早朝散歩で初心を思い出した

退職後の日々の出来事を記録するために、noteを始めたんだった。Web日記として。だから、毎日、投稿している。ということを、思い出した。
「つぶやき」という、最適な書式がnoteにはあったから。
その日の出来事はその日のうちに整理して、短くまとめていた。きちんと記録すべきと思った事柄だけ、記事の形でまとめた。
そのうちに、不測の大きな出来事が重なり、また、あれこれ考えるようになって、つぶやきや短文ではすまなくなった。
文章をまとめるのに時間がかかるようになった。
さらに、他者の目を意識して、頑張るようになった。
それはそれで、深く考えるきっかけになっているのだから、あるいはnoteが意図しているであろう「発信」という行為になっているのだから、良いことだとは思う。
でも自分には、「息をするように文を書く」才はないので、サスティナブルではない。全然。
毎日、ずっとこの姿勢を続けたら、辛くなる。
現に、日々の小さな出来事を、ありのまま振り返る時間を、最近なかなか、noteの中に持てていないなあと感じる。
特に、「つぶやき」機能が代替案装備なく廃止され、梯子を外された後は。
初心に戻ろうと思う。
つぶやきを大切にしようと思う。自分のための、ありのままの。
例えば、早朝散歩修行30分、のつもりで、よいしょ!と家を出たところ、朝の陽ざしに、励まされたような気持ちになって、予定時間の2倍、修行してしまったとか。
それで、家からたった数分の場所なのに、一度も足を踏み入れたことのない場所を、ここに住んで16年目にして発見してしまったとか。
日日是発見。日日是初日。
つぶやき機能は、なくなってしまったけれども。


今日のワンポイント:包み蒸し朝食

