彼女と私の休憩室
# 彼女と私の休憩室
彼がいなくなってから、休憩室は思ったより静かだった。
レンジの音だけが、いつもより大きく聞こえた。
その寂しさにも、慣れかけていた頃。
彼の後任として、△△さんが異動してきた。
見た目はいたって普通。年齢は私より15も上。
正直、期待なんてしていなかった。
「〇〇さんも、いつもこの時間?」
「そうですね。だいたい12:30から」
「私も。じゃあ、しばらくよろしくね」
それだけの、何気ないやり取り。
でも、話してみると驚くほど噛み合った。
好きな音楽も、休日の過ごし方も、ちょっと斜に構えた物言いも。
「それ、わかる」が、何度も重なった。
「〇〇さんって、ほんと変わってるよね。良い意味で」
「△△さんにだけは言われたくないです」
「ふふ、そういうとこ」
数ヶ月が経つ頃には、彼女が休憩室に来る足音だけで、少し嬉しくなっている自分がいた。
ある日、何気なく話した数週間前の話を、彼女が正確に覚えていた。
その瞬間、はっきりわかった。
これは、ただの気の合う同僚への感情じゃない。
彼を好きだった時と、驚くほど似た熱を持って、私は彼女を好きになっていた。
自分はバイだったんだ、と気づいたのは、その頃だった。
「私、先週別れたんだ」
ある日、彼女がそう言った。
「長く付き合ってたんだけどね。……相手、女性だったんだ」
驚かなかった。むしろ、腑に落ちた。
「実は私も、男の人だけが好きなわけじゃないんです」
「知ってた」
彼女は笑った。
似ている、なんてものじゃなかった。同じだった。
同じものを見て、同じところで笑って、同じ孤独の形をしていた。
だからこそ、分かり合えた。
だからこそ、ある日から、少しずつ怖くなった。
「〇〇さんのそこ、元カノに似てるかも」
冗談めかして彼女が言った、何気ない一言。
それが、ずっと引っかかった。
私は、彼女にとって本当に私なのか。
それとも、失った誰かの続きを、無意識に探しているだけなのか。
一度そう思ってしまうと、彼女の理解の深さも、噛み合いすぎる会話も、鏡を覗いているような息苦しさに変わっていった。
「今度、飲みに行かない?」
「すみません、今回はちょっと」
「じゃあ、今度の休みは?」
「予定があって……」
理由なんて、本当は何もなかった。
ただ、うまく言葉にできなかっただけ。
そんな日が、何度か続いた。
そして、ある朝。
「私、来月で辞めることにした」
彼女はそれだけ、あっさりと言った。
「そうなんですね」
前と同じ言葉しか、出てこなかった。
最後の日、彼女は何も特別なことを言わずに、いつも通りレンジの前に立った。
「お先〜」
その一言だけを残して、彼女は休憩室を出て行った。
残されたのは、いつものカウントダウンの音だけ。
彼女がいなくなって、また休憩室は静かになった。
でも、前と同じ静けさじゃなかった。
彼を失った時は、ただ寂しかった。
彼女を失った今は、寂しさの中に、小さな確かさがある。
自分が誰を好きになれるのか、もう迷わなくていい。
それだけは、彼女がくれたものだった。
レンジのカウントダウンは、今日もゼロで止まる。
その音を、前より少しだけ、まっすぐ聞けるようになった気がする。
