あなたがいないと、わたしダメなの。
「あなたがいないと、わたしダメなの……。」
こんな三流恋愛ドラマにも出てこないような台詞を、まさか自分が言う日がくるとは思わなかった。夫が浮気相手のところへ行こうとしているわけではない。義父をとある駅まで車で送るだけである。
朝、お風呂からでると、玄関先から男性の声がして、扉の閉まる音がした。夫の独り言かと思ったら、義父だった。危ない。裸で声をかけるところだった。
どうかした?と聞くと、
「知人がなくなって、お通夜があるんだって。」
「うん。」
「その送迎を頼まれた。」
「どこまで?」
「◯◯駅まで。」
「え、何時から何時まで?(そこまで片道1時間だよね。)」
「うーん。4時から7時くらい?」
「今日、行っちゃうの?」
「うん。」
「最終日なのに?」
「あ、最終日か。」
そう今日は、夏休み最後の日。
息子の宿題はまだ終わっていない。娘の課題も。そして明日から期末テスト。かなりやばい。そしてわたしは、パートのある日。水曜日は、一週間でいちばん忙しい。帰ってくるとぐったり。心も体も残量は10%以下になる。
そんな日に、いると思ってた夫が夕方から夜までいないと聞いて、(しかもほんとに7時に帰ってくるかあやしい。)わたしの中の悲劇のヒロインが立ち上がった。
あなたがいないと、わたしダメなの。
いつもなら、どうにかなんとかする。HPギリギリで、息子にコレやってと伝えつつ、階段を登り娘の課題状況をみて、声かけて、習いごとに送って、夕飯をつくりつつ明日の持ち物を確認して、娘がわからない問題を聞いてきたら「ごめん、ママもわからん」と言って、息子と夏休みの工作を作り、なんとか夫が帰ってくるまでがんばる。できる。とは思う。でも、できるかどうかじゃないのだ。
大人が、もうひとりほしい。それだけで全然違う。何かしてほしいわけじゃない。夫がリビングでスマホを見ているだけでもいい。娘が「これわからん」と言ったときに聞ける人がいる。
息子に何か起きたとき、わたししかいないわけじゃない。何かあったら頼れる人がいる。
その安心がほしい。
そして、わたしと子どもふたりでいる家と、夫もいる家では、空気が違う。
三人だと、わたしは「親」になる。四人だと、少しだけ「しーな」に戻れる。
朝からめずらしく、ぐちぐちと、
「困ってるなら行ってもいいけど、お願いできる?くらいなら断ってほしい。」
「最終日は、みんなで夕飯食べたかった。」
「わたしじゃ、わからないところ教えてあげられない。」
と、泣きながら訴えた。なぜか泣けて泣けて、涙がとまらなかった。
あぁ、疲れてたんだ。わたし。これから仕事なのに、こんなに朝から泣くなんて。メンタルよわよわ。涙が、あとからあとから出てきた。
本当はまだ言いたい。どうしてわたしに確認もせずに「いいよ」と言ってしまうの。どうして夏休み最終日の大変さを、一緒に味わってくれないの。今日こそは家にいてもらえると思ってたのに。脳内のヒロインしーなは、まだまだ台詞が止まらない。ここから第2話が始まりそうだ。あぶないっ。
夫は「じゃあ断るよ」と言ってくれた。
自分が大丈夫と思って引き受けたことを、断らないといけない。それは、多分夫にとってけっこう苦痛なことだと思う。だから、ちょっと不機嫌そうに聴こえた。それもまた、心が痛くなった。ごめんね。
断ってくれてありがたい。ありがたいのだけど、今度は義父が電車でその駅まで行くことになり、乗り換えなど考えると、それはそれで大変そう。車のほうがずっと楽。ごめんなさい。ごめんなさい。
ヒロインしーな、今度は罪悪感に襲われる。
忙しい。感情が忙しい。
でも今回は、甘えることにした。いつも「大丈夫、行ってきて」と言わなくてもいい。今日はごめん。ありがとう。助かる。
あなたがいないと、わたしダメなの。
……いや。今日だけは、ちょっとダメなの。
深夜23時。眠い目をこする小3息子。
「次はこれを書いてっ。どんどん書いてっ」
悪戦苦闘する夫をみて思った。
愛してる。
