空になった巣、リフォーム!?決意!
空の巣症候群になった主婦の、始めの一歩。
結婚して25年、そして息子が生まれて20年が過ぎた。
誰に強要された訳でもないが、私は家族優先の人生を送ってきた。
それが幸せだった。家族に嬉しいことがあれば安堵し、悲しいことがあれば胸を痛め、悔しいことがあれば本気で怒り震えた。
特に息子に関しては、度を越していたかもしれない・・・
息子はいつもニコニコしていて、優しくて感受性が強かった。万物に命ありと思っていた(私がそう誘導してしまっていた!?)のか、お皿が割れてもシクシク泣き、テレビのサスペンスで女将さんが死んでしまったのを見ると「ママ、女将さんのことなんだけど、、、」と、1ヶ月くらい毎日聞かれた(もちろんその度に「大丈夫。あの人は女将さんの役を演じてるだけで、今もちゃんと生きてるよ」と説明した。)
そんな息子なので、公園デビューしたその日から常に心配事が付きまとった。幼稚園では元気の良い(と表現しよう)子にパンチされて鼻血を出したり(これはうちの子だけではなかった)、突き飛ばされてロッカーにぶつかって目の上を切ったりした。小学校ではいつも自由な子(と表現しよう)の尻拭いをさせられたり、貧乏くじを引かされていた。事例を上げれば枚挙にいとまがないのでこの辺にするが、私は息子を産んで初めて、人生の理不尽をこれでもかと経験した。今にして思えば自分の人生ではあまり感じたことが無かったことがそもそもラッキーなのだが・・・
そして、同時に「私の人生にこんな幸せがあったんだ・・・」と感じたのもまた息子を通してであった。赤ちゃんの頃の諸々の可愛い姿に始まり、日々の中で成長する様子、びっくりしたり笑えたりする言動、そして寝顔・・・
部活で初めて試合に出ることが出来た日、入学式、卒業式。胸が熱くなったり感動したり。そんな諸々を、息子から貰った。
そんな息子が浪人を経て希望の大学に入学し、20歳の誕生日を迎えたのはこの春のことだ。浪人時代は本当に大変だった。息子も、夫も、私も。
だからこそ今、充実した毎日を過ごす息子の姿を見て心から嬉しく思う。これこそが家族全員が望んだ結果なのだとしみじみ幸せに思う。
なのに。
今、私はどうにも心許なさを感じている。嬉しいのに寂しい。元気もやる気も出ない。
大学生になった息子が家でご飯を食べるのは週に2〜3日。友達だったりサークルの人々だったりと大学後に夕飯を食べることがめっきり増えたからだ。友達と寄り道をしてくれることは本当に嬉しい。詳細は割愛するが、例に漏れず友達関係も心配していたから(笑)。
夜が遅いから、当然朝ごはんもほぼ食べない(食べてもパンと野菜ジュースだから、自分で出来てしまう)。
これまではしっかりと朝ごはんを用意して食べさせた。母から「湯気の出るものを必ずひとつ出してあげなさい」と言われたし、とある教育本の「朝ごはんの品数と子供の成績は比例する」というを記事を見てからは特に頑張って出していた。それは大学に合格するその日まで続いた。特に高校3年生や浪人時代は、本番が近付くと緊張感から食欲が落ち「朝、パンはキツいかも・・・」と言われておにぎりにしたりとその日の体調に合わせてリクエストを聞いた。
あの時は大変だと思ってたけど、今こうしてやってあげることが減ると懐かしささえ感じる始末。息子のフィールドが広がっていくにつれて、私の心はどんどん萎んでいく・・・そんな気がした。
すっかり影を潜めている夫だが、夫は仕事が好きだし付き合いも多い。従って週に2〜3日は夕飯が不要な日々がもう何十年も続いている。そんな時は息子と2人で色んなことを話しながらの夕食だった。
今、私はひとりの夕食が多くなった。こうなってみて初めて、自分は自分のためにはあまり頑張れないことに気が付いた・・・作る気になれないのだ。
外に買いに行ったり食べに行ったりするのはまだ良い方で、カップ麺や冷凍食品で過ごすことが増えた。そんな孤食の日々の中で、気力もどんどん萎えていったように思う(カップ麺も冷凍食品も美味し過ぎるのが最大の難点!ついつい食べてしまうwww)
「おかん、好きなことしてる?」
高校生だった頃の息子に、一度言われたことがあった。その時は「家族のお世話が母ちゃんのやりたいことだよ。やりたくてやってるんだから心配しないで。」と言ったけれど、その時なんだか胸がザワザワしたことを覚えている。
そう、私には趣味がない。推しもいない。仕事を持っている訳でもない・・・私には家族しかない。私自身の「個」の中身は空っぽなのだ。
あの時はまだやることが山程あったからその事実から逃げられた。
でももう逃げられないところに来てしまった。このままでは、大事な息子が自由に羽ばたく時の足かせになってしまうのでは・・・という恐怖が心にじわじわと広がった。もう、待ったなしだ。
「人のことばかり優先していると、自分が何を好きなのかわからなくなってしまう」
随分前に何かの本で読んだのを思い出した。
私は何が好きだった?何かやりたいことはあった?と問いかけるが一向に何も思いつかないまま時間だけが過ぎたある日、ニュースで吉本ばななさんのnoteが話題になっていた。まず自分が吉本ばななさんが大好きだったことを思い出し、そしてnoteというものに心が動いた・・・
「始めてみよう」
素直にそう思えた。
私がこの空の巣から飛び立つことはできない。なぜなら息子が羽を休めに戻ってくるかもしれないから。それなら自分仕様にリフォームしよう。好きな物を飾り、やりたいことができるように模様替えしよう。
空になった巣の中で、寂しくて不甲斐なくてうずくまっていた私の、これが始めの一歩だ。
