SonyがAppleに負けた理由に対する反論
以下のポストを拝見した。これに反論を試みようと思う。
日本のSONYがAppleに負けた1番の理由
スティーブ・ジョブズが言った
「Appleで一番大事なのは何か?」
答えは1つ ユーザー体験
SonyがAppleに負けた理由を「ユーザー体験(UX)が一番」と説明するのは、あまりに雑だ。(だが使い古されたこの説は一見説得力を持っているように見えるから厄介だ)
Appleの勝因はUXだけではない(断じて)
Appleの勝因は、UXではなく「市場構造の再設計」にある。Sonyはアーティスト、レーベル、CD流通網、版権という音楽産業の中核をすべて内部に持っていた。一方Appleはそれらを持っていなかった。
だからこそAppleは、iTunes Storeという新しい流通と課金の仕組みを作り、CDという媒体と既存の流通構造を相対化することができた。これはクレイトン・クリステンセンの言う「破壊的イノベーション」に近い。
ただし重要なのは、Appleが既存の権利を「壊した」のではなく、レーベルを巻き込みながら市場のルールを再定義した点にある。
曲単位での購入、シームレスな同期、ストアと体験の統合──これは単なる使い勝手の改善ではなく、音楽を「製品」から「プラットフォーム」に変えた行為だ。
前提:AppleとSonyの違いは持たざる者と守るべきものがある者の違い
Sonyが失敗したのはUX軽視だからではない。自社の既存資産(CD、流通、権利)を守ろうとするあまり、ユーザー側の摩擦を増やし、プラットフォームとしての規模を作れなかったことが本質だ。
Appleは、失うものがなかった。
Sonyは、失うものが多すぎた。
UXは重要だが、それは勝因の「十分条件」ではない。勝敗を分けたのは、UX × 市場構造 × プラットフォーム設計の差である。
これは音楽業界が繰り返してきた歴史そのもの
私がUX単独説に違和感を覚えるのは、そこに音楽産業の構造史が抜け落ちているからだ。
1950〜60年代、アメリカには優れた音楽を生み出しながら、ディストリビューションを持たないがゆえに、大手レコード会社の販路に依存し、売上回収前に制作費が払えず倒産した小さなレーベルが数多く存在した。
問題は音楽の質ではなく、流通へのアクセスだった。
iTunes Storeが革命的だったのは、操作が気持ちよかったからではない。
物理メディアと流通網という参入障壁を取り払い、作品が「棚に載る権利」を再定義したからだ。
あの時代にiTunes Storeがあれば、救われた音楽は確実にあった。
音楽産業における破壊的イノベーションの歴史
では、音楽業界における『流通の民主化』という視点からその歴史を振り返ってみようと思う。
20世紀初頭のアメリカ音楽産業は、いわゆる「ティン・パン・アレー」に象徴されるように、楽譜の出版と販売を中心に成立していた。この時代、音楽とは「演奏されるもの」であり、価値は楽譜と演奏機会によって流通していた。音楽家は演奏し、出版社は楽譜を売る。音楽の流通は物理的・地理的制約を強く受けていた。
この構造を根底から変えたのが、レコードの発明と普及である。録音技術は、音楽を「一回限りの体験」から「複製可能な商品」へと変え、演奏家と聴衆の関係を切り離した。これは音楽家にとっては新たな収益機会であると同時に、楽譜中心の旧来の音楽産業にとっては破壊的な変化だった。
音楽は演奏されるものから、流通されるものへと転換したのである。
その後、LPからCDへと媒体は進化するが、構造自体は変わらなかった。CD時代の音楽産業は、制作・プレス・物流・小売という巨大な物理流通網を前提とし、その販路を握る大手レコード会社が市場支配力を持った。1950〜60年代には、優れた音楽を生み出しながらもディストリビューションを持たない小規模レーベルが、売上回収前に制作費を支払えず倒産する例が数多く存在した。問題は音楽の質ではなく、流通へのアクセスだったというのは前出の通りである。
この長年固定化された構造を再び破壊したのが、2003年に始まったiTunes Storeである。iTunes Storeは、物理メディアと全国流通網を前提とせず、音楽をデジタルデータとして直接ユーザーに届ける仕組みを作った。
さらに、販売単位をアルバムから1曲へと分解し、検索・試聴・購入・再生を一つの体験に統合した。
再びiTuneStoreの革新性
iTunes Storeの本質的な革新は、操作性の良さではない。それは、音楽流通における参入障壁を下げ、「誰の音楽が棚に並ぶか」を決めていた力関係を再定義した点にある。ティン・パン・アレーからレコード、CDを経て、iTunes Storeに至る音楽産業の歴史は、一貫して「音楽そのもの」ではなく、流通構造をめぐる破壊的イノベーションの歴史だったと言える。
最後に
しかしながら以下のような新たな問題も生まれている。
iTunes Store以降、ストリーミングは本当に「民主化」を継承したのか
プラットフォームが再び流通の権力を集中させていないか
多分、これも歴史が繰り返すことになるのだろうから、ここでは論じない。本当はこの文章にThe Beatlesで有名なAppleレコードとの紛争なども書こうかと思ったが脱線しすぎなのでこの辺でやめておこうと思う。
