怒鳴っていた父と、優しくなった父のこと
昔は父が怖かった。
でもいま、父はとても優しい。
昔はただただ怖かった父が、
今は笑って一緒にテレビを見る。
その変化が、いまだに少し不思議だ。
私の父は、ほんとうによく働く人だ。
週1日しか休みがなく、その休みさえ仕事関連で出かけることもある。
朝は6時半に家を出て、夜は20時すぎに帰宅。
そこからお風呂に入り、家族でご飯を食べる。
食卓につく頃には、もう眠いと言っている。
体力勝負の仕事でもあり、きっと毎日へとへとだろうと思う。
じゃあ、父をそこまで突き動かしているのは何か。
責任感? 義務感? やりがい? 単純に好きだから?
そんなふうに思いながら、
昔の父のことを思い出す。
学生時代の私は、父のことが怖かった。
仕事から帰ってきても、いつもイライラしていた。
家中をその空気が支配していた。
息が詰まる。
眉間にしわを寄せて、ビール片手に黙って食事。
時には怒鳴り、缶ビールを壁に投げつけたこともあった。
私は怯えていた。
でも今の父は、すごく優しい。
……だからこそ、考えてしまう。
なぜ父はあんなに不機嫌だったのだろう。
なぜ、今はこんなに穏やかになったのだろう。
これは私の勝手な解釈だけれど、
父は、アダルトチルドレン的な背景を持っていたのかもしれない。
条件付きの愛情の中で育ち、「自分には価値がある」と心から信じられなかったのかもしれない。
アダルトチルドレンとは、
機能不全の家庭環境で育ったことで、
自尊心や自己肯定感を持てないまま大人になった人のこと。
周囲の期待に応えようとしすぎて疲れたり、
攻撃的になってしまったり、自責・自虐が強くなる傾向もあるという。
思えば、祖父も怒鳴る人だった。
祖父母は戦争を経験し、愛情よりも厳しさが優先される時代を生きてきた。
甘えるなんて許されなかっただろうし、
ちゃんとしていることだけが褒められる条件だったのかもしれない。
そのような条件付きの中で育てば、
人は自分が価値のある存在だと信じることが難しくなる。
条件付きの愛で育った人は、条件付きの愛で子供を育てる。
父は条件付きの愛の中で育ったんじゃないか。
長男としてしっかりしろと。
そして怒鳴られる環境の中で育ってきたんじゃないか。
幼い頃、私が泣くと、父は泣くなよーと言った。
あの時は私は感情を受け止めてもらえないんだな、
この家では泣いてはいけないんだと思ったが、
父も泣いてはいけないと育てられたんだろうなと思う。
きっと泣いたら厳しく怒られていたんだろうな。
厳しい中で育った父が大人になって、怒鳴ったり、キレたりしていたのは、
自分の存在を証明するための、無意識の叫びだったのかもしれない。
そして今もなお、
その価値の証明を仕事に向けているのかもしれない。
過剰な働き方も、もしかすると自分には価値があると思いたい証なのかもしれない。
こんなふうに書くと、
なんだか上から目線。
そして勝手な解釈でなんの根拠もないし、
父が優しくなった理由も全くわかりません。
でも私は、
怒鳴っていた父も、
優しくなった父も、
どちらもまっすぐに生きている父だと思っている。
そして、その父を今は私は尊敬してます。
