あなたは「やればできる子」なんだから問題
子供のころ親から
「あなたはやればできるんだから」
と言われて育った人は多いと思う。
自分もそうだった。
そう言われているうちに自分でも
「僕はやればできるんだ」と思うようになる。
これが実は落とし穴で、
やればできる、と言われているうちは
「やってない」ということに気づかない。
やってれば「やればできる」とは言われない。
これをずっと言われ続けるということは、
結局ずっとやってないということなわけだ。
大人になるとさすがに言われなくなる。
そんなに自分のことを気にかけてくれる人
なんて大人にはいないからだ。
いい歳になってそう家族から言われたら
それはそれで問題だろう。
大人の場合は誰にも言われないけれど、
自分で自分に向けて言っていたりする。
「オレはやればできるヤツなんだ」
そう思い続ける。
ある意味子供のころに植え付けられた呪いだ。
うちの奥さんと話していて気づいた。
子供のころ同じことを言われていたのに
彼女の場合はちょっと違う。
「やればできちゃうから結局やっちゃうのよね」
言葉は近いがまるで逆の話だ。
この場合は
子供のころから「やればできる」を
実行していたということになる。
「あなたはやればできるんだから」と言われて
本当にやってきたということだ。
もう尊敬しかない。
それでも彼女なりにそれは悩みのようで、
目の前に何か問題が発生したときに、
見過ごすことができずに足を突っ込んでしまう、
できるがゆえに苦労してしまうということだ。
ホントにできる人と
できないのにできると思ってる人・・
この差は大きい。
どっちが多いかと言えば
できないのにできると思ってる人が多いだろう。
できない人はずっとできないまま。
できないと言うよりはやらないままでいる。
負け惜しみの名言で
「オレはまだ本気出してないだけ」ってのがある。
「やればできる」と同じ意味の言葉だ。
なぜみんなそう思い続けるのか考えてみると
この状態が、心地よいからじゃないかと思う。
「まだ本気出していない」は希望だ。
もし本気を出してダメだったら
可能性は無くなってしまうから、
そのままに、曖昧にしておきたいんだと思う。
「やればできる」は自分の可能性の話で
できてないからこそ希望がある。
ぬるま湯は気持ちがいい。
熱い風呂は長く浸かっていられない・・
親が子に「あなたはやればできる」と言うのも
あなたには可能性がある、ってことだろう。
ひょっとすると親も、
曖昧なままにしておきたいのかもしれない。
あなたはやってみたけどダメだった子ってのは
親としても認めたくないだろうから。
