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「トンヌラ」は本当に勇ましくて賢かった/ドラクエの珍名とゲルマン・ケルト神話の学者

 『ドラゴンクエスト』でトンヌラといえば、どうしても少し笑いを誘う名前である。

 『ドラゴンクエストII 悪霊の神々』では、サマルトリアの王子につく可能性のある名前の一つだった。『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』では、主人公が生まれたとき、父パパスが息子につけようとする名前だ。しかし母マーサの提案した名前が採用され、トンヌラは退けられる。しかもパパスは、採用された名前を聞いて、どうもぱっとしないという態度をとる。マーサは「トンヌラ」を勇ましくて賢そうな名前だと評価しているのだから、ここでは明らかに、プレイヤーだけが笑うように仕掛けられている。

 私は長いこと、トンヌラというのは、そういう役割の名前だと思っていた。ところが、ある本を読んで認識が変わった。

本棚にいたトンヌラ

 私が持っているみすず書房の『ゲルマン、ケルトの神話』という本がある。その筆頭著者名に「トンヌラ」と書かれている。正確には、E・トンヌラ、G・ロート、F・ギラン著、清水茂訳である。日本での初版は1960年で、1975年に新版が刊行された。E・トンヌラとは、Ernest Tonnelat(エルネスト・トンヌラ)のことである。

『ゲルマン、ケルトの神話』みすず書房

 そして、この人物を調べてみると、トンヌラは1877年生まれのフランスのゲルマン学者で、ストラスブール大学教授などを経て、1934年から1948年までコレージュ・ド・フランスでゲルマン文学の教授職を務めている。グリム兄弟やニーベルンゲンの歌などを研究した、本職のゲルマン文学研究者である。

 日本語で「トンヌラ」と発音すると、どうしても少し間の抜けた感じがする。とりわけ「ヌラ」という音の並びは、日本人が西洋人の人名として想像するパターンから外れている。しかし、その妙な響きの向こう側に、ゲルマン・ケルト神話やドイツ文学を研究した学者が実在している。だったら、これはむしろ誇りのある名前ではないか。私はそう思うようになった。

2021年に考えたこと

 2021年5月、私はXに、みすず書房のこの本とドラクエのトンヌラについて投稿した。そのとき考えたのは単純なことだった。

 堀井雄二氏は『ドラゴンクエスト』を作るにあたって、ヨーロッパの神話や伝説に関するさまざまな資料を見ていただろう。もし『ゲルマン、ケルトの神話』を読んでいたなら、著者欄にある「トンヌラ」という名前を見て何かを思ったにちがいない。そして、【この名前を面白いと思って、ドラクエに入れたのではないか】と想像したのである。もちろん、その時点では私の推測にすぎなかった。ところが、その二年後に面白いことが起きた。

2023年に堀井雄二氏が語ったトンヌラ

 2023年6月、電ファミニコゲーマーに掲載された堀井雄二氏と鳥嶋和彦氏の対談で、まさに「トンヌラ」の由来が質問された。堀井氏は、「本当にいたんですよ、そういう人が」と答えている。さらに、いろいろな資料を見ていて発見し、「なんて名前だ!」と思って採用したというのである。

 私はこれを読んで、2021年に考えたことがかなり核心に近かったのではないかと思った。ただし、ここは区別しておかなければならない。堀井氏は、この対談ではエルネスト・トンヌラの名前を出していないし、みすず書房の本を読んだとも述べていない。

 したがって【堀井氏が『ゲルマン、ケルトの神話』を読んでトンヌラという名前を採用した】とまでは断定できない。しかし、実在するトンヌラ氏を何らかの資料で発見し、その名前を意図的に作品へ入れたこと自体は、堀井氏本人の説明によって明らかになった。ここで、ゲーム制作のために神話や伝説を調べているときに出会っても不思議ではない人物が、まさに『ゲルマン、ケルトの神話』の著者のトンヌラなのである。

不遇の名前トンヌラ

 それにしても、トンヌラという名前はドラクエでは少し不遇だった。DQ2ではサマルトリアの王子の名前候補の一つ。DQ5ではパパスが主人公につけようとして採用されない。
 そして後年の『ドラゴンクエストXI S』でも、主人公の父アーウィンが生まれた息子につけようとする名前として再登場するが、やはり母エレノアの考えた名前が採用される。主人公自身をトンヌラという名前にしている場合には、アーウィンの候補が【ヌラトン】に変わるという念の入りようである。
 無印DQ11にもトンヌラ系統の冗談がある。保護された赤ん坊に主人公の名をもとにして【○○○○・トン・ヌラリア2世】という大仰な名前がつけられる。どうにもトンヌラには、名前だけで笑わせる役割が与えられている。

 ところが、シリーズを追っていくと少し様子が変わってくる。

本当に勇ましくて賢いトンヌラ

 DQ6には、牢獄の町で反乱軍を率いるトンヌラが登場する。圧政に抵抗する側のリーダーである。しかも、このトンヌラは【ちからのたね】の量産にも成功している。農民風の姿をしているが、ただ勇敢なだけではなく、何かを研究して成果を出せる人物として設定されている。
 そう考えると、DQ5でマーサが言った「勇ましくて賢そう」というトンヌラ評は、次作で本当に実現してしまったことになる。

 DQ7にもトンヌラという旅の商人が登場する。この頃になると、トンヌラは珍名ネタであると同時に、ドラクエ世界に普遍的に存在する人名になり始めている。そして、もっと大きな変化が起きた。

サマルトリアの王子トンヌラ

 2021年、『ドラゴンクエストタクト』でDQ2のイベントが行われた。スクウェア・エニックスの公式告知を見ると、そこにははっきり、【サマルトリアの王子「トンヌラ」】と記載されている。しかも【DQII英雄SPスカウト(トンヌラ)】である。英雄トンヌラ。これはなかなか感慨深い。

 1987年のDQ2では、アーサー、カイン、クッキー、コナン、すけさん、トンヌラ、パウロ、ランドという複数の候補のうちの一つだった。ところが三十年以上を経て、その一候補だったトンヌラが、サマルトリアの王子を代表する名前として公式に採用された。最初は「なんて名前だ!」というところから始まったトンヌラが、いつの間にかシリーズを代表する由緒ある名前になってしまったのである。

私の思考過程

 考えてみると、私は堀井氏とは逆の道をたどったことになる。堀井氏は、おそらく資料の中で実在するトンヌラを先に知った。そして、その響きを面白いと思ってドラクエへ持ってきた。私はドラクエでトンヌラを先に知った。妙な名前として知り、笑われる名前として覚えた。その後、みすず書房の本を読み、【本当にトンヌラがいた】と知った。
 しかも、ただ実在したのではない。ゲルマン・ケルト神話の解説書の著者で、ゲルマン文学を教授する学者だった。そこで私の中では、トンヌラの評価が反転した。だったら、今度ゲームで名前をつける機会があったら、私は積極的にトンヌラを使おう。
 ところが皮肉なことに、ドラクエでは、トンヌラという名前を付けようとしても受理されない場面がある。せっかく私がトンヌラの名誉を回復しようとしているのに、ゲームのほうが許してくれない。最後まで少し不遇である。

トンヌラの名誉回復

 背景には、エルネスト・トンヌラという学者がいる。そしてドラクエの中にも、圧政に立ち向かった反乱軍のリーダー、トンヌラがいる。さらには、公式から英雄と呼ばれるサマルトリアの王子、トンヌラまで現れた。考えてみれば、DQ5のマーサは最初から正しかったのかもしれない。

トンヌラ。

 勇ましくて、賢そうな名前である。
 エルネスト・トンヌラの『ゲルマン、ケルトの神話』は、私がファンタジー小説を創作するときの資料として、大いに役立ってきた。神話の世界を知り、そこから新しい物語を考えるために、私はこの本から多くのものを受け取っている。
 もう一人のトンヌラ、あるいは同じ名前を受け継いだドラクエのトンヌラ。サマルトリアの王子を探し、仲間にし、ときにはその頼りなさに困りながらも一緒に旅をしたからこそ、私はドラクエの世界に感情移入し、楽しく遊ぶことができた。

 実在する学者の名をゲームの世界へ連れてきて、これほど長く記憶に残る名前にしてくれた堀井雄二氏に感謝したい。もしドラクエにトンヌラがいなければ、私はこの本の著者名を見ても、これほど強く心に留めなかっただろう。ありがとう、堀井雄二さん。

 最後に、学者のトンヌラ、ゲームの中のトンヌラ、そのどちらにもお礼を言いたい。

ありがとう、トンヌラ。


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