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褒めても人は育たない

「褒めて伸ばす」という言葉は、反対しにくい。叱って萎縮させるより、よいところを見つけて褒めたほうがいい。子どもは褒めれば自尊心が高まり、社員は褒めれば意欲が上がる。育児書にもマネジメント本にも、似たような話が並んでいる。
たしかに、人は褒められればその場ではうれしい。しかし、「気分がよくなること」と「成長すること」は同じではない。むしろ、褒め方によっては挑戦を避けたり、失敗に弱くなったりすることが研究で示されている。

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「頭がいい」と褒めると、失敗を避ける

小学5年生を対象にしたMuellerとDweckの研究では、課題に成功した子どもを「頭がいい」と褒めた場合と、「努力した」と褒めた場合が比較された。「頭がいい」と褒められた子どもは、学ぶことより、自分が賢いと示すことを重視するようになった。難しい課題で失敗した後には、粘り強さや成績も低下した。能力を褒められたことで、「できなければ、自分は頭がよくないことになる」という構造が生まれたのである。
大げさな称賛にも同じような問題がある。Brummelmanらの実験では、子どもの描いた絵に対して「きれいな絵だね」と伝える場合と、「ものすごくきれいな絵だね」と誇張して伝える場合が比較された。自尊心の低い子どもは、誇張した称賛を受けると、その後に難しい課題を避ける傾向を示した。高い評価に再び応えられないことへの警戒が生じた可能性がある。
また、子どもを追跡した縦断研究では、親から誇張した称賛を多く受けた子どもほど、その後に自尊心が低下する方向の関連が確認された。これは観察研究であり、誇張した称賛が自尊心低下の原因だと断定できるものではない。それでも、「自信のない子ほど大げさに褒めればよい」という考えを支持する結果ではない。
一方、幼児期の親子の会話を観察した別の縦断研究では、能力や人格ではなく、行動、努力、戦略などに向けられたプロセス称賛の割合が、5年後の子どもの能力観や挑戦への姿勢と関連していた。ただし、こちらも観察研究であり、「プロセスを褒めれば必ず成長する」と因果関係まで断定することはできない。
これらの研究から言えるのは、「褒めることは悪い」でも、「努力なら何でも褒めればよい」でもない。重要なのは、本人の人格や固定的な能力を評価することではなく、どの行動、選択、工夫、修正が、どの結果につながったのかを具体的に返すことである。

職場では、プロセスが見えない

ここで職場の話になる。プロセスを具体的に褒めるには、上司が部下の仕事の過程を知っていなければならない。
上司の方に聞きたい。あなたは、部下が顧客について何を調べ、どのような仮説を立て、どの順番で提案資料を作り、商談中に何を考えて発言を変えたのかまで観察しているだろうか。おそらく、そんな時間はない。
部下の方にも聞きたい。上司にメール、資料、会議、顧客とのやり取りを細かく確認され、仕事の過程を常に観察されたいだろうか。こちらも、おそらく答えはNoである。
職場では、上司は部下のプロセスを詳しく見られない。そして部下も、詳しく見られたくない。「プロセスを褒めよう」という原則を忠実に実行するため、上司がすべての仕事を観察すれば、それは育成ではなくマイクロマネジメントになる。

見ていないプロセスを、結果から創作してしまう

そこで多くの上司は、結果からプロセスを推測する。営業成績がよかった部下に対して、「顧客理解が深かったから受注できた」「粘り強く活動した成果だ」「君の提案力が評価された」などと言う。
しかし、その上司は商談を見ていない。提案資料も細かく読んでいない。顧客がなぜ契約したのかも直接確認していない。実際には、顧客の予算が余っていたのかもしれない。競合が提案を辞退したのかもしれない。大幅な値引きが効いただけかもしれない。製品の新機能が、偶然顧客の要望に合ったのかもしれない。
上司は、分からないプロセスを、結果に合わせてもっともらしく補っている。これは評価のハルシネーションである。
部下の側も、成功した理由を正確に理解しているとは限らない。しかし上司から「顧客理解が深かった」と言われれば、「自分は顧客理解が深かったのだ」と思う。こうして事実ではない成功物語が作られる。次の案件でも同じ行動を繰り返すが、成果は再現しない。そもそも前回の成功原因が間違っているからである。
失敗した場合も同じである。「行動量が足りない」「顧客への詰めが甘い」「当事者意識が低い」と言われる。しかし上司がプロセスを見ていないなら、これらも推測にすぎない。結果がよければ都合のよい長所を作り、結果が悪ければ都合のよい欠点を作る。これでは育成ではなく、結果に合わせて人物像を後付けしているだけである。

成果だけでなく、内省結果をレビューする

では、どうすればよいのか。上司がプロセスを観察するのではなく、部下自身にプロセスを再構成してもらえばよい。成果そのものに加えて、本人の内省結果を一緒にレビューするのである。
確認する内容は、次の五つでよい。

  1. 何を目標としていたか

  2. 実際に何が起きたか

  3. 何が結果に影響したと考えるか

  4. そのうち、自分で制御できたものは何か

  5. 次回、続けることと変えることは何か

ただし、内省とは感想文ではない。「頑張った」「顧客に寄り添った」「もっと早く動くべきだった」といった抽象的な言葉だけでは、何も分からない。CRMの履歴、提案資料、商談記録、顧客の反応、失注理由など、確認できる事実と結びつける必要がある。
部下が成功や失敗の原因について仮説を出し、上司がその仮説と事実が合っているかを確認する。上司が見てもいないプロセスの答えを教えるのではない。本人が作った因果関係を一緒にレビューするのである。
仕事後のデブリーフやAfter Action Reviewを扱ったメタ分析では、適切に実施された振り返りによって、個人やチームのパフォーマンスが平均で約20〜25%改善し得ると報告されている。ただ仕事を経験するだけではなく、経験から何を学んだかを言語化し、次の行動へ接続することに意味がある。

すべての案件を振り返る必要はない

とはいえ、すべての案件で五項目の内省を行い、上司がフィードバックしていたら、今度は振り返りだけで一日が終わる。上司にも部下にも、そんな時間はない。
必要なのは、全件管理ではなく、内省を行う観測点を決めることである。特に振り返る価値が高いのは、次の四つである。
第一は、金額、顧客への影響、法務・信用リスクなどが大きい重要案件である。成功でも失敗でも、組織として学ぶ価値が高い。
第二は、予想と結果が大きく異なった案件である。絶対に受注できると思ったのに失注した案件だけでなく、難しいと思っていたのに簡単に受注できた案件も対象になる。予想外の失敗には見落としていた問題があり、予想外の成功には本人が認識していない勝因がある。
第三は、本人にとって初めての仕事や、新しい方法を試した案件である。新しい市場への営業、初めての大型提案、新しい分析手法などは、経験を次の仕事へ転換するために振り返る価値がある。
第四は、繰り返し発生している問題や、今後標準化したい成功である。同じ種類の手戻りが続いているなら、個別案件の問題ではなく、仕事の進め方に共通原因がある可能性が高い。反対に、成果が安定している人の方法をチームへ広げたい場合にも、成功プロセスを言語化する必要がある。
通常案件については、すべてを確認する必要はない。週次や月次の1on1で、成功案件と失敗案件を一つずつ選び、サンプリングして振り返ればよい。内省を行うタイミングは、結果が確定して記憶が新しいうちであり、かつ次の同種案件に取りかかる前がよい。半年後の評価面談で振り返っても、記憶は曖昧になり、次の行動にも反映できない。

成果とプロセスを分けると、四つの状況が見える

成果とプロセスを分けてレビューすると、仕事は四つの状況に整理できる。

成果もよく、プロセスもよかった

この場合は、成果を正当に認識したうえで、再現すべきプロセスを言語化する。「売上目標を達成して素晴らしい」で終わらせるのではなく、「初回商談で決裁者と導入条件を確認した案件は受注率が高かった。次の四半期もこの確認を標準化しよう」と整理する。
重要なのは、たくさん褒めることではない。偶然を除き、成功を再現可能な形に変えることである。

成果はよかったが、プロセスに問題があった

売上目標は達成したが、大幅な値引き、過剰な約束、社内ルールを無視した提案が含まれていた。この場合、結果がよいからといって、仕事全体を褒めてはいけない。
「受注したことは事業に貢献した。一方、利益率と提供条件には問題がある。この方法は次回も使える方法ではない」と分けて伝える。一度の好成績が、悪いプロセスを正当化することはない。

成果は悪かったが、プロセスは妥当だった

必要な顧客調査を行い、適切な相手へ提案し、リスクも早い段階で共有した。それでも、競合製品との差や顧客側の予算凍結によって失注した。
この場合、結果が悪いという理由だけで叱っても意味がない。本人が制御できなかった要因と、自社の製品、価格、案件配分などの問題を確認するべきである。結果だけを見て妥当な判断まで否定すると、部下は正しいプロセスより、結果をよく見せることを優先するようになる。

成果も悪く、プロセスにも問題があった

必要な確認をせず、相談も遅れ、合意した手順も守らなかった。その結果、案件を失った。この場合は、曖昧に褒める必要はない。ただし、感情的に叱る必要もない。
何ができていなかったのか、それによって何が起きたのか、次回は何をいつまでに行うのかを明確にする。問題が能力不足なら、支援や練習を設計する。合意した行動を繰り返し実行しないなら、評価や役割の問題として扱う。

褒めることと、育てることは違う

褒めるのも叱るのも、上司が部下に結論を渡す行為である。「あなたは優秀だ」「あなたは努力が足りない」と伝えれば、短時間で終わる。
一方、内省させ、その内容をレビューするには時間がかかる。本人に考えさせ、事実と解釈を分け、結果が生まれた因果関係を確認しなければならない。成功の原因が本人の能力ではなく、環境や偶然だったと判明することもある。失敗の原因が部下ではなく、上司の判断や会社の仕組みだったと分かることもある。
だから、多くの職場では褒めるか叱るかで終わらせる。しかし、それでは人は育たない。
人を育てるのは、気分を上げることでも、気分を下げることでもない。経験を振り返り、結果が生まれた因果関係を考え、次の行動を変えられる状態にすることである。
成果には、正当な認識を返す。問題には、具体的な指摘を返す。そして見ていないプロセスについては、勝手に物語を作らず、本人に考えさせる。
褒めることはコミュニケーションである。育てることは、学習の仕組みを作ることである。この二つを同じものだと思わないほうがよい。


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