな!!(怒)

「…わかった」

娘は母がなんかキレていることにようやく気が付き、立ち上がった。
私は大きく息を吐く。こんなことでエネルギーを消耗させないでくれ…。

タタタ…!

早速、娘は3m先にある制服をかけたハンガー目がけて直線距離を走る。
2秒後には到着し、娘は制服を手にしているだろう。

ふう。娘が制服を着れたら、次はハンカチを選ばせて…
私は床を拭きつつ、走る娘を眺めながら次の指示を算段する。

タタタタタタ…!

あ!」(娘)

あと0.5秒走ったら、制服に手が届くところで、娘は床に転がっていた「かいけつゾロリ」の本を見つけ、座り込んだ。そして何事もなかったように読みだす。

私は、床磨きしたまま膝から崩れ落ち、新喜劇のようにヅッコケた。

なぜだ…あれほど強く叱ったのに…

昨晩、片づけをさせるのが面倒で、リビングを散らかしたまま寝てしまった自分も悪いのだが…。

私は叱る気力もなくなり、食べこぼしまみれの床に脱力して息絶えた。


この展開を振り返り、私は何かに似ているなと思った。

昔よく見ていたクレヨンしんちゃんだ。

毎朝、みさえが幼稚園バスのお迎えに間に合うよう、眠そうなしんちゃんの口を大きくこじ開け、朝ごはんを全て流し込む。両手でしんちゃんの顎を動かし、よく噛ませることも忘れない。しんちゃんの目は寝たままの状態でみさえが歯磨き・着替えも介助し、無理やり身支度を進める。

「ふう、なんとか今日はバスに間に合いそうね…。」

みさえがホッとしたところで、バスが家に到着し、よしなが先生が呼び鈴を鳴らす。「さあ出発よ!」と玄関を出ようとすると…

「母ちゃん、オラ、うんこ…。」

みさえはズッコケ、しんちゃんは悪びれる様子もなくトイレに籠る。みさえは泣きながら先生に謝罪し、バスを見送る。その後みさえは、スッキリしたしんちゃんとひまわりを自転車に乗せ、鬼の形相で幼稚園まで爆走する。

何度も見た展開。昔はのんきに笑っていた私も、今はみさえと一緒に泣ける。なんで子育てってこうも予定通りにいかないのか…。

最近の私は、期待を裏切る娘に対して、「おバカー!」と叫ぶみさえのように目を吊り上げて叱り、想定外の展開に諦めの涙を流す。そしてキツく当たってしまった自分を後で責める。


そもそも、いつから娘に期待するようになったのだろう。

3歳まではたどたどしい会話であったが、娘は4歳くらいから、ある程度は大人と同じようによどみなく喋るようになった。

大人と同じ調子で会話ができるようになると、つい親は「こうしなさい」「ああしなさい」といった注意や促しも簡単に聞き入れてくれるものだと錯覚してしまう。

そして聞き入れてくれないと、「もっとしっかりしてくれ…」と思ってしまう。

しかし、今朝の娘は、しんちゃんを見ているようであった。
大人と会話できても、集団生活ができていても、所詮はまだ幼児であり、自身のペースを制してまで、親の注意を簡単に聞き入れられない。

ついイライラしちゃったけど、そういえば娘はクレしんの年齢だった…か。

年長とはいえ、まだ幼児なんだ、しんちゃんと同い年なんだと思うと、「親の声が聞こえてなくても仕方がないかー」と少し思える。

しかし、何度も同じ声かけをさせられると、イライラしちゃう。相手が反応するまで穏やかに声をかけ続けるしかないとわかっていても、強く叱ってしまう。

でもそれは、野原みさえも同じだ。

劇場版のみさえは数々の名言を残し、素敵ママのようであるが、通常営業のアニメでは彼女はしっかり感情で動いており、磯野フネのような完璧な母親でなく、お茶目でちょっと残念な母親である。

大人をちゃんと人間っぽく描くクレしん作者の臼井儀人も、トロルに負けていない。

私も野原みさえと同じと思うと、自分を許したくなる。
自分がちょっと残念な母親でもいいやって思えた。

「親にとって、子供は自分以上なの。好きで嫌われ役やってるんじゃないわよ。」

劇場版野原みさえの名言。子どもを想ってこそ、親が持つべき嫌われる勇気。いつもの残念な自分を少し肯定してくれているようで、好きだ。

そういえば最近、他の方のnoteにて「子どもが小学生に上がると、親は野原みさえから野比玉子になる」という記事があり、小学生ママから共感を得る記事を見かけた。

子が就学すると、親は、勉強を含め子どもの生活習慣をどこまで手を出さずにじっと見守れるかが求められるらしい。子どもの身の回りすべて管理する野原みさえの次のステップは、「見守り」と「促し」のバランスに悩む野比玉子であるそうだ。

親の業にもキャリアアップがあるなんて…。思えば子育ては少なくとも子が成人するまで続く。磯野フネあたりの落ち着きと貫禄のある「達観した親」になれるのはいつになるだろうか。

まあ、とりあえずしばらくは、自分がちょっと残念な親でもいいやって思えた。

いいなと思ったら応援しよう!