聞き書き人のいる町#32それでもここで生きて いぐっちゃだあれ
語り手 みさを
まえがき
亘理町在住のみさをさんのお話です。震災前はご近所に住んでいました。みさをさんの物語です。
せっかくどうもね
震災で家、畑、田んぼ、みなあ、ねぐなった。今は、息子が畑借りでけだがらよ。畑さ、毎日行ってるんだっちゃ。
野菜作り出来るから、楽しんだおん。
おら、一人っきりで家の中さ、いっとっしゃぁ。常磐線の電車の音ばぁーり聞いて、あー孫がもうそろそろ帰ってくっかなぁって思ってみだり、十二時のお昼のサイレン。恋は水色だっけ?あれ聞くと、まんま、かねばなぁ(食べる)わが一人だおん。食べなくてもいいわな。
毎日、ポカーンとしてるんだよ。遊びにおいで。ばあちゃん、寂しくて、ひとんでいっから遊びにきてけらいん。
震災のあの日
三月十一日。あの日なぁ。息子から「母ちゃん。何も持だねで車さ乗れ。」 準備したリュックサック、お金、ぜーんぶ置いてきたっちゃ。
そーしたら、大きな波が来てよ。黒い柱みたいなの三本見えた。なんだべって。その後、波が来てよ。どどどー。ごごごー。雷みたいなミリミリミ リ~。おらだづば、追っかけてくんだおんね。津波がら、ぶぐらったぁ。(追いかけられた) 逃げても、追っかけでくんでがす。
おっかねぇなごだなやぁ。いやぁ。命拾いした。
その日からパンツ四日間同じのはいでだよ。おしょすい(恥ずかしい) から誰さも言ってわがんねよ。(話してはダメよ)
おらは、ここ亘理で生きでいぐしかねぇんだ。津波がおっかなくても、何にもなくても、それでも、おらはここで生きでいぐっちゃだあれ。
あとがき
みさをさんの訛りをそのままに聞き書きにしました。人生苦労があったでしょうに、くすっと笑えます。あっぱれです。
みさをさん、八十九歳の時に聞き書きをしました。農家に嫁いで朝から晩まで働き美味しい野菜やイチゴをいつも分けてくれる優しいみさをさん。
人が好きで、みんなで集まることが好きな人。話が大好き。歌を歌うこと。旅行も好き。いつも、おもてなしを忘れず、花を愛し植物を上手に育て 、惜しげもなくみんなにあげる。
みさをさんの玄関はいつも花で溢れ、ほとんどが挿し木で育てたそうで驚くばかりでした。
東日本大震災で離れてしまった。会うたび寂しい遊びにおいでと話す目には涙が滲んでいました。
東日本大震災がなければ 静かに家族と余生を迎えたであろう。言葉に詰まる思いがします。
おしまい
