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鮮やかな桃色の吐瀉物──ピンクは“カワイイオンナノコ”の色

私は色々な種類のサプリメントを飲んでいて、その成果かどうかは知らないけど、身体のコンディションも悪くなく、昔に比べて体調不良にもなりにくくなったから、

そもそも食べ物自体結構気を遣ってるほうだと思うし、まあ相乗的に良さげな私がキープされてる、って感じなんだけど、

とあるピンクのマルチビタミンの錠剤だけ、遺伝子組換えで失敗してできた毒の華みたいに、食用ではないと強く訴えるような人工的な甘い香りが耐え難くて、

いつも他の奴らは一気に飲むんだけど、そいつだけは単体で息を止めて気合で飲み込むんだ。

今朝もルーティーンとして、炭酸水でそれらを飲んでから、そのまま浴室に向かったら、

急に喉より少し下の部分が、炭酸か何かでブクブクと泡立ちし始めて、そのまま堪えきれず、思いっきり浴槽に嘔吐した。

昨夜は固形物を摂取していないにせよ、今朝はサプリメントを飲んだはずなのに、出てきたそれは、純粋な水のように粘度の低い液体で、

オフホワイトの浴槽によく映える、鮮やかなピンクだった。

──これが、私の身体から排出されたもの。

忙しない朝なのに、呆然として、ほんの少しだけど見惚れてしまった。

だって、ピンクは、オンナノコの色だから。


──昔は、ピンクの小物ばかり集めていた。

ピンクって、いい香りがしそうだし、美味しそうだし、幸せそうな場面には屡々ピンクが散りばめられているし、胸がキュンとして、何でもない鼓動すら甘く感じられるような、そんな色。

そうね、ある意味おめたい色だとも言えるわ。頭の中をお花畑にする暗示。

最終的に服までピンクで統一しようとしたけど、林家ペー・パー子化しかけてる自分に気づいて、何とかやめられた。

そうよ。あたしは、ピンクが自分にピッタリの色だ、と思って、選んでいたわけじゃない。

“オンナノコ”が、欲しかったから。だって、オンナノコって、みんなから欲しがられるじゃない。

要は、欲しがられたかった。ピンクで気分が高揚するのが嘘というわけではなかったけど、欲しがられたかった。それが本音。


だから私は、華奢で抱きしめたくなるような体型を目指してハードなダイエットにも堪えられたし、

密着した時に二度と離れられたくなくなるように、顔だけではなく全身の肌を隈無く潤わせていたし、

“欲しくてたまらねえ、というかよこせ、さもなければ撃つぞ”──みたいな野蛮な私の本性は、常に桃色のポーチの中に潜めて、南京錠で絶対に開かないようにして、外出先では人の目に触れないようにした。

ただ手に入れるだけじゃ、だめ。相手が欲しくて欲しくてたまらなくって、手を伸ばしてくれないと。やだ。

しかし、私は絶望的なほど、“オンナノコ”が似合わなかった。

結果としてかなり痩せたし、肌も以前より綺麗になって、周りにも指摘されるほど変化があったので、半分は望み通りだったかもしれないけど、

そこまでしても、不釣り合いなピンクを纏った自分を鏡で眺めては、何度も何度も何度も、数え切れないほど失望した。

たまに目の錯覚で馴染んでるように見えたこともなくはなかったけれど、遅くともその日の夜までには、こんなの気持ち悪い、違う、と、どんどん自分に自信を失くしていった。


その頃、2歳年上の彼氏ができた。
ものすごく欲しがられた末の交際だった。

彼のタイプは、背が高くてスラッとしてて、料理が得意で、黒髪ロングで、女の子っぽい品の良いワンピースが似合う人、だったっけな。

私は170センチだから長身だし、当時は黒髪ロングだったし、まあ料理は苦手だったけど、自分のためじゃなくて好きな人のためなら、レシピを見ながら頑張れたし、食べられなくはないものなら生成できるようになった。

けど、彼が、これを着てほしいな、と選ぶ品の良いワンピースなんて、私には全然似合わなかった。

これでデートに出かけるのか。知り合いと会ったら最悪だな……まるで裸で外出しなければいけないような気分だった。

下着も、彼の好みでとても可愛らしいデザインのものを選んだ。
入浴前に服を脱ぐたび、私は一体何やってるんだろう、みたいな恥ずかしい気分になった。

可愛いね、よく似合ってるよ、大好きだよ。
こんなに綺麗な子と一緒に出掛けてる時に友達と会ったら、思いっきり自慢したくなるよ。
ねえ、今度、よくイツキに話してる◯◯と飲みに行くんだけど、紹介したいから、連れて行ってもいいかな。

──欲しがられるためのカワイイピンクの呪術も、そろそろ限界に近づきつつあった。


それは、ちょうどバレンタインの日。

私が思う“カワイイオンナノコ”をふんだんに詰め込んだ豪奢なガトーショコラを作り終えて、あとはシャワーを浴びて出かける支度をして、と、ばたばたと慌ただしく準備していたところだった。

しっかりと香りが残るフローラルのトリートメントで、艶やかな毛髪に彼が近づかずにはいられないおまじないを掛けている最中で、突然浴室の電気が消えて、数秒後に水が冷たくなって、ゆっくり揺れた。

大きな被害はない程度だったけど、速報で流れるほどの地震だった。

危うく全裸で避難するところだった、と、冷たい冬の水で流した髪の毛をタオルで押さえ、ヒヤヒヤしながら最低限の衣服を身に付けてから、薄暗い空間で脱衣所の鏡を見た。

カワイイオンナノコ、の呪いが解かれたあとの、真顔の私と目があった。
少し妖しい雰囲気を纏っていた。絶対に可愛くはない。美しい、はちょっと烏滸がましいにしても、とても印象的だった。

停電した部屋に、ピンクの要素なんか皆無だった。
ピンクのものが置いてあっても、まったくピンクが見えない。カワイイオンナノコの魔法と呪いが、完全に無効化されている空間。

彼は大丈夫だったかな、と思ってスマホを見ると、彼の方が先にLINEを送ってきていた。

『びっくりしたー。今部屋真っ暗だよ。結構揺れたよね、イツキは大丈夫だった?この後車で迎えに行くね。何かさ、こういうときの自販機って、お金入れなくても飲み物出てきたりするの、知ってる?ちょっとさ、本当かどうか、近所をドライブして確かめてみようよ笑』


──すぐに返事をする気にはならなかった。

取り敢えずデート仕様ではない適当な服に着替えた後、自室のベッドに腰掛けてから、ゆっくり身体を倒した。

私、何でこんなことしてるんだろう。

欲しがられたい、は嘘じゃないにしても、欲しくないもの、したくないもののために、こんなにも無理して、時間をかけて。

結局、私はどんどん自分に自信もなくなっていったし、変じゃないかな、これで大丈夫かな、って常に周囲の目が気になって、
あってないようなものをあるように偽装した胸の中は、常に不安でいっぱいだし。

彼は、そうやって造られた私のことを、恐らくとても好きなんだろう。

でも私は、私自身は、今の私のこと、好き?

欲しがられて、幸せ?


そうこうしているうちに、結局返事を返すより先に、家の前まで来たよ、と彼から連絡があった。

とりあえずスマホのライトで眉毛だけは描いて、服もさっき履いた適当なスウェットパンツのまま、外へ出た。
ドライヤーをかけられない半乾きの髪の毛が頬に触れると、保冷剤みたいにひんやりする。

彼の車に乗った。
あれ、髪の毛濡れてるよ、寒くない?大丈夫?と言った彼の表情は、
私を気遣うというより、何かが欠けていると感じる自分の作品を不満げに眺める画家のようにしか、その時の私には見えなかった。

ねえ、やっぱり、ここまで来る途中だけでも街の様子が全然違ったよ。非日常って感じだよね。ちょっと向こうまでドライブしよう。飲む?

彼が一口飲んだ、ドクターペッパーのペットボトルを手渡された。私は口をつけただけで、そのまま彼に返した。

どこに向かうのかよくわからない車は、ゆっくりと動き出した。リンキン・パークが車内に響いている。


──ああ、きっと私のこと、私がこれといって何の努力をしなくても、ただ寝て起きるだけで、オンナノコでいられる生き物だと思ってるんだ。

欲しがるってことは、手に入れたいということ。所有物にしたいということ。
お気に入りのものは、常に持ち歩いていたい。

けど、いくらお気に入りのデザインのチャームだって、さすがに汚れてボロボロになったら、そろそろ買い換えよう、って思うじゃない。
それは、私もそうだもの。

そっか。そうだよね。
手に入れたいって思われることは、とても気持ちが良い。

けど、簡単に手に入るものなんか、絶対に他にも代わりはすんなり手に入るんだから。
アマゾンにすらあるかもしれない。
お金さえ払えばいつでも手に入るなら、ある意味その店の在庫すらすべて自分のものだよ。

私と同程度のカワイイオンナノコなんて、無数にいるに決まってるじゃない。
ましてや、もっとカワイイオンナノコなんて。考えるだけ無駄なこと。
星の数を数えるより途方もない。

──仮に、仮にだよ。
そんな、自分に不釣り合いな、“オンナノコ”を一生懸命纏おうとしている、自信なさげで控えめな私が、彼の欲しいものだったとしたら?
それならまだ、完成品の“カワイイオンナノコ”よりは、替えが効かないかもしれないのかな。

──本当に?

“カワイイオンナノコ”を目指そうとして、人生のリソースがそれだけに割かれている女。しかも不本意。
そんなの、私が自分より遥かに“カワイイオンナノコ”だと思っている生物だって、同じように藻掻き苦しんでいるかもしれないじゃない。


──ああああ。違う。違う違う違う。馬鹿か。そうじゃない。

もっと大事なことを忘れてる。さっき真っ暗闇の中、一瞬よぎったでしょうよ。

私自身は、そんな私自身のことを、好きでいられる?続けられる?

そもそも、そうやって延々と足掻いている私を欲しがる彼のことを、好きでいられる?続けられる?

考えてるだけじゃわからないな。なら、行動しよう。


彼は二度ほど、道中で自販機を見つけては車を停めて、自販機のボタンを押したりしていたが、別に普通だった、とつまらなさそうに戻ってきた。

私は微塵も興味がなかったので、曖昧に微笑むだけだった。
SUM 41が大音量で、お互いに無言の中流れている。

彼はそれに合わせて鼻唄を歌っている。私は黙って、両親から届いた、私の身を案じるLINEに返信していた。


あろうことか、車は湘南方面の海の近くで停まって、寒いけどちょっと降りてみようよ、冬の海って寒いけどさ、俺は好きなんだ。と促してきた。

今なら別に死んでもいい、って思う瞬間って、誰にでもあるとは思うんだ。幸せの絶頂、もしくは不幸のどん底。

でも、死っていうか、生存に無頓着なのは、単に無頓着という以外の何者でもない。綱渡りのように、敢えてそのスリルを味わいたいというなら、また違うけど。

デートで地震の直後に海のそばに来るのは、明らかに無頓着だからだ。
そうでなければ、心中に震災を利用しようっていうのか。

彼はどうして私のことが好きなんだろう。
私はどうして彼のことが──

冬の海の側はひたすら寒い。
ロマンスの貝殻の破片なんか見つかりっこないし、ピンクの呪文を唱えても、すべて冷たい風にかき消される。

彼はそんな中で煙草を吸いながら、海の向こうに見える明かりを見つめている。
──いや、ただぼーっとしているだけかもしれない。

さすがに寒すぎるので、そそくさと車に戻った。
まあ今かな、と思って、ガトーショコラの入った紙袋を手渡した。手荷物はほとんどこれしかなかったわけだから、サプライズでも何でもないけど、一応それらしい反応はしてくれた。

ありがとう。嬉しいよ。
そう言って、彼は運転席から身を乗り出してきて、助手席の私に顔を近づけてきた。

ピンクの魔法がかかっていない私との口づけは、いつもと比べて甘さ控えめだったりするのかな。
それとも、お腹が減ってたら、何でも食べたい、何でも美味しいのと同じ?


──ああ、腹が減った。

そのガトーショコラ、味見したけど、我ながら滅茶苦茶上手くいったんだよな。

ここで開けて、ちょっと食べてみていい?とかこの後言わないかな。私が作ったんだから、私にも食らう権利はあるはずだ。

唇を離した彼の頬を、ぷに、とつねってみた。
何だよお、と彼はおどけてみせた。

こいつ、いつの間にかだいぶ肥えたな。私は節制してんのによ。
まあそれはそれで可愛いから、別に良いんだけど。

つねっている指の力を少し強めてみた。
痛いよ、と冗談交じりで怒ってみせた。
その時の私は、笑っていなかったと思う。

自分の中に燃え広がる火種の存在に、気を取られていたから。

よこせよ。お前ばっかり独り占めしてんじゃねえよ。

私は、こちら側に身を乗り出していた彼を力ずくで押さえつけて、逆に私が運転席側に迫った。

両手で彼を押さえて、甘くも何ともない乱暴な接吻を強要した。柔らかい心地よさからは程遠い。
血の味を欲していた。
血だって唾液で薄めたら、ちょうどいい配分ならピンク色になるかもしれねえな。綺麗かな。知らん。それどころじゃない。

唇を離すと、急にどうしたの?と彼は若干怯えたような半笑いを浮かべた。
片手で顎を持ち上げてみた。当たり前だけど、首筋は私より太くてしっかりしている。
けれど、さほど硬そうではない。
肉々しい。
憎々しい。

私は衝動的に、目の前の彼の首筋に顔を近づけて、思いっきり噛み付いた。自分の歯が食い込んでいる感触があった。ハンバーガーよりは硬いかな。

うわああああ、と彼は上擦った声を上げた。驚いて動いたからか、彼の肘がクラクションに触れて、大きな音がした。

私は顔を離すと、彼の首筋を見た。薄暗い車内でも、そこにピンク色に腫れた歯型がくっきり残っているのがわかった。
何かが満たされた。獣じみてはいるけれど、性欲じゃあない。支配欲だった。
解放というより、抑圧の向きを反転させただけだった。
南京錠は外れていて、ポーチの中身がそこら中に散らばっていた。

おい、何するんだよ、俺が何かしたか?
今度は本当に怒った口調だった。けど、もしここで殴り返されていたとしても私は平気だったと思う。
彼が私を押し返そうとした。させないよ。だって、私があなたのものである以前に、お前は私のものだからな。

私が強い力でそれに抗うと、彼はそれ以上こちら側に近づくことはできなかった。
腕相撲しているみたいにお互いにプルプルと震えている。彼の顔はピンク色になって、表情が男梅そっくりになっていた。

そうしたら途端におかしくなって、私は声を上げて大笑いした。彼は理解不能といった表情で、黙って引き下がった。

なにこれ。私たち何やってんだろ。
今なら津波が来ても笑いながら死ぬかもしれない。
生きててもこんなくだらないことばっかりしてるんだったら、命の無駄遣いをするなって、殺されても文句は言えないかもしれない。


暗い夜の海辺で、私の思考は一気に明晰になった。

もう、全部やめよう。

すぐに転職活動を始めるんだ。経理のあの人らが一気に辞めたうちの会社は、多分もうこのコロナ禍が過ぎ去るまでは持たないはずだ。誰も何も言わないでいつも通り働いてるけど、多分気づいてるのは私だけじゃないだろう。

夏に予定していた、デュオコンサートの出演依頼もすぐに断ろう。あんな客に媚びただけの微塵もそそられないプログラムのために、毎日数時間費やすのは御免だ。

彼は──まあ今すぐ別れることはしないけど、もうこういう窮屈なのはやめよう。欲しがるとか、欲しがられるとかじゃなくて、一緒にいられるなら、いよう。そうじゃなかったら、離れよう。


後日、会う約束をしようと彼から連絡があった時、転職したい旨を伝えた。
ちょっと時間が欲しい、あなたのことは好きだけど、しばらくは専念したい、と。

彼の返信は、概ねこんな感じだった。

『え?それって、いつ頃落ち着くの?さすがに今より会える時間が少なくなるのは寂しいし、耐えられない。急にそんなこと言うなんて、ちょっと自分勝手だよ。納得できない。俺はちゃんとイツキのことを大事にしてきたのに。』

噛み付いた直後の半分くらいの出力で笑った。じゃあお前が私を養うのかよ。
こんな茶番を1年も続けてきたなんて、私って結構タフなんだなあ。何かあったらすぐ泣くくせに。

なら、会おう。話がしたい。私は連絡をした。別れ話を持ちかけようと。
しかし彼はかなり察しがよかった。会えなくなるのは寂しい、とか言った直後のくせに、今度は会うことを避けはじめた。

そうこうしているうちに、ホワイトデーが近づいてきて、その手前が彼の誕生日だった。
ちゃっかりその日は会えるとかほざいたので、非人道的とは自覚しつつも、その日を決戦の日にしようと決めた。

彼はうちに来た。久々に会えて嬉しいよ、俺もなんか急に仕事忙しくなってさ。
私はプレゼントもケーキも用意していなかったけど、彼が好きだったドクターペッパーは、彼自身がうちの冷蔵庫に常備していたから、とりあえずそれを手渡して、すぐ本題に入った。

びっくりするほど喚かれた。殴られはしなかったけど、物を投げつけられた。部屋を滅茶苦茶にされた。

お前が毎回作る料理も、あのガトーショコラも死ぬほど不味かったし、プレゼントも本当にセンスがないし全部捨てたとか、その他にも過去にあったかどうか定かではないことを、大声で罵られ続けた。
この部屋が完全防音でよかった、なんて漠然と思いながら、私はただひたすら泣いていた。

私以外の人が私に優しくしてくれるなら、それはとても幸福なこと。もしくは、見返りを求められてる。
彼は、後者だったということ。そして、私は幸福ではなかった。

ギャンブルに全財産を叩いたら人生が破綻するのと同じように、心も上手く運用しないと、同じように壊れちゃうんだって、誰か教えてくれてもよかったんじゃないの。

ピンクのお花畑に幽閉される前に、ここから早く抜け出すんだ。一生閉じ込められる前に。
ピンクのポーチから這い出した、もう一人の私が手を差し伸べていた。

──でも、愛が尽きていても、情はあったし、誰かとの別れって、どういう理由であろうと、やっぱり皮膚を引き剥がされるように痛い。
痛くて痛くてただ泣いていた。あなたはもっと痛いでしょう。ごめんね。でも、もうどうしようもない。

お前のせいで来年以降の俺の誕生日は毎年不幸の記念日になるんだ。一生呪ってやる。そう叫んで彼は乱暴に扉を閉め、部屋を出ていった。


転職活動を機に、私は長かった髪をバッサリと短くした。
本当にいいの?と何度も美容師さんに訊かれたけど、元々鬱陶しくて仕方なかったから、何のためらいもなかった。
──失恋したからとか、そういうありがちなやつじゃないからね。あくまで新しい門出のためだから。

当時の自宅から最寄り駅までの道に並んでいる桜のピンク色が、とても綺麗だなと思いながら写真に収めていたのは今でも残っている。その年だけ特別だった、とかはないけど。

ちなみに、ピンク尽くしだった小物は、今はすべてグリーンと化している。小物も鞄も洋服も、明らかに緑が多い。他人に指摘されるほど。

緑のグッズが増えるたびあんたどんだけ緑が好きなのさ、緑のおばさんかよ、と同僚によく茶化される。

緑が好きなのはね、特に自分ではなんとも思ってなかったんだけど、私にとって──


──ちょっと、早く支度しないと遅刻しちゃうじゃない。何ぼーっとしてんのよ、私。

浴槽に浮かんだ鮮やかな桃色を、シャワーで排水口へ流した。
昔なら、少し惜しいと思ったかもしれない──わけあるかよ。

馬鹿馬鹿しい。早く消えろとしか思わなかった。




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