ゴールまで走らせてあげて

 今年も負けた。強すぎるだろSDK。来年こそは勝つぞ、神代淳。

 というわけで今年も無事異界入りが終わった。毎年この時期になると異界入りして、夏だな、と思う。もう20年以上前のゲームソフトに未だにワイワイできるのは嬉しいし、インターネットの風物詩としてこれだけ盛り上がってくれるのはやっぱりファンとしては嬉しい。なんのことか分からない人は『SIREN』をやってください。PS2でやれます。

 私のPSの記憶は多分初代の記憶が強い。姉がゲーマーだったのでPSは家にあったし、ソフトが棚にずらっと並んでいたのを思い出す。大人になってから中古屋のゲームソフトの棚を見ていると姉の部屋の棚を思い出す。そして今、自分の部屋を姉の部屋みたいにしようとしている。そのために中古屋の棚からゲームソフトを抜き取ってレジへと運ぶ。巡ってるな〜と思う。

 中古のゲームで見られる他人のプレイ記録が好き。前の持ち主はここまで進めたんだな、と痕跡を辿れる。もちろん初期化してあるものもあるけれど。プレイ記録が途中で止まっているものを見ると、この人はここでこの物語を止めてしまったんだ、と思う。だから私がその先をプレイすることがある。データはそのままで、中断されたところからスタッフロールまで。全然ネタバレになるんだけど、それでもいい。この中断された主人公たちを満足させて休ませて、それから私の主人公を動かそう、と思うのだ。やっぱりゴールを見てほしいから。主人公には。

 ゴールがないって苦しい。終わりのない道は絶望だ。延々と長く続く道を歩き続けるのだって限界がある。それこそ『ロングウォーク』みたいにゴールのない道を最後のひとりになるまで歩き続けなければならないのは、ハッキリ言って苦痛でしかないだろう。脱落していく度にゴールが見えてくるようになっているのだから、さっさとゴールを目指したいと思うと人の死を願うようになってしまう。でも人の倫理観はそれを許さない。結果として終わりのない道を、ゴールのない道を延々と歩かされるように感じられる。それってめちゃくちゃ苦しい。

 いつになったら終わるんだろう、と考えることがよくある。なにが、はあえてここでは書かないが、人といてもそれを考えることがよくある。私の主人公は何人スタッフロールというゴールまでたどり着けただろう。ゴールしたら、どうなるのだろう。死ぬのか。眠るのか。初期化は死ぬのか。じゃあ眠るか。

 そんな2026年8月6日の話。

いいなと思ったら応援しよう!