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終章 逆境を笑いに変える生き方

幼少期から数々の苦難に見舞われながらも、私の気持ちはさほど乱れることなく、むしろそれを楽しんできたように思う。
それは「私だからできた」のではなく、「誰にでもできる」ことだ。なのに、「できない」を思い込んでだけだ。

苦境に立たされたときこそ、見方、考え方、捉え方ひとつでどうにでもなる、
それを、身をもって体感してきた。

ここに記した出来事のほかにも、実はまだまだある。
耳の不調で一年半もの間苦しんだことがあった。
布団で横になりながら、娘たちの楽しそうな笑い声を聞き、
「少しでも早くあの輪の中に入りたい」
という気持ちが込み上げてきた瞬間から、急速に回復に向かった。

私を動かしたのは、ただの話し声ではなく
「笑い声」
だったのだと、後になって気づいた。
まだまだ事例は他にもあるがどれも「笑い」が軸にあったのは間違いない。

苦しいときに思い切り悲しむのは良いことだ。
泣いて泣いて涙を流しきれば、ある程度の苦しみは手放せる。
手放した空間に新しい思考を入れればいいだけである。
そこで役立つのがまずは「見方を変えてみる」ことだ。

見方から捉え方を変えるのは特別なことをするのではなく、この状況になっても「◯◯だから良かった」の◯◯を探すだけだ。

起きた出来事(事象)そのものはただ起きただけのこと。
そこに感情が乗ることで、人は落ち込んだり喜んだりする。
嬉しい出来事が起きればウキウキと活力が湧くが、悲しい出来事が起きれば、何も手につかなくなるほど落ち込むこともあるだろう。
そんな時最初にするのは起きたことをただそのまま見る。
感情を入れず、まず「見る」だけでいい。

ここで自身の体験をもう少し話すと
長女の病名を宣告された直後、必要な物の買い出しに行った時のこと。
ママ友にバッタリ出会った。
「あなた思ったより元気ね」と声をかけられた。
「宣告されたから心構えの時間もある。その時間すら無い人もたくさんいるからまだありがたい」と応えた。
ママ友は驚いてた。

正解や不正解はない。
見方が変わったことによる捉えの違いだけだ。
それにより「気の持ちよう」が変わる。

「起こった事象の利点は何か」を考えた。
「嫌なことが起きたのに、利点など考えられない」と思うかもしれないが、一旦はそれでいい。
なぜ一旦、なのか。
「長くここに留まらない」ことこそが重要なのだ。

人間の脳は優秀だ。
「利点は何か」の問いを立てた瞬間から脳は既にそれを探し、そこに焦点を当て始める。
思考が変わり、その後までも変えられるのはまさにこの瞬間である。

この見方、考え方に「笑いのエッセンス」を加えたとき、人は無敵になれる。
私はそうして、どん底のような人生を乗り越え、今の幸せな人生を手にすることができた。
ぜひ「見方から捉え方を変えること」を習慣にし、そこに「笑いのエッセンス」を加えてほしい。

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