『岐阜怪談』を穿鑿する
正月読書の一環で、『岐阜怪談』という書籍を読んだ。怪談話とはいかにも俗な話であるが、近年は背筋氏や雨穴氏ののような日常生活に隣接したホラー作品が人気を博している。先日、ゆる民俗学ラジオにおいても取り上げられていたので怪談話に興味を持ち購入した次第である。
だが、どうしても様々な知識がひっかかり楽しめないので、せっかくなので敢えて粗探しをする、カスの読み方をして楽しもうと思う。本編のネタバレはなるべく避けるが、嫌な人はぜひ買ってから読んでほしい。
さるぼぼ(瑞浪市)
岐阜県民なら一発で分かる、タイトル出落ちである。さるぼぼは「さるの赤ん坊」を意味する方言で、黒い頭巾と服を着た赤色の人形である。近年は様々なカラーリングが登場し、岐阜県各地で販売されているが、元々は飛騨地方のお土産である。奈良時代に遣唐使がもたらした「形代」信仰の名残とされ、全国でも珍しい存在である。
つまり、東濃地区の瑞浪でさるぼぼが登場すること自体がおかしいのである。
共鳴(御嵩町)
これは作品の根幹に関わるネタバレになるのでぼかして書くが、実際に御嵩町にはそのような伝承があるらしい。これが発見されたのが昭和50年代というのが驚きである。どちらかと言うと突っ込みたいのは語り手の出自で、語り手は「高校時代の友人」と「地元の御嵩」に集まったとあるが、該当する高校は御嵩町には存在せず、最も近くて岐阜市である。わざわざ岐阜市や名古屋まで通っていたのだろうか…。しかも4人も。
関ヶ原奇譚(関ケ原町)
複数の怪談話が採話されているが、その中で1つ目の女性の話を深堀りする。「関ヶ原」で「甲冑武者」の霊に出会う話はよくある。今回は彼女がとある武将が好きで、その聖地巡礼という形で訪れているのだが、その鎧の特徴を見て、現地で貸し出しされていない鎧と言及している。加えて、その武将のものならすぐに気づくと思うので、『鎧姿の情報が少ないマイナー武将(ただしゲーム作品などで取り上げられる程度には有名)』もしくは『武将の家臣の霊』ということになる。また、現地で見られる、という事はその場所で死んだ霊と考えるのが自然だろう。関ヶ原の戦いの中で戦死した武将は大谷吉継・島左近・戸田勝成・平塚為広・島津豊久・阿多長寿院盛淳などが挙げられるだろうか。このうち、大谷吉継は格好が特徴的であり除外。旗が立つほど有名な家紋、となると平塚為広か島左近だろうか(島津豊久・阿多盛淳は島津の家紋で一括りにされそう)。ただ、このクラスの武将だと、鎧がシンプルとは言い難いので、やはり家臣・雑兵の類だったのだろう。
ちなみに関ヶ原の戦い後に竹中重門ら地元領主により遺体は東西に分けられ、供養されているため一般に関ヶ原の戦いの亡霊は出ないと言われている。
心当たり(白川村)
「中濃地域」の逸話と採話されているが、白川村があるのは飛騨地域。中濃地域にあるのは白川町と東白川村だ。このレベルのミスがそのまま掲載されているのが一番の怪談だ。
ちなみに内容は「白川村」関連の話で間違いはないのだが、その石碑がある場所、実際の所在地ではない。
拒絶(羽島市)
羽島はこの本の区分で考えると「西濃地域」ではなく、「岐阜地域」。
あと採話された人、霊障遭い過ぎでは?
岐阜城にて(白川村)
…もはや突っ込む気力が起きない。
可児は栄えてるんだぜ(可児市)
タイトルどうにかならんかったのか…。あと、その心霊スポットがあるのは御嵩町だ。
合掌村の思い出(下呂市)
ここから作者が変わり、語り口も少し変わったように思う。作中で扱われた「竹原文楽」は実在した芸能である。洞奥一郎(ほらおく・いちろう)なのに「竹原」なのは、彼の出身が下呂市内の旧・竹原村だったことに由来するようだ。たった一人で100体を越える人形を扱い、脚色から制作、演技まで行い、弟子を取らず一代限りで「竹原文楽」を終わらせた洞奥氏は一体何者だったのだろう。
てかこれ怪談でも何でもないような。
髪の毛の生えた柿の木(養老町)
敵討ちに関連した伝承だが、敵討ちのその後が書かれていないので後味が悪いというか、そっちが気になるというか。ちなみに横死した兄弟のさらに弟たちが遺志をついで最終的に仇討ちを成し遂げている。めでたしめでたし。
あと、この「髪の毛」の正体も調査が終わっている。
石に纏わる話
姥切石(養老市)、犬石(関ヶ原市)(内容は飛騨地方)。いい加減にしろ。
鶯谷トンネル(岐阜市)
内容はともかく、岐阜城が落城したのは関ヶ原の戦いの直後、ではなく直前である。このレベルのファクトチェックは校正がしておいてほしい。
てるてる坊主(岐阜市)
鶯谷トンネルの近くにあるU谷高校はもはや隠す必要性を感じない。のだが、見過ごせないのはこの高校が「トンネルの地下ににあるU谷高校」(原文ママ)と記載されている。正確にはトンネル西側出口の横、トンネルがある山の下である。誤植も相まってツッコミどころしかない。
城の怪談(岐阜市)
岐阜城の歴代城主が短命、とある中に加えられている池田輝政。彼は短命ではなく、後に三河吉田城主、関ヶ原の戦いでは逆に岐阜城を攻める立場となり大きな戦功を挙げた。そのため、本戦で直接的な戦闘がなかったにも関わらず播磨姫路藩主となっており、国宝・姫路城を築城している。ちなみに短命なのは彼の兄・池田元助であり、小牧・長久手の戦いにおいて壮絶な戦死を遂げている。なので斎藤道三以降、短命な城主、非業の死を遂げた城主が多いというのはある程度正しい。
織田塚(岐阜市)
織田秀信と斎藤道三のドリームマッチが実現してしまっている。おそらく、祖父の織田信秀の誤植だろう。校正からやる気が微塵も感じられない。
Y石駅の慰霊碑(下呂市)
本文中に「焼石駅」が出てきているんですが…。wikipediaの鉄道事故の記事にも記載されている。
雨の日の太鼓(垂井町)
これは『あほろくの川だいこ』という題名で絵本にもなっている有名な逸話だ。ちなみに、この舞台となる「呂久の渡し」があるのは垂井町から14km東の瑞穂市である。またこのパターンかよ…。
へんび石(某所)
現在、岐阜県には村が2つしかない。Hで始まる村は1つしかない。さて。
※もちろん合併前の自治体ならば候補は増える。
口裂け女、つちのこ
さすがに岐阜の2大オカルトだけあって、記載も多くて良きだった。というか、口裂け女のバラエティすごいな。
以上、カスの感想でした。
