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【二拠点生活】東京と田舎、ふたつの暮らし。

2025年3月、私の地元である富山県南砺市の田舎で、7部屋あるリノベーション古民家に入居しました。定期借家のため、東京にある拠点はそのままなので、いわゆる二拠点生活となります。

そういう生活をしていると、「地方創生」とかに興味がありそうに見えるかもしれません。興味がないわけではないのですが、「東京に拠点を持っておいて地方創生を語る」というのも自分の中で矛盾しているような気がします。というわけでその視点については今回は割愛します。

ここでは、私が田舎に家を借りることにしたきっかけについて書いてみたいと思います。

東京の他に家を借りた地元 富山県南砺市

田舎に家を借りることにした理由

田舎に住むことを決めた理由はいくつかあります。自然の中で暮らしたい、東京の家が狭く感じる、といった理由もありますが、特に人に伝えたい、と思うような理由としては二つあります。

1. 能登地震と地方の未来

一つ目は2024年の元旦に発生した令和6年能登半島地震の後、AbemaTVで次のような議論が交わされていたのを見たことです。

【能登地震】復興より移住を? 議論するべき時期? 生活インフラは維持? コミュニティを守れる?

令和6年能登半島地震災害時に交わされた「復興より移住」議論。

ひろゆきさんや、地方行政に詳しい米山隆一さんらの出演によって行われたこの議題は、地方出身者として衝撃的でした。

私が生まれ育った街や実家がある集落は高齢化しており、空き家が多いです。実際に、実家の近隣もすでに多くが空き家になっています。もしこの集落が災害に見舞われたら、きっと能登地震と同じような議論が交わされるであろうことは明らかです。そして、その議論の多くは、田舎に住んだことのない論客によって行われるのでしょうね。

確かに、毎月税金を支払う現役世代としては財政的・社会的な負担や、人口減少という現実を踏まえた「合理的な視点」は非常に理解できます。

しかし、人間である以上、感情的な側面を無視することはできません。

「今はまだ大丈夫だから、大丈夫だ。」

そう思っているうちに、このような議論がされる日本において、果たしてこの集落を選んで新しく移住する若者はどれほどいるのだろう…と思ってしまいます。

できることなら、地方の未来は、実際にそこに住み、活かして生きる人たちの手で決まってほしい…。そんな思いが、私の中に残りました。

地元の風景

2. 「都会と田舎は変わらない」という言葉

もう一つの理由は、おそらくは東京に育ってきたであろう方に「都会と田舎は変わらない」と強く言われたことでした。

でも、都会と田舎は、やっぱり違う。
生まれ育った環境が違えば、見える世界も変わるのだから。

病院やスーパーの選択肢が限られ、公共交通機関が非常に限られており、車がないと移動もままならない。豪雪もあり通える範囲にある高校の選択肢が少なく、大学へ進学するためには一人暮らしが必須です。

都会での生活は便利で、あらゆる選択肢があります。それが当たり前なら、田舎との違いを意識することはないのかもしれません。

そんなことを考えながら、その言葉を聞いていました。

実際に、都会と田舎にはさまざまな違いがあります。数え切れないですが、まずは人口の減少により多くのものが消えていくことが挙げられます。

子供の頃に、行政から送られてきた書類に、美術館やスキー場、公衆浴場のような公共施設が記載されたもので、「この中で残したい施設にマルをつけてください」というアンケートがありました。

この地域が変わっていくことを、子供ながらに実感しました。それは私たちの思い出の場所が、これから消えていくんだ、と思わされた出来事でした。

実際に多くのものが消え、または縮小されていきました。

いくつのものが消えたでしょう?

初めて友達ができた保育園。大会で優勝したスキー場、祖母と通った公衆浴場。唯一あった美術館も今はありません。

この街に唯一存在した高校も統合されました。
この地では、どんどんと縮小していくのを身を以て感じずにいられないのです。

大学受験時には、担任に以下のことを言われました。
「東京に行ったことがある?塾の広告がいっぱい。みんな子供の頃から勉強をしているの。」
このように田舎では、大学受験の選択肢が限られていると感じることもありました。(結果的に大学には合格しましたが)

情報や、何かあった時のソーシャルサポートへのアクセスの違いは、語るまでもありません。

しかし、そんな暮らしも当たり前だから普通に受け入れているし、言ったって仕方ない(から言わない)と思いました。ただ、誰かが「都会と田舎は変わらない」という視点で見ているのは面白いなと思いました。何もそういう人をここに呼んで、住んでもらって違いを知ってほしいとかは絶対思わないです。

私の発想は全くの逆です。私に見えているものが多いのだから、ぜひそれを活かしたいと着想しました。田舎には田舎にしかない可能性があります。必ず。

特に、自然の美しさは格別です。日中の道をゆっくり歩くとき、苔や草花が生き生きしているのを見て、美しさに息を呑みます。私は自然の中にある何かをじっと眺めて、マクロレンズで撮るのが好きです。ファインダーを覗くと、クローズアップされた苔が踊っているのが見えます。どこまでもみずみずしい、色とりどりの自然の営みが毎日、休むことなく繰り広げられてるんです

ダイナミックな自然の営み

私は写真家として、この場所の持つポテンシャルを知っている!と思いました。

なら、試してみよう。

そう決めました。

だから、あとは「実践」あるのみだったのです。

今私が住んでいる素敵な古民家は、たまたま賃貸に出ておりご縁があったものをありがたくお借りしました。

そしてリモートで会社員として働きながらも、この地で生き、周辺を撮影する生活を始めました。

東京の「不足」と、田舎で感じる「満点」

東京では、足りないものばかりが目につく。でも田舎では、不思議と心が満たされる。

そういえば、東京では、どこか満たされない感覚があります。

服のほつれと、髪の細かいカールなんかが気になる。右まつ毛の切れて欠損した部分を、まつ毛サロンで指摘されて気づき、購入した4千円のまつ毛美容液を塗っている時、本当にこれが大事なのかと考えます。

電車に乗れば、目に飛び込んでくるのは「キャリア」「美容」「投資」「転職」「転職」「転職」「転職」の広告……。

私はこれでいいんだっけ。

いつも上を目指して、気づけば勝手に疲れています。

しかし、東京で生きることは、私の選んだ道。
仕事の選択肢というのは生きることに直結するため、これで納得しています。何より便利で、選択肢が多く、自由なのが東京の良い点です。

それはともかく、二拠点居住を決めた理由としてもう一つあります。

家族と、その歴史の存在

いろいろと考えるまでもなく、私には「家族の存在」が大きかったです。

親のように育ててくれた祖父や、まだ赤ちゃんの甥。
そして、まだまだ現役の両親や、兄夫婦が同じ集落に住んでいます。

祖母は亡くなってしまったけれど、祖父母の家と両親の家の短い距離をおんぶされて歩く、その背中で見た星空がこの世でいちばん綺麗でした。

そして祖母の背中で「このまま、変わらなければいいのに」と願いました。
私は今もたまに同じことを考えるんです。

こんな場所は、世界にここしかない。

どこまでも澄んだいい空気。
今ここにあるものは、非常に豊かで、爽やかで、雪溶けの季節にふさわしく輝いている。

3月の雪はなんだかべちゃべちゃと湿っぽいですが、
その下に色々なものがありそうに思える。
溶けてから何が芽吹き出すのだろう?

冷たい雪の中に、たくさんの春が咲き誇るのを待っている。
この土の中に、いまかいまかと。

季節が変わる。
新しい風を携え、春が来ます。
これから私たちの新しい暮らしが、始まります。

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