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グライダー人間は、仕事を「試験」に変えればいい

外山滋比古の『思考の整理学』には、「グライダー人間」と「飛行機人間」という話が出てくる。

グライダーは、誰かに引っ張ってもらわなければ離陸できない。一度空に上がれば、風を読みながら上手に飛べる。一方、飛行機は自分で動力を生み、自力で離陸して目的地へ向かう。

学校教育が育ててきたのは、主にグライダー人間である。

先生が学ぶ範囲を決め、授業の時間割を作り、教科書を指定し、試験日を設定する。生徒は、与えられた範囲を勉強し、用意された問題に正しく答える。

一部の大学では、研究を通じて「何を問うか」から自分で考える訓練をする。しかし、多くの大学教育は高校までの延長であり、基本的にはグライダー人間の育成である。これは『思考の整理学』の冒頭で指摘された教育の構造でもある。筑摩書房の紹介

ところが、会社に入ると突然、こう言われる。

「自分で課題を見つけてほしい」
「指示を待たずに動いてほしい」
「もっと主体性を持ってほしい」

つまり、「今日からお前は飛行機だ。さあ、自分で飛べ」と言われる。

それは無理な話である。

これまで、最初は勢いよく引っ張ってもらい、その後でうまく風に乗る訓練をしてきた。ところが、社会に出た瞬間、自分でエンジンをかけて、自分で目的地を決めて、自分で離陸しろと言われる。

何をすればいいのか分からないのは、ある意味では当然である。

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グライダー人間であることを自覚する

では、どうすればいいのか。

まず、自分がグライダー人間であることを自覚すればいい。

いきなり飛行機のふりをする必要はない。大学までと同じように、グライダーとして仕事を身につければよい。

グライダー人間が学ぶために必要なのは、次の四つである。

  • 範囲:何を身につけるのか

  • 期日:いつまでに身につけるのか

  • テキストブック:何を手本に学ぶのか

  • 正解:どこまでできれば合格なのか

学校では、これらを先生が用意してくれた。しかし、会社では誰も用意してくれないことがある。

だから、自分で用意する。

「プレゼンテーションが上手になりたい」では、範囲が広すぎる。「1カ月後の顧客提案までに、結論から話し、根拠を三つに整理し、10分で説明できるようになる」と決める。

次に、先輩の優れた提案資料やロジカルシンキングの本、Udemyの講座をテキストブックにする。そして本番前に上司へ説明し、質問に答えられれば合格とする。

仕事を、勉強しやすい試験へ変えるのである。

資格試験は、学習装置として使う

資格試験も一つの手である。

資格試験には、範囲、期日、テキストブック、正解が最初から用意されている。したがって、グライダー人間にとって非常に使いやすい。

ただし、資格を取れば仕事ができるようになるわけではない。重要なのは、資格そのものではなく、資格試験が提供してくれる学習の枠組みである。

たとえば営業や人事労務なら、ビジネス・キャリア検定の3級を使って、職種の基礎知識を体系的に学べる。エンジニアなら、基本情報技術者試験を使えば、プログラミングだけでなく、データベース、ネットワーク、セキュリティ、開発、運用まで基礎範囲を広げられる。ビジネス・キャリア検定の試験分野基本情報技術者試験

資格は、自分の現在の仕事に近いものを選ぶべきである。実務と関係のない資格を集めても、仕事の練習にはならない。

資格は地図である。地図を何枚集めても、実際に歩かなければ目的地には着かない。

仕事には三つの教科書がある

仕事を学ぶとき、教科書は一種類ではない。

一つ目は、業界の教科書である。資格試験、専門書、研修、Udemyなどを使い、その職種に共通する知識を学ぶ。

二つ目は、会社の教科書である。業務マニュアル、社内規程、営業資料、設計書、過去の議事録、指示書などである。

三つ目は、現場の教科書である。先輩の商談、実際の問い合わせ、コードレビュー、失敗事例、優れた成果物などである。

若手ほど、二つ目の教科書を軽視しやすい。

マニュアルを読まずに人へ聞く。過去の資料を確認せず、ゼロから資料を作る。指示の内容を十分に読まず、「自分なりに考えました」と言う。

しかし、会社のマニュアルや過去の成果物は、その会社で何年も蓄積されてきた過去問と模範解答である。自分で考える前に、まず正確に読むべきである。

初心者が、いきなり答えを隠された問題を解く必要はない。まず完成例と手順を見て、そのとおりに再現すればいい。初心者にとって、解答例を使った学習は、最初から自力で問題を解くより効果的になりやすいことが認知負荷理論の研究でも知られている。NSW Department of Educationの解説

もちろん、マニュアルが常に正しいとは限らない。古い制度や現在の業務に合わない手順が残っていることもある。しかし、読まずに無視することと、読んだうえで改善することはまったく違う。

良い成果物は「注釈付き写経」をする

良いと思った成果物は、眺めるだけで終わらせない。一度、自分の手で書き写してみるとよい。

営業なら、受注につながった提案資料やメールを書く。人事労務なら、分かりやすい従業員向け案内や問い合わせ回答を書く。エンジニアなら、良い設計書、Pull Requestの説明、テストコードなどを写す。

資料であれば、文章だけでなく、タイトル、論点の順番、情報量、図表の配置まで再現する。

ただし、何も考えずにコピーするのではない。書き写しながら、横に疑問や学びをコメントする。

  • なぜ、このタイトルなのか

  • なぜ、この順番で説明しているのか

  • この数字は、何を証明しているのか

  • なぜ、この情報を入れていないのか

  • 自分なら、どこで迷ったか

  • 他の仕事にも使える型は何か

これは単なる丸写しではない。完成した成果物を分解し、作った人の判断を追体験する作業である。

写経した後は、元の資料を閉じ、別のテーマで同じ構成を再現する。そこで初めて、その型を理解できたかどうかが分かる。

もちろん、学習用の練習であり、コピーした成果物をそのまま自分の仕事として提出する話ではない。

読んで、聞いて、終わりにしない

本を読んだ。研修を受けた。Udemyの講座を最後まで見た。

それだけでは、仕事ができるようになったとはいえない。受講完了の表示は、実務能力の合格証ではない。

本番の前には、必ず実践練習をする必要がある。

営業なら、顧客役を置いて商談のロールプレイをする。人事労務なら、架空の社員情報を使って給与計算や手続きを練習する。エンジニアなら、小さな機能を作り、テスト、レビュー、リリースまで通してみる。

プレゼンテーションなら、資料を完成させて終わりではない。実際に声に出して説明し、想定質問に答えるところまで練習する。

読むことはインプットである。仕事で必要なのは、必要なときに知識を思い出し、使えることである。学んだ内容を見ずに思い出して答える「検索練習」が、再読などより学習を促す場合があることも研究で示されている。Karpicke & Blunt, 2011

AIを「代行者」ではなく「模試の相手」にする

AIは、グライダー人間にとって便利な練習相手である。何度間違えても怒らず、同じ練習に何度でも付き合ってくれる。

営業なら、AIに顧客役をさせる。

「あなたは従業員500人の製造業の管理部長です。システム導入に慎重で、費用対効果を気にしています。私の提案に質問と反論をしてください」

人事労務なら、架空の相談事例を作らせる。

「育児休業から復職する社員について、確認すべき情報を一問ずつ質問してください。最後に、私が見落とした論点を指摘してください」

エンジニアなら、コードレビュー、障害対応、設計判断の練習相手にする。

「この設計について、性能、セキュリティ、運用、コストの観点から質問してください。すぐに答えは示さず、私の回答を採点してください」

重要なのは、最初からAIに答えを作らせないことである。まず自分で答え、その後で採点、反論、追加問題を求める。

AIは模試の相手にはなるが、公式の正解ではない。法令、社内規程、製品仕様などは、必ず原典で確認する。また、会社が許可していないAIへ顧客情報、従業員情報、ソースコードを入力してはならない。

最初の3年は「再現・応用・設計」で学ぶ

仕事を学ぶ最初の3年は、次のように考えると分かりやすい。

年次学び方目標1年目再現するマニュアルや見本どおりに、標準的な仕事をこなす2年目応用する状況や相手に合わせて、型の使い方を変える3年目設計する自分で範囲、期日、教材、合格基準を決める

3年で一人前になるという意味ではない。年数にも個人差がある。重要なのは、再現、応用、設計という順番である。

営業の最初の3年

1年目は、自社の商品、顧客、競合、商談の流れ、ヒアリング項目、提案資料、CRMの入力ルールを覚える。先輩の商談を見た後は、同じ流れを自分で再現する。良い提案資料やメールは注釈をつけながら写経し、社内やAIとのロールプレイで練習する。

この段階の正解は、必ず受注することではない。標準的な商談を一人で進め、必要な情報を聞き、次の行動を合意し、CRMへ正確に記録できることである。

2年目は、業界、企業規模、相手の役職によって型を変える。商談前に顧客の課題を仮説として書き、商談後に何が当たり、何が外れたかを記録する。ロジカルシンキングやプレゼンテーションの本・講座も、実際の提案資料と結びつけて学ぶ。

3年目は、一つの顧客層や市場を任される。どの顧客を狙うのか、どんな仮説で接触するのか、何を指標にするのかを決める。自分が売るだけでなく、得られた知見を営業資料やマニュアルへ戻すところまで行う。

人事労務の最初の3年

1年目は、会社の年間業務カレンダーを把握する。入退社、勤怠、給与、社会保険、年末調整、休職・復職、就業規則、社内申請などである。

ビジネス・キャリア検定の労務管理3級などで全体像を学び、社内マニュアルで自社の処理方法を確認する。読むだけでなく、架空の社員データを使って手続きや給与計算を練習する。

2年目は、例外処理を学ぶ。変則的な勤務、給与の遡及訂正、休職中の社会保険など、標準手順から外れる事例を扱う。このとき、過去の処理をそのままコピーするのではなく、法令、行政資料、社内規程のどこに根拠があるのかを確認する。

3年目は、一つの業務を仕組みにする。チェックリスト、ダブルチェック、問い合わせ対応、法改正時の更新方法まで設計する。自分が間違えないだけでなく、担当者が変わっても間違えにくい状態を作る。

労務の専門家を目指すなら社会保険労務士試験も選択肢になる。ただし、労働法、社会保険、年金まで扱う範囲の広い試験であり、全員が最初から目指す必要はない。社会保険労務士試験の科目

エンジニアの最初の3年

1年目は、既存の仕組みを壊さずに小さな変更を加えられるようにする。

教科書になるのは、README、開発手順、コーディング規約、設計書、過去のPull Request、障害対応手順である。Git、使用言語、フレームワーク、SQL、テスト、ログ、デバッグ、セキュリティの基礎も学ぶ。

基本情報技術者試験を使えば、目の前のコードだけでは見えにくいIT全体の基礎範囲を確認できる。

2年目は、小さな機能について、要件確認、設計、実装、テスト、リリース、監視まで一貫して担当する。「コードを書ける」から「変更を安全に本番へ届けられる」への移行である。

3年目は、一つの機能や小さなシステムについて、技術上の選択を説明できるようにする。なぜこの設計にするのか、障害時にどう戻すのか、何を監視するのか、性能やコストに問題はないのかを考える。そして、自分の仕事から次に学ぶべき範囲を切り出す。

仕事を、自分で受ける試験に変える

グライダー人間だからといって、仕事ができないわけではない。

問題なのは、引っ張ってくれる人がいない場所で、何をどう学べばいいのか分からなくなることである。

それなら、自分で学習の仕組みを作ればよい。

範囲を決める。期日を置く。教科書を選ぶ。合格基準を作る。良い成果物を注釈付きで写経する。本番の前に模試を受ける。そして結果を見て、次の試験を作る。

いきなり飛行機のように振る舞う必要はない。

グライダーとして、仕事を一つずつ身につけていけばいい。それを10年続けたとき、気づいたら飛行機になっているかもしれない。

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