見出し画像

アートに触れたいモードなんだが

小さな頃から、いかなる占いにおいても「アンタ、アートなことが好きですよ」みたいな結果に行き着くことがほとんどだった。

しかし私は音楽こそ大好きなものの(なお、特定のジャンルにへの偏愛)、アートや美術品にはさほど関心が向かなかった。

それが最近、少し変わってきたのである。

街の図書館へ行くことが増え、自分の好きな明治・大正・昭和あたりの歴史を調べている。その時代に、どこかの諸外国の誰かが描いた挿絵のようなものを眺めたり、図書館からそのまま美術館へ行ってみたり、庭園らしきものを見たりする。

今の私は、お金をかけずとも楽しめる遊びをしたいモードなのである。

そんな折、たまたま飲食店の大好きな店員さんから、とある小説を勧められた。その場で購入し、後日読んでみた。

いくつかの短編が連なってひとつの本になっていて、日本国内のさまざまな場所を舞台にした話が詰まっている。

それが、それはそれはそれはそれは美しかった…………。

美術やアートに関心のなかった私でさえ引き込まれるような表現がいくつもある。読んでいると情景が浮かぶ。景色だけではなく、光とか空気とか温度とかその場に自分までいるような感覚になる。

なんなんだこれは、と思って作者の経歴を調べたら、キュレーターなどをやっていた。

そらそうだわな🥹🫶

美術に長けている人が書く小説というのは、こんなにも美しいのかと思った。ものを見る解像度がそもそも違うのだろうか。見えているものを言葉にすると、こんなふうになるのか。

私は本当に感動したし、偶然その本を勧めてくれたその人にも感謝した。

それからというもの、私は「美しいと思いたがりたい」みたいなモードに入ってしまった。

自分のタイプの絵をネットで検索しまくり、作者を探しまくり、展示を探しまくっている。

自分の住む神奈川県内をはじめ、都内やその近辺の美術館を調べて、見たい展示をやっている場所を見つけてはマップにピンを立てる。美術館そのものの外観や庭園が好みなら、そこにもピンを立てる。前期と後期で作品が入れ替わるなら、二日に分けて行きたいな、とか考える。
平日の静かな日中に静かな美術館に絵を見に行って、よく分かんないけどこれがめっちゃ好きだったなとかこういう絵をもっと見たいなとか、勝手にそういうのにニヤニヤする時間をつくりたいと思う。

そういうことをしている時間が、私にとってとても心穏やかであるからだ。

星が見たい月が見たい山が見たい川が見たい木が見たいと、見たいものや触れたいものが幾度となく自分の中から次々と湧いてくる。

こんなにも自分から「美しいものを見たい」と欲することはなかった気がする。

美しいものを探していると何故か胸が苦しくなるような感覚もあるが、私はナルシストロマンチストメンヘラ女なので、ただのナルシズムなだけだとは思う。

何かを見たいとか、触れたいとか、心を動かされたいとかそういう欲が自分の中にまだこんなにあることが嬉しかった。

占いは信じないことが多いが、当たってんじゃんね

おしまい

いいなと思ったら応援しよう!