夜桜に朧月 3|シロクマ文芸部
白水の主人は腰を抜かした。
毎夜通ってくる女が姿を消したのだ。
しかもこんもりと土饅頭がある中に。
掘り返された直後の真新しい土の臭いがある中へと、吸い込まれているのを目撃したのだ。
主人は叫び声を押し殺して、ゆっくりと後退り、豪胆にも暫し様子を伺って異変が起こらぬことを察したうえで、急ぎ家路へと向かった。
翌朝早くに主人は、店に札を掛けた。
正午までは店休しますという案内だ。
そうして彼は巍々山光源寺へと向かった。
五十坂の住職は赤ら顔で、奥まった目に強い光を宿した男だった。
縺れる舌を駆使して店主は、昨晩に目撃した仔細をまくしたてた。
「お恥ずかしながら、小生はあの女子に思慕を抱いていたのかもしれませんで」
住職はただ目を伏せてそれを聞き入ったあとで、咳払いをひとつして、ことの一抹を語り出した。
その女性は西京の出身だという。
かつて御所のあった都の出という。
清秀、という宮大工が長崎より西京へと修行に出ていた。
彼は腕はたつし、弁もたつ。ことに相手が女とみれば、腰に立つものがある。結果として懇ろになった女性がいた。
彼は、その彼女に不義理ををはたらいた。それだけの理由がある。長崎には親が定めた許嫁があった。師匠筋なのでその縁談の断りも言い辛い。
だが雅な京の女性に溺れていく。
終いには、子を授けてしまった。
京女の腹はみるみる膨れていく。
慌てて彼は舞い戻ってきて、すぐに許嫁と祝言をあげてしまった。
それでは男としての顔が立たない。
だが、それで逃げの一手を打った。
京女は大きなお腹を抱えて思案した。
その身体では長旅に耐えられないだろう。
彼女はひとりで産むことにした。そして赤子の首が座る頃に、親戚を頼り縋りして路銀を工面した。ようよう掴まり立ちを始めた乳飲み子を抱えて、長崎まで街道伝いの旅をした。
長旅の末に辿り着いたときに、京女が目にしたものは、不憫極まる。
尋ね歩いた清秀の消息は、年若き御新造さんを迎えた闊達な日々であった。
「その娘御は、旅の疲れもあってさのう。さらにはその清秀の消息を知ってさの。とうとう身体を壊して。木賃宿にて病いに斃れたので」
住職は席を立って、奥の部屋に向かった。
そこからは寺には耳慣れぬ赤子の泣き声がする。
「はて面妖なことがあるもんさね、と思うちょった」
住職は赤子を抱えて、その口に匙で飴湯を吞ませていた。
「この子がさ、その京女の娘たいね。毎夜毎夜どこからか、この晒飴が境内に届けらえる。誰がそげなことしよるとか、そう思うちょった」
「ではその京娘の幽霊が・・」
「まずはかの墓を調べようかの」
無造作に住職は重そうな腰を上げて、手伝ってくれんかの、とさも当然のことのように、主人に言った。
崇福寺からの四辻を少し寺町へと上がった、右手にそれはあった。
「これが件の井戸か」
「へえ、それがおいたちの噂で」
橘醍醐を士分と認めてか、若衆の態度は慇懃である。
確かに一文銭が六個ずつ束にして、それを願掛けのようにその水場の簡素な掛け屋根の柱に下げてある。ひとつやふたつではない。五寸釘が四方に打たれていて、それに幾重にもかかっている。
「これは何の呪いだ」
「いえね。その飴幽霊に願掛けすると、願いが叶う、いや叶ったという、これも噂のひとつで」
成程、その風聞は醍醐も聞いたことがある。
彼の無聊を慰めてくれる件になりそうだ。
