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第二章 おばあちゃんの笑顔が見たかった幼少期

私は小高い山の上にある、小さな一軒家で育った。
緑と四季の花に恵まれ、家の前にはいちじくの木があり、夏にはそれをおやつにしていた。
すぐ近くにはお寺があり、その境内は格好の遊び場だった。
夏にはラジオ体操や盆踊りも催される、自然豊かでのどかな環境である。

しかしそこで、幼い心に一生消えない傷を負う出来事が起きた。
隣家のひとつ年上の幼なじみと、いつものように境内で遊んでいたときのことである。
住職がやって来て一緒に遊んでくれることがあったが、彼の様子が一変するときがあった。
それは、酒を飲んだときだった。
赤ら顔で酒の臭いをさせ、フラフラと遊びの輪に入ってくる。
その気配だけで、嫌悪と恐怖を覚えた。


ある日、鬼ごっこをしていると、住職が鬼のつもりで追いかけてきた。
幼なじみはすぐに自宅方向へ駆け去ったが、逃げ遅れた私はその場で捕まってしまった。
強い力で腕をつかまれ、身動きが取れなくなった。
こうしたことは、一度や二度ではなかった。

被害はそれだけではない。
幼稚園に通い始めた頃、木陰でアリを観察していると、背後からクラスメイトの男の子に大声で呼び止められ、服を脱ぐよう迫られたこともある。
怯えながらも、逆らうことができなかった。


家庭でも、心の休まる場所は少なかった。
物心ついたときから母によく叩かれ、食事中に水をこぼせば頭を叩かれ、口答えをすれば両手を縛られ押入れに入れられた。
妹が生まれてからは、その扱いはさらに厳しくなった。
それでもいつも助けてくれたのは、祖母だった。


小学生になったある日、お小遣いが欲しくて母に頼んだが、案の定叩かれ蹴られた。
その日、母の財布から千円札を一枚抜き取った。
精一杯の反抗だった。

同級生を集め、文具屋で「好きなものを買っていいよ」と振る舞い、友達の嬉しそうな顔に自分も嬉しくなったが、隠しきれず、その夜家族の前で謝罪した。
母の怒りは収まらなかったが、祖母だけは怒ることなく、寝る前にそっと抱きしめてくれた。
「大丈夫だからね」

両親が共働きだったため、昼間は祖母と二人きりで過ごすことが多かった。
母が怒っている様子を真似てみせると、祖母は大笑いしてくれた。
この頃から、「人を笑わせることで自分の心も救われる」という感覚を、私は自然と身につけていったように思う。
それは後年、私自身を何度も助けることになる。

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