【不便の美学】1億曲の海を拒む。レコード棚から「重たい一枚」を引き出す儀式
私たちのポケットには今、人類の歴史上のほぼすべての音楽が収まっています。
AIは私の好みを完璧に解析し、「あなたへのおすすめ」という名の終わらないプレイリストを自動生成し続けてくれます。
そこには物理的な重さも、棚のスペースも必要ありません。気に入らなければ、開始5秒で画面をスワイプするだけ。
摩擦のないツルツルとした情報の海の上で、私たちはなんて効率的に、無限の「選択」を行えるようになったのでしょうか。
タイパという言葉がもてはやされ、私たちは常に「もっと良い曲」「もっと刺激的なコンテンツ」を探して、無重力の空間を彷徨い続けています。
けれど、その「何でも選べるけれど、何も選んでいない」ような浅い呼吸の連続のなかで、ふと、自分の輪郭までがぼやけていくような虚無感を覚える夜はないでしょうか。
THE NOISE ── 無限の選択肢と、壁を占領する重たい棚
そんな、果てしない便利さに削られそうになった深い夜。
私は、部屋の壁の大部分を無遠慮に占領している、重たい木の棚の前に立ちます。
そこには、ぎっしりと詰め込まれた12インチのアナログレコードたちが、暗い影を落としています。
ここから今夜の音楽を選ぶという行為は、絶望的なまでに非効率です。
検索窓はありません。古びて擦り切れた背表紙の文字を、ひとつひとつ目で追いながら探すしかない。
そして、「これだ」という一枚を見つけたら、指先にグッと力を込め、隣のレコードとの強い摩擦に抗いながら、重たい厚紙のジャケットを棚からズルリと引き抜かなければならないのです。
THE PRESCRIPTION ── 選択に「物理的な重力」を取り戻す
けれど、この「棚から引き抜くという重労働」こそが、私たちが取り戻すべき極上の処方箋なのです。
ジャケットを引き出すとき、指先に伝わる厚紙のザラりとした感触と、確かな重量感。
それは、「1億曲の中からAIが選んだ適当なBGM」ではなく、「私が、私の空間と引き換えにしてまで所有し、自らの手で選び取った音楽」であるという強烈な宣言になります。
重たい思いをして引き出したのだから、最初の5秒でスキップすることなどできません。
ノイズが混じろうが、B面へひっくり返す手間がかかろうが、その不便さごと、数十分の時間を丸ごと受け入れる覚悟が決まるのです。
無限の選択肢は、時として人の心を漂流させます。
今夜は、ツルツルとした画面をスクロールして「次」を探すのをやめて。
自分の部屋の壁から、ホコリの匂いがする「重たい一枚」を、自分の手で引きずり出してみませんか。
⚠️ 免責事項: 本記事はRojiの主観的な偏愛の記録です。スチール製のスタンドや真鍮製品は、あなたの手汗や皮脂を吸ってエイジング(経年変化)します。それは汚れではなく、あなただけの歴史です。
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