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会議は、あなたを納得させるためにあるのではない

「意見を聞くと言ったのに、結局は会社が勝手に決めた」

会社が原則出社などの方針を発表すると、こう批判する人がいる。しかし、意見を聞くことと、全員で決めることはまったく違う。

会議には、大きく三つの種類がある。

  1. 判断材料を集めるために意見を聞く

  2. 条件を調整するために交渉する

  3. 多数決や全会一致で共同決定する

問題は、一番の会議に参加しながら、三番だと思い込む人がいることだ。

経営者は、現場の実態や見落としている問題を知るために社員の意見を聞く。しかし、一部の社員は「意見を求められたのだから、自分も決定者だ」と考える。そして意見が採用されないと、「話を聞いてもらえなかった」と怒り始める。

話は聞かれている。ただ、却下されただけである。

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会議が決めるのではない

会議は、人ではない。責任を負うことも、失敗を修正することもできない。

会議が行うのは、情報を集め、論点を整理し、選択肢を比較するところまでである。その材料を使って、決定権を持つ人が決める。多数決などのルールが定められている場合に限り、会議体による決定が成立する。

それにもかかわらず、「会議で決めるべきだ」と主張する人は多い。

しかし、その人が求めているのは共同決定ではないことが多い。自分の意見が採用されるまで話し合いを続けられる、事実上の拒否権である。

自分の意見が通れば「みんなで決めた」。通らなければ「話し合いが足りない」。これでは永遠に決まらない。

決定権は参加賞ではない

決定権は、全員に平等に配る参加賞ではない。結果責任とセットになった権限である。

決定者は、目的を示し、人と予算を動かし、結果を観測し、失敗すれば修正し、その評価を引き受ける。だから決められる。

責任は負わない。しかし自分の意見は採用してほしい。採用されなければ不機嫌になり、「モチベーションが下がった」と訴える。

それは意思決定への参加ではない。責任を負わずに、自分だけ拒否権を持ちたいという要求である。

会社は全員の納得を待たない

原則出社にするか、在宅勤務を認めるか。社員の意見を聞く意味はある。しかし、最終的に方針を決めるのは、その結果を引き受ける会社側である。

社員にも決定権はある。方針に従う、交渉する、異動を求める、辞める、違法なら争う。会社の方針は決められなくても、自分の行動は決められる。

説明を求めることも、反対意見を伝えることもできる。しかし、自分が納得するまで決定を止める権利があるわけではない。

会社は、全員が同じ気持ちになるまで話し合う共同体ではない。意見が割れたままでも、責任者が決め、それぞれが次の行動を決める組織である。

意見を述べる権利と、決定する権利を混同してはいけない。

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