AIが加速する「育成の中間層」の崩壊
これからの若手は、どこで仕事を覚え、どうやって一人前になっていくのだろう。
かつて人を育てるものは、「組織」と「市場」の二つだった。
会社や学校で基礎を学び、顧客や取引先と向き合う市場で実戦経験を積む。そして組織に戻り、上司や先輩からフィードバックを受ける。この往復によって人は育ってきた。
特に大企業では、入社後も階層別・職種別の研修が用意されていた。長期雇用が前提だったため、上司や先輩が後輩を数年かけて育てる関係も成立した。本人が学習方法を設計できなくても、先輩の仕事を手伝い、指摘を受けながら働けば、徐々に一人前になれたのである。
しかし、この構造は20年ほど前から崩れ始めた。
組織が人を長期で育てなくなった
転職が一般化し、社員が数年後も同じ会社にいるとは限らなくなった。
企業から見れば、時間をかけて育てても、その人が他社へ移る可能性がある。上司自身も異動や転職をする。長期的な師弟関係は成立しにくい。
スタートアップには人を何年もかけて育てる余裕がなく、大企業でも即戦力化が求められる。上司に要求されるのも、部下の長期的な成長より短期的な成果である。
その結果、若手は組織で十分に準備してから市場へ出るのではなく、いきなり顧客や事業の前に立ち、ぶっつけ本番で学ぶことを求められるようになった。
もちろん、組織的な育成がなくても市場から直接学べる人はいる。曖昧な状況で課題を見つけ、試行錯誤し、顧客の反応を基に修正できる人である。
しかし、全員がそうではない。
市場だけで育つのは一部である
ここでは、人を上位20%、中間60%、下位20%に分けて考えてみたい。厳密な統計ではなく、育成構造を説明するためのモデルである。
上位20%は、組織の育成が弱くても、自分で課題を設定し、市場から学んで成長できる。
下位20%は、研修や指導が充実していても、十分には成長しにくい。
問題は、その間の60%である。
この人たちは、適切な研修、段階的な仕事、上司や先輩からの指導があれば十分に育つ。しかし、準備のないまま市場に出されると、何を学ぶべきか分からず、成長の機会をつかめない。
かつての日本企業は、この60%を育てる仕組みを持っていた。組織内育成が縮小したことで、本来なら育った人まで、能力が低いと判断されるようになったのである。
30歳を過ぎても文章を適切に書くことできない、さらには読むことさえもままならない人たちが多くいる。
それでも「学ぶための仕事」は残っていた
研修や師弟関係が減っても、組織内の育成が完全になくなったわけではない。
若手には、上司や先輩のアシスタントとして行う仕事が残っていたからである。
議事録を作る。情報を調べる。データを集計する。資料の下書きを作る。簡単なコードを書く。デザインを修正する。テストを行う。
これらは、それ自体では難しい仕事ではない。しかし若手は、細かな作業をしながら、会議や商談に同席し、上司の仕事を観察できた。
どの情報を重視するのか。どう顧客に説明するのか。どこまで品質を高めるのか。何を捨て、何を残すのか。
指示された作業から始めても、上司の判断や修正を横で見ることで、少しずつ仕事の基準を身につけていく。
これは明文化された研修ではない。しかし、実務に埋め込まれた徒弟制度として機能していた。
AIは最後に残った学習機会をなくす
今、AIによって、このアシスタント業務や初級業務が急速に減っている。
調査、要約、議事録、資料作成、データ分析、コーディング、画像制作は、いずれもAIが得意とする領域である。
経験者がAIを使えば、若手に仕事を説明し、完成を待ち、レビューして修正させるより、自分で処理した方が速い。特にソフトウェアエンジニアリングやWebデザインでは、かつてジュニアが担当していた多くの仕事を、経験者とAIだけで処理できるようになりつつある。
企業にとっては合理的である。
しかし若手は、仕事と一緒に、その仕事を通じた学習機会まで失う。
資料作成の機会がなくなれば、情報を集め、論点を整理し、上司の修正から判断基準を学ぶこともできない。会議や商談の準備を任されなくなれば、顧客の要望をどう解釈し、社内の事情とすり合わせ、提案にまとめるのかを横で学ぶ機会も失われる。
AIが代替するのは、単純作業だけではない。
組織の中に最後まで残っていた、若手が先輩の仕事を見ながら育つための入口までもAIが奪っていく。
