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ミーム・パッチワーク

37兆個の細胞と23年分のパッチワーク

今日のオープニングナンバー
Klaus Nomi "Simple Man"
出勤のお供
ランボー『ランボー詩集』

この世の中で、生身で戦う人間がどれほどいるだろうか。みんな何かしら誰かの影響を受けて、誰かを真似て過ごしているのではないか。話し方、身のこなし、ファッション、生活スタイル、どれか一つでもゼロから自分が生み出したものがあるだろうか?
仕事する中でも、誰かの真似をして、誰かの皮を被って、本当は全ての子供達がそうであるように、弱虫の世間知らずである素の自分は表に出さないようにしているのではないか?
それを病的に誇張してしまったのが私だ。必ず何か真似をして、何かになりきらないことには、この社会ではやっていけそうにない。
ここに森永のラムネがある。瓶の形をしたボトルに入っている小さな駄菓子だ。
これを耳の横でシャカシャカとやり、蓋を開いて掌に出す。それを歯で挟む。首を上に向けて、ガリリとやる。
これは『レオン』でゲイリー・オールドマンが薬をキメるときの動作だ。これを一人でこっそりやると、気分転換になる。
『007』みたいにウォッカ・マティーニをステアではなくシェイクで作ってもらうし、吉良吉影みたいに寝る前に軽くストレッチして温かいミルクを飲んでから寝ることでほとんど朝まで熟睡できるようにしている。
私はおよそ何かのミームを繋ぎ合わせて出来ている、パッチワークにすぎない。オタクの病膏肓に入るといった具合。
しかし誰しも皆、こんな風でないにせよ、何かしらの影響を繋ぎ合わせたパッチワークだろうと信じている。親の口癖が自分の口癖になっていたり、好きな人と同じ考え方をするようになったり、色んなものを縫合して今の自分が出来ていることは忘れてはならない。もしこれを「完全に自分が生み出した自分」と思い込んでしまうと、どうしても一存的になる気がする。
もし今の自分にある程度満足しているのであれば、その自分がいるのはこれまで出会った全ての人々によるものであると考える。そうするとちょっと謙虚になれるかもしれない。今の自分が嫌いなら、マシな自分になれるように、自分の周りの要素を選別するといいのかもしれない。パッチワークの柄が気に食わないなら、そこの部分を外せば良いのだから。


そうは言っても、全部が全部取り外せるものなら人間苦労はしないんだ。少なくとも出来そうなことは、気に食わないが取り外せない部分ばかりに目を向けないことだ。案外周りの柄の組み合わせ次第でマシに思えたりして。
また明日!

今日のエンディングテーマ
朝比奈みくる(CV.後藤邑子)「恋のミクル伝説」

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