クリームソーダとさようなら
🍊第65回 3つのお題(昭和ノスタルジー)
🎈お題①:「最終バスと君の背中」
🐾お題②:「レコードのB面に君がいる」
⏳お題③:「クリームソーダとさようなら」
お題④イラストから空想した世界を書いて下さい。
クリームソーダとさようなら
僕たちは同じクラスになり、なんとなく親しくなった。
最初、僕は彼女のことをなんとも思っていなかった。
あの出来事が起きるまでは。
彼女はクラス中の男子の人気を総なめにしていた。
頭脳明晰、スタイル抜群。
そして性格はクール。
誰にデートに誘われても、すべて断る。
だから余計に、男子たちは躍起になっていた。
ある日の放課後。
授業が終わると、彼女はいつものように教室を出ていった。
それを見ていた悪ガキたちが、すぐに後を追った。
嫌な予感がした僕も、こっそりついていった。
彼女が裏庭へゴミを捨てに行くと、待ち構えていた悪ガキたちが取り囲んだ。
それでも彼女は、いつものようにクールだった。
「私に用事があるなら、一人でいいんじゃない? こんなに子分を連れてこなくても」
「悪いな。俺は一人でも来られるけどよ。こいつらが勝手についてきたんだ」
「で、私に何の用?」
「ああ、おおありさ。その唇をちょいと奪おうかと思って」
「無理やりにするの? あんた男なんでしょ」
「何だと。むかつく女だぜ」
悪ガキが彼女の腕をつかもうとした、その時だった。
僕は思いっきり叫んだ。
「先生! こいつら、タバコ吸ってます!」
「なに!」
悪ガキたちがひるんだ。
「走れ!」
僕は彼女の手をつかんだ。
二人で夕暮れの道を全速力で走った。
「待て、こら!」
後ろから声が聞こえる。
僕たちは走った。
ただひたすら走った。
はぁ、はぁ、と息を切らしながら街まで来ると、目の前に一軒の喫茶店があった。
「ここ!」
二人で飛び込んだ。
店の一番奥の席に座り、息を潜める。
どれくらい時間が過ぎただろう。
窓の外を見ても、もう悪ガキたちの姿はなかった。
彼女が小さく言った。
「ありがとう」
初めて見る、彼女の柔らかな表情だった。
その夜、彼女は最終バスに乗った。
僕はバス停に立ったまま、遠ざかっていく彼女の背中を見つめていた。

バスが見えなくなったころ。
僕の心臓は、爆発しそうなくらい激しく鳴っていた。
次の日。
彼女はいつもと何も変わらなかった。
悪ガキたちも、何事もなかったように大人しくしている。
ただ、一つだけ違うことがあった。
彼女が僕を見ると、笑うようになった。
その笑顔に――
僕は完全に心を射貫かれてしまった。
それから僕たちは、あの喫茶店で時々会うようになった。
僕は音楽が好きだった。
ある日、お気に入りのレコードの話をすると、
「それ、私も持ってる」
彼女が言った。
そのレコードのB面には、僕の大好きな曲が入っていた。
僕は家に帰ると、その曲を何度も聴いた。
針を落とす。
レコードが回り始める。
曲が流れる。
目を閉じれば、彼女の笑顔が浮かんだ。
いつしか僕にとって、その曲は、
『レコードのB面に君がいる』
そんな曲になっていた。

僕たちが喫茶店で、いつも注文するものがあった。
クリームソーダ。
鮮やかな緑色のソーダ。
その上に浮かぶ白いアイスクリーム。
そして真っ赤なサクランボ。
ある日、店主が僕たちに言った。
「知ってるか? うちのクリームソーダにはジンクスがあるんや」
「ジンクス?」
「このクリームソーダを一緒に飲んだカップルは、百パーセントさよならする」
「ええっ!」
「だから、わしはこれを『クリームソーダとさようなら』って呼んどる」
「そんな縁起の悪いもの、なんで出すんですか」
「それがな、そのジンクスに挑戦するカップルが増えてしもうた」
店主は僕たちを見て、にやりと笑った。
「あんたたちも挑戦するのかい?」
僕は慌てた。
「僕たち、まだ付き合ってないです!」
「おや、そうかい。まぁ、見たところ、男の子の片想いやな」
「なっ……!」
僕は顔を真っ赤にして、クリームソーダをすすった。
彼女は隣で笑っていた。
「僕たちも、いつかさよならするのかな」
僕が言うと、
「まだ付き合ってもいないんやから、さよならなんかせんやろ」
「それもそうやな」
二人で笑った。
その時は、本当にそう思っていた。
ところが――。
さよならは突然やってきた。
彼女の父親の転勤が決まった。
遠い街へ引っ越すという。
最後の日。
僕たちは、いつもの喫茶店にいた。
彼女が店主に言った。
「クリームソーダ、二つ」
「おい」
僕は彼女を見た。
「ほんまに、さよならになってもうたやないか」
「そうやね」
彼女は笑った。
でも、その頬を一粒の涙が伝った。
そして、小さな声で言った。
「私も、あんたのこと好きやったよ」
「やったって……過去形にすんなよ」
彼女は泣きながら笑った。
僕も笑った。
何か言えば、本当に別れが来てしまいそうで、それ以上何も言えなかった。
その夜。
彼女は最終バスに乗った。
あの日と同じように、僕は彼女の背中を見送った。
でも、あの日とは違った。
走り出したバスの後ろの窓から、彼女がずっと僕を見ていた。
僕はバスを追いかけた。
「絶対、会いに行くからな!」
彼女が何か叫んでいる。
でも、バスの音に消されて聞こえない。
僕は走った。
走って、走って――。
やがて最終バスの赤いテールランプが、夜の向こうへ消えていった。
それから、長い年月が流れた。
僕は久しぶりに、あの街へ帰ってきた。
駅も、商店街も、ずいぶん変わっていた。
でも――。
あの喫茶店は、まだそこにあった。
カラン、カラン。
懐かしいドアベルの音。
「いらっしゃい」
店主も、すっかり年を取っていた。
僕を見ると、しばらく考えてから笑った。
「久しぶりやな」
「覚えてるんですか?」
「クリームソーダのジンクスに負けた兄ちゃんやろ」
「やっぱり、あのジンクス、本当だったんですね」
すると店主は笑った。
「いや。あれな、わしが勝手に言うてただけや」
「ええっ!」
その時。
店主が一枚のレコードに針を落とした。
聞き覚えのあるイントロが流れた。
あの曲だった。
僕が何度も何度も聴いた、あのB面の曲。
「このレコード……」
「誰かが置いていったんや」
「誰が?」
「さあな」
店主は、にやりと笑った。
僕は振り返った。
窓際。
昔、二人でいつも座っていた席。
そこに、一人の女性が座っていた。
テーブルの上には、
クリームソーダが二つ。
彼女が僕を見た。
あの頃と同じ笑顔だった。
「遅いやん」
僕は何も言えなかった。
彼女はストローでクリームソーダをくるくるとかき混ぜながら言った。

「今度は、さよならせんでええんやろ?」
僕は彼女の向かいに座った。
「もう二度とせんよ」
レコードのB面が回っていた。
窓の外を、最終バスがゆっくりと通り過ぎていった。
僕たちは、そのバスを見送った。
もう、追いかけることもない。
もう、君の背中を見送ることもない。
今夜はもう、
最終バスに乗る必要がないのだから。
――おしまい。
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