見出し画像

「視座を上げる」は「上司の立場で考える」ではない

「もっと視座を上げて考えてほしい」
上司からこう言われても、正直、無理だろうと思う。上司と部下では、持っている情報が違う。参加している会議も、話している相手も、責任を負っている範囲も違う。部下が見ているのは自分の案件やチームであり、上司は複数の案件、他部署との関係、部門予算、経営からの要請まで見ている。
それなのに、具体的な情報を渡さずに「経営者目線で考えろ」「一段上の視座を持て」と言われても難しい。東京タワーの地上階にいる人に、展望台と同じ景色を見ろと言っているようなものだ。
では、どうすれば視座を上げられるのか。私は、最初にやるべきことは、上司になったつもりで考えることではなく、上司への具体的なリクエストを作ることだと思う。

Xのフォローお願いします。最新記事や記事の別観点を発信

「困っています」では視座は上がらない

例えば、自分が担当しているプロジェクトで、関連部署との連携が進んでいないとする。そこで上司に、「関連部署が協力してくれなくて困っています」と報告する。これは状況説明ではあるが、視座が上がる行動ではない。問題を上司に渡し、解決方法を考えてもらっているからだ。
一方で、次のように考えてみる。
プロジェクトの目標を達成するには、営業部との共同施策が必要である。来月までに営業部から担当者を一人アサインしてほしい。週4時間、2か月ほど協力してもらえれば、既存顧客への利用促進施策を実行できる。継続率を2ポイント改善できる可能性がある。
ここまで考えると、単なる困り事ではなくなる。誰に、何を、いつまでにしてほしいのか。その施策はどの目標に効くのか。関係者の時間をどれだけ使うのか。期待できる効果はどの程度か。
上司へのリクエストを作るためには、自分の作業だけでなく、他部署の事情、組織の目標、人員配置、費用対効果まで考えなければならない。つまり、上司へのリクエストを作ること自体が、上司の仕事の一部なのである。上司の立場で考える必要はなく、自分の立場で考えることができる。

視座を上げることに近い「イシュー・セリング」

これにかなり近い研究がある。組織行動論では、現場の社員や中間管理職が、問題や機会を経営層へ提示し、組織として取り組むべき課題として認識してもらう行動をイシュー・セリング(issue selling)と呼ぶ。
直訳すれば、「課題を売り込む」という意味である。ただし、自分の意見を強引に通すことではない。現場で見つけた問題を、上位者が意思決定できる形へ変換することである。
Duttonらは、イシュー・セリングが成功した42事例と、成功しなかった40事例の合計82事例を分析した。その結果、提案内容のパッケージング、関係者の巻き込み、提案するタイミングなどが重要だと整理している。
つまり、単に「この問題は重要です。何とかしてください」と言うだけでは不十分なのである。なぜ重要なのか。組織のどの目標に影響するのか。どのような解決策があるのか。誰を巻き込む必要があるのか。なぜ今、意思決定する必要があるのか。こうした情報をまとめて、上位者が判断できる状態を作る必要がある。
これは、そのまま上司へのリクエストの作り方でもある。

上司との議論から、判断基準を手に入れる

ただし、リクエストを考えれば、すぐに上司と同じ視座が手に入るわけではない。より重要なのは、作ったリクエストについて上司と議論することである。
例えば、営業部から人を一人借りたいと提案したとする。すると、上司から次のような反応が返ってくるかもしれない。
今期、営業部は新規顧客の獲得を最優先しているので、既存顧客向け施策には人を出せない。
あるいは、「その施策はよいが、2ポイントの改善では投資に見合わない。対象顧客を絞って、もっと小さく検証できないか」と言われるかもしれない。「営業部へ依頼する前に、カスタマーサクセス部門と組んだほうが早い」という話になる可能性もある。
これらは、自分が最初に持っていなかった情報である。上司が見ている他部署の事情、今期の優先順位、過去の経緯、投資判断の基準、組織内の力関係が、議論を通じて見えてくる。
視座とは、ただ遠くを見る能力ではない。複数の目標や制約を並べ、どれを優先するかを判断する能力である。
だから、上司から「駄目だ」と言われたときこそ重要である。なぜ駄目なのか。何と比較して優先順位が低いのか。どの条件がそろえば実施できるのか。より小さな方法はないのか。ここを聞けば、上司が持っている意思決定の変数を学べる。
提案が却下されたことは失敗ではない。自分が持っていなかった組織の情報を取得できたということである。

提案するだけでは、上司の仕事を見学しているだけ

もう一つ、視座を上げることに近い研究がある。Taking Charge(テイキング・チャージ)である。
MorrisonとPhelpsは、Taking Chargeを、職務として明示的に求められていないにもかかわらず、仕事の進め方や組織をよりよく変えるために、本人が自発的に行う行動と定義している。
異なる組織で働くホワイトカラー275人を調べた研究では、同僚から見てTaking Chargeを行っている人は、仕事に対する責任感、変化を起こせるという自己効力感、経営陣が提案を受け入れてくれるという認識と関連していた。
ここで重要なのは、よい提案をするだけではないことだ。自分から変化を起こしにいくのである。
先ほどの例なら、上司から「営業部と共同施策を行うこと自体はよいと思う」と言われたところで終わらせない。そこで、「では、私が営業部と調整して、施策案を作ってもよいですか」と引き受ける。
これによって、これまで上司が担っていた他部署との調整や資源配分の一部を、自分が担当することになる。提案するだけなら、上司の仕事を外から観察しているだけである。提案が認められた後に自分で引き受けて、初めて上司の仕事の一部を経験できる。

視座を上げる三つのステップ

イシュー・セリングとTaking Chargeの研究を実務に置き換えると、視座を上げる手順は三段階になる。
第一段階は、上司へのリクエストを作ることである。自分の目標達成を妨げている最大の障害は何か。その障害を取り除くために、誰の時間、予算、権限、意思決定が必要なのか。実現すれば、どの目標にどれだけ影響するのかを考える。
第二段階は、そのリクエストについて上司と議論することである。上司が賛成する理由、反対する理由、判断を保留する理由を聞く。自分が知らなかった優先順位、制約、関係者、過去の経緯を取得する。
第三段階は、承認された仕事を自分で引き受けることである。「では、誰がやるのですか」と上司を見るのではなく、「では、自分が進めてもよいですか」と聞く。
この三つを繰り返せば、少しずつ上司の仕事が自分の仕事になっていく。

上司と同じ景色を見る必要はない

もちろん、上司へのリクエストを一つ作ったからといって、会社全体を見渡せるようになるわけではない。手に入るのは、まず自分のミッションに関する上司の視座である。しかし、それで十分である。
自分の担当業務について、一段上の意思決定を考える。他部署を巻き込む小さな提案を作る。上司と議論する。認められたら自分で実行する。これを繰り返しているうちに、担当する範囲が広がる。
最初は自分の作業だけを考えていた人が、チームの目標を考えるようになる。次に、他部署との役割分担を考えるようになる。その次には、部門全体の予算や優先順位を考えるようになる。
上位の情報がすべて与えられてから、視座が上がるのではない。上位の意思決定に必要な提案を作り、議論を通じて情報を取得し、その実行を引き受けることで、少しずつ視座が上がるのである。
「視座を上げろ」と言われても、上司と同じ景色を無理に想像する必要はない。まず考えるべき問いは一つである。
自分の目標を達成するために、上司に何をしてほしいのか。
そして、そのリクエストを上司と議論し、認められたらこう言えばよい。
では、それは自分でやってみます。
気づいたときには、以前は上司が行っていた仕事の一部を、自分が担っている。視座とは、頭の中だけで高くなるものではない。
一段上の意思決定を提案し、その判断理由を学び、その仕事を引き受けることで上がっていくのである。


いいなと思ったら応援しよう!