マネジメントは、人を管理する仕事ではない

日本では、マネジメントとは人の管理だと考えられている。
部下に仕事を割り振る。目標を設定する。進捗を確認する。1on1を行う。評価し、育成し、問題が起きれば間に入る。チームを円満に保ち、退職者を出さず、上司から指摘されない状態を維持する。
こうしたことができる人が、よいマネージャーだと思われている。
しかし、ここには肝心な「成果」がない。
日本のマネジメントの問題は、「成果を出すための手段だった人材管理が目的化した」という程度ではない。「成果を出す」という目的自体が抜け落ち、マネジメントが人の管理だけを意味する言葉になっていることである。

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成果ではなく、組織の安定を管理している

「成果を出す。そのために人を管理する」という順番であれば、まだよい。
成果を最大化するうえで人材育成のレバレッジが高いなら、育成すればよい。役割変更が必要なら配置を変え、チームの能力が足りなければ採用する。人の管理は、あくまで成果に従属する。
しかし、多くの日本企業では、マネージャーの仕事が成果と切り離されている。
メンバーが不満を持たないようにする。部門間の対立を収める。上司の意向を部下に伝える。問題を大きくせず、前例から外れない範囲で組織を回す。そこで評価されるのは、アウトプットの拡大より、組織を波立たせないことである。
つまり、目的と手段が逆転したのではない。
マネジメントの目的関数が、成果の最大化から組織秩序の維持へ置き換わっているのである。
これは年功的な昇進や長期雇用と無関係ではない。日本企業では、勤続年数を重視した段階的な昇進制度が広く使われてきた。伝統的な日本型経営では、合意形成や協調性も管理職選抜の重要な要素になりやすい。こうした制度では、仕組みを大きく変えて失敗する人より、既存組織を安定的に運営する人の方が管理職になりやすい。これは制度から導かれる構造的な推論である。
仕組みを変えれば、仕事がなくなる人が出る。部署の権限が縮小する。これまでのやり方を否定されたと感じる人もいる。人を管理するだけなら、こうした対立は避けられる。
だから成果が出ないときにも、業務や組織を変えるのではなく、人へ働きかける。

  • 目標を細かくする。

  • 会議を増やす。

  • 進捗報告を求める。

  • 研修を行う。

  • 1on1で意識を変えようとする。

仕組みを変えず、人を現在の仕組みに適応させようとするのである。

『High Output Management』は人材育成の本ではない

この考え方と正反対にあるのが、アンディ・グローブの『High Output Management』である。
この本の中心命題は明確である。
マネージャーのアウトプットとは、その人が監督または影響を与える組織のアウトプットである。
マネージャー本人がどれだけ忙しく働いたかではない。何回1on1をしたかでも、何人を育てたかでもない。管轄する組織が何を生み出したかである。本書は、会社と仕事をどのように設計・運営するかを扱う、シリコンバレーの代表的なマネジメント書として位置づけられている。
もちろん、本書では人材育成、研修、1on1、動機づけも重視される。
しかし、人材育成がマネジメントの目的だからではない。人を育てることで、将来にわたって組織のアウトプットが増えるなら、それがレバレッジの高い活動だからである。
この違いは大きい。
日本では『High Output Management』が高く評価されながら、1on1、育成、目標設定といった「人に関する技法」だけが注目されやすい。しかし、グローブの出発点は人ではない。
アウトプットである。
人材育成は、アウトプットを増やすために選択できるレバーの一つにすぎない。

IT化でも、日本は人だけを効率化した

この問題はAIによって初めて起きたものではない。
村田聡一郎氏の『ホワイトカラーの生産性はなぜ低いのか――日本型BPR2.0』が指摘しているのは、日本がIT化において個人と部門の効率化を進めながら、全社的な業務プロセスの再設計に進めなかったことである。
個人にはパソコンとExcelを与えた。部門ごとに営業、人事、会計などのシステムを導入した。しかし、部門をまたぐ業務やデータの流れは統合されず、システム間を人が転記し、照合し、調整し続けた。欧米でデジタルによる全社的なホワイトカラー業務の変革が進む一方、日本は個人・部門の部分最適にとどまったというのが同書の問題提起である。
これは、技術導入の問題であると同時に、マネジメント観の問題でもある。
人にフォーカスすると、「今いる社員がITを使えるようになること」がIT化になる。Excel研修を行い、システム利用を徹底し、現在の仕事を少し速くする。
しかし、本来問うべきなのは、社員がシステムを使えるかではない。

  • この仕事は本当に必要なのか。

  • この入力はなくせないのか。

  • この承認は必要なのか。

  • この部署をまたぐ受け渡しはなぜ存在するのか。

  • 人を介さず完了するプロセスに変えられないのか。

である。
日本は人のIT活用を進めたが、仕事の構造を変えなかった。
その結果、一人ひとりは以前より忙しく、高度な道具も使っているのに、会社全体の生産性は十分に上がらなかった。

AI化でも同じ轍を踏み始めている

生成AIでも、同じ現象が起きている。
IPAの「DX動向2025」によれば、生成AIに前向きに取り組む企業のうち、「個人で業務利用している」と答えた割合は、日本が62.1%で米国の47.6%を上回る。一方、「部署の業務プロセスに組み込まれている」は、日本13.1%に対して米国37.8%である。
この数字は、日本のAI活用の特徴を端的に示している。
日本では人がAIを使っている。米国ではAIが業務プロセスの中で働いている。
日本企業はAIを使っていないのではない。個人利用では、むしろ先行している。
社員にAIアカウントを配る。プロンプト研修をする。文章を書かせ、資料を要約させ、アイデアを出させる。AI利用率と削減時間を集計する。
しかし、これらはすべて人を起点にした施策である。

  • 報告書をAIで速く作っても、報告書は残る。

  • 会議をAIで要約しても、会議は残る。

  • 申請書をAIで作っても、申請と承認は残る。

  • 営業担当者がAIを使っても、営業部門の仕事の流れは残る。

人の仕事をAIで支援しているだけで、仕事そのものは変えていない。
IT時代には、人が行う前提の業務へITを追加した。AI時代には、人が行う前提の業務へAIを追加しようとしている。

人にフォーカスすると、現在の組織が維持される

人を起点にAI活用を考えると、現在の職務と部署が暗黙の前提になる。

  • 経理担当者をAIでどう支援するか。

  • カスタマーサポートの生産性をどう上げるか。

  • 営業担当者にAIをどう使わせるか。

しかし、仕組みを起点に考えれば、問いは変わる。
経理担当者の作業を支援するのではなく、定型処理を無人化できないか。問い合わせ対応を速くするのではなく、問い合わせの発生自体を防げないか。営業担当者のCRM入力を効率化するのではなく、商談記録から自動的にデータを生成できないか。
さらにAIエージェントは、単純な作業時間を減らすだけではない。
情報を読み、状況を判断し、複数のシステムを操作し、次の行動を決めるところまで仕組み化できる。その結果、仕事だけでなく、職種や部署そのものが不要になる可能性がある。
これは、人を中心に置いている限り起こしにくい。
現在の人をどう活用するかから考えれば、現在の組織は保存される。業務と成果から考えれば、人が担う範囲をゼロから引き直せる。

まず自働化し、その後に人を育てる

ここで、人材育成が不要だと言いたいわけではない。
順番が重要なのである。
まず、仕事をなくす。業務の発生を防ぐ。標準化し、SaaSやシステムで処理する。さらにAIエージェントへ移し、通常処理は自律的に完了させる。人間には異常、例外、高度な判断だけを返す。
その結果として、既存の仕事に必要な人員は減る。
そこで初めて、人材を新しい仕事へ移し、再教育する。AIに代替された作業をもう一度人に与えるのではなく、新しい商品、新しいサービス、より深い顧客対応など、新しい成果を生む役割へ移すのである。
つまり、
人を育てる
→ AIで支援する
→ 現在の仕事を効率化する
ではない。

仕事をなくす
→ 仕組みを作る
→ AIに仕事を移す
→ 組織を作り替える
→ 新しい顧客価値に向けて人を再配置・育成する
である。

最初から人にフォーカスしていると、現在の人に現在の仕事を続けさせるための育成になる。
仕組みにフォーカスすれば、現在の仕事をなくしたうえで、人を新しい価値へ移すための育成になる。
同じ人材育成でも、意味はまったく異なる。

マネージャーは人ではなく、仕組みに時間を使うべきである

一般的には、こう信じられている。
マネジメントとは人の管理であり、マネージャーは人に時間を使うべきである。
しかし、提案したいのは次の考え方である。
マネジメントとは、成果を出す仕組みの管理である。マネージャーは、成果を拡大するための仕組みを改善し続けるべきである。
もちろん、仕組みを改善するために人と話すことはある。育成やフィードバックが最もレバレッジの高い手段なら、それを選べばよい。
しかし、より大きな成果につながるのが、業務の廃止、組織の変更、データ統合、SaaS導入、プロダクト改善、AIエージェントの構築なら、そちらに時間を使うべきである。
人を大切にすることと、人をマネジメントの中心に置くことは同じではない。
価値の低い作業を人に担わせ続け、目標管理と育成によって現在の仕事へ適応させることが、人を大切にすることだとは思えない。
日本はIT化で、人を効率化しながら、仕事と組織を変えられなかった。
AI化で同じ轍を踏んではならない。
マネジメントとは、人を管理することではない。人が作業しなくても成果が出る仕組みを作り、その仕組みのレバレッジを高め続けることである。


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