最初の出会いは大切だが人はそれを選べない
食べ物の好き嫌いには、
その食べ物に「最初、どうやって出会ったか」が
大きく関係してくるらしいのである。
ホントかウソかよくわからないが、
「シイタケ」に最初に出会ったとき、
それが「表だったか裏だったか」に
左右されたりするらしい。
つまり、それが「裏だった」場合、
あの「ひだひだ」を
キモチワルイと思ってしまったら、
その人はその後ずっと、
シイタケ嫌いになってしまう。
まあ、わからんでもない話ではある。
私なんかはどうやら最初
表に出会っているらしく、
あの「ひだひだ」をキモチワルイと
思ったことは一度もない。
私の知人に
「ハヤシライス」嫌いの男がいるが、彼の場合、
最初のハヤシライスとの出会い方が不幸だった。
その日の給食で、彼はてっきりそれが大好きな
「カレーライス」だと思っていたのである。
ちょっと大盛りにしてもらったりして、
はやる気持ちを抑え、
思い切って大口をあけて、パクついた瞬間・・
それは予想とは全く違う味で「甘かった」のだ。
彼はそれ以来、ハヤシライスは大嫌いだそうだ。
当然ハヤシライスには罪はなく、
彼の逆恨みではあるのだが、
それから20年あまり過ぎた今日でも
それを引きずっているところを見ると、
いわゆる「食べ物の恨み」というヤツは
根強いんだなーっと、
思わざるを得なかったりするわけである。
「第一印象が大事です」とよく言われる。
初対面で感じた空気はその後の関係に影響を与える。
しかし困ったことに、
人はその「最初の出会い」を選べない。
最近は「親ガチャ」みたいな嫌な言葉もある。
たとえば朝の通勤電車。
目の前に立ってる人のことなんて知らないのに
「感じのいい人だな」とか
「なんか嫌なやつっぽいな」とか、
勝手に判断してしまう。
実は、第一印象のほとんどは情報不足の産物だ。
それでも救いはある。
最初の出会いが選べなくても、
その後の関係はある程度選べるからだ。
むしろ関係の質を決めるのは、初対面よりも
「二回目以降」じゃないかと思う。
考えてみれば、
人生で印象に残っている人の多くは、
「二度目の出会い」がよかった人たちだ。
最初は気にもしなかったのに、
なぜか話してみたら妙にウマが合ったとか。
最初はちょっと怖そうに見えたけれど、
後でやさしい一面を知って見方が変わったとか。
最初の印象というのは、
ゲームでいうと体験版のようなもので、
本編はその後に始まる。
予想もしてなかったハヤシライスの味が
二度目に食べたとき、あれこれ美味い。
そう思うこともあるわけだ。
結局、出会いというのは偶然の塊だ。
朝の電車でちょっと不機嫌そうな人を見ても
「今日はまだ体験版の段階だな」と思えばいい。
最初より「続き」の方が実は大切だ。
