少しずつかき混ぜて食べてください

異動先の引き継ぎからの帰り道、ちょうど昼時だったので昼食を取る事にした。マップの検索窓に「ランチ」と入力し、適当に入る。

入ったのはスパイスカレーのお店だった。スリランカカレーのプレートがあったので、試しに頼んでみる。しばらく待つと、「少しずつかき混ぜてお召し上がりください」と言いながら、店主がカウンターの向こうから手を伸ばして、皿を私の前に置いた。
一体これは何が乗っているんだろうと首を傾げながら、スプーンを右手に握る。
店主に尋ねてみようかと顔をあげたが、他のお客さんの料理を調理中だった。声がかけづらく、視線をカレーに戻す。すんと鼻をすするとスパイスの香りが、空腹を刺激した。何かわからなくても、食べられるものには違いない。まずは味わってみようと、少しずつ食べてみた。クリーミー、酸っぱい、さっくり、甘い、ほろほろ、ポロポロ、パリパリ。いろんな食感と味わいがあって、口の中が賑やかになる。
何が何かはわからない。でも、美味しい。出会ったことのあるもののような気がするけれど、この形では会ったことがないような。いつもはマスク姿だった職場の女性と街中ですれ違ったときに、一瞬目があって、「あれ?」と思うけれど、制服でもないし髪型も違うし、同一人物だとは到底気づかないような、そんな感じ。一言でいうと、全然わからん。
まぁいいやと混ぜながら、黙々ともぐもぐ食べた。
今日は新しい職場へ引き継ぎにいったものの、正直なところざっくりと雰囲気がわかっただけで、仕事の中身はわかったようなわからなかったような感じで、視界にぼんやりともやがかかってしまった。異動があるといつもそうなのだけど、場所も違うし仕事の内容も違うし、周りの人も違うし、ほぼほぼ転職をしている気分になる。
「いきなり色々言ってすみません」
ぺこりと前任者が頭を下げた。
「どうせ、なんとなくしかわかんないんで」
私も小さく会釈する。
「大丈夫そう?」
上司になる予定の人が首を傾げた。
「やってみないとなんとも」
私は肩をすくめる。
とはいえ、最初はいつも不安なのだけど、なんとかするしかないし、どうにかなるものなので、今度もなんとかなるんだろうなと、モヤモヤする感情を少しずつかき混ぜて食べた。早く、「でも美味しい」と言えるようになりたい。空っぽになったグラスに水を注いで、ぐびっと飲み干す。「ごちそうさまでした」と手を合わせ、お会計をした。
職場に戻りながら、どんな味だったかなと思い返す。フルーツとスパイスの味がしたような気がする。よくわからないけど、「でも、美味しかった」。私はお釣りを受け取る時、店長さんに「美味しかったです」と言っただろうか。ぼんやりしていて言ったかどうかも忘れてしまったけど、ちゃんと言えてたらいいな。
