“アートを買う”という快楽——Meet Your Art Festival 2025体験記
この記事でわかること
・フェスの全体像と会場構成
・森山未來さんが関わる「Ahead of the Rediscovery Stream」の見どころ
・出展アーティストについて気になった作品
・有料パートで公開:購入作品の詳細 - タイトル/サイズ/素材/価格/購入への動機について。
1. 天王洲に漂う“再発見”の空気の中で
10月10日金曜日。秋晴れの光が天王洲アイルの運河に反射して、倉庫群の壁をやわらかく照らしていました。「MEET YOUR ART FESTIVAL 2025」の内覧会に招かれ、会場を訪れました。
今回のテーマは「再発見(Rediscovery)」だそうです。入口ではスタッフの方たちが丁寧に来場者を案内していて、フリーで入ることができるマーケットエリアへは観光客、ギャラリスト、アーティスト、ビジネスパーソンが入り混じる風景がありました。こうした多層的な観客の存在こそ、アートが「社会に開かれていく」その現場を象徴しているように感じました。このフェスは、アートを消費するイベントではなく、“アートを媒介にみんなで楽しむ”という温かい空気が蔓延していました。
アーティスト:足立真輝さんと過ごす昼下がり
イベントへお誘いしたのは、大学院時代の友人で建築家でアーティストとしても活躍するの足立真輝さん。足立さんは、現在は南青山のプリズミックギャラリーで個展を開催中です。
後楽園の小さなベトナム料理店で待ち合わせをして、ラムのフォーを食べながら近況を話しました。大学院を卒業してからのお互いの近況に話が弾んであっという間に時間が経過していきました。


食後には、近くのカフェ「VARESS COFFEE」でフォンダンショコラを。濃厚な甘さと苦味のバランスが絶妙で、会話も自然とゆるやかになっていきました。14時を過ぎた頃、コーヒーの香りを残したまま、二人で会場のある天王洲へ向かいました。

リストバンドを受け取り、足を運んだのは屋外フードエリアでした。人気店が並んでいます。ワイン3種飲み比べという看板が目に入り、2人で入場前にワインも購入。そして人気店「おにぎりまんま」が出店していることに気付き、売り切れる前におにぎりも確保。
川沿い近くのベンチに腰掛け、対岸の倉庫を眺めながらゆっくり味わいました。品川からすぐの距離にある天王洲の川沿いは天気も相まって緩やかな時間が流れます。金曜とはいえ、僕も足立くんもすでに仕事を終えており、思い出話や近年のアートや建築の話に話題を広げながら、お酒も入り、ほろ酔いに。最高に贅沢な時間を味わうことができました。
この日はライブスペースとWhat Cafe室内のマーケットスペース、そして屋外にあるマーケットが誰でも自由に入れるスペースになっています。アート鑑賞エリアのみ、内覧会という形式で、招待客のみが来場できる仕組みでした。僕はこの日、このフェスの出展作家さんよりご招待を受けることができまして、訪問する運びとなりました。
会場も時間が進むごとにどんどん賑やかになっていきました。子ども連れの家族、学生、SNSで発信しているクリエイターたち、あるいは仕事帰りのビジネスパーソンまで、多様な人々が集まっていました。数年前なら、こうしたアートフェスは「アート好きだけが集う特別な場」という印象がありました。
しかし、今の天王洲ではそれが変わっているように思えました。NFTやSNSを経て、アートは“誰かのもの”から“みんなの生活の風景”に変わりつつあります。作品を撮影してSNSに投稿する人たちを見ていると、「アートを見ること」そのものが、もうひとつの創造行為になっているようにも感じます。
誰もが参加者であり、誰もが観客。その境界の曖昧さが、フェスティバルという形にぴったりでした。
2. “家”を歩くように展示をめぐる──森山未來キュレーション『Ahead of the Rediscovery Stream』
寺田倉庫のG3〜6Fで開催されていた展示「Ahead of the Rediscovery Stream」は、アーティスティック・ディレクターを森山未來さん、キュレーションを吉田山さんと渡邊賢太郎さんが手がけていました。フェスのテーマ「再発見(Rediscovery)」を、身体・感覚・記憶という軸で掘り下げる構成です。

森山未來さんの関わる展示は、ダンサーとしての身体感覚がそのままキュレーションに置き換わっているように感じました。通路の幅、照明の落とし方、作品と作品のあいだに置かれた“沈黙”の長さ。それらがまるで一つの振付のように機能しています。人の流れが緩やかに交差し、誰かの立ち止まる気配が次の観客の動作を変える。この展示の主役は、作品よりもむしろ“空間を動かす身体”そのものでした。

香りを媒介にする──Kan Izumi《Without Word, With Fragrance》
入場してすぐの展示で出会ったのが、Kan Izumi(和泉侃)さんの作品でした。白い壁に囲まれた空間の中で、特定の香りがゆっくりと漂っています。作品タイトルは《Without Word, With Fragrance》。言葉を使わずに、香りだけで空間と対話する試みです。展示テキストには「呼吸の共有」という言葉がありました。それは、アーティストと観客が同じ空気を吸い込み、同じ時間を過ごすことを意味していました。
香りは記憶と深く結びついています。幼い頃に嗅いだ花の匂い、雨の日のアスファルトの湿気、誰かの服の柔軟剤。それらが無意識のうちに感情を呼び起こします。和泉さんの作品もまた、香りを通して“過去と現在の身体”を結びつけているように感じました。

折元立身《パン人間》に立ち止まる
次のフロアでは、折元立身さんの映像作品《パン人間》が写真と映像で展示されていました。パンを顔に貼りつけたアーティスト自身の姿。それは一見ユーモラスですが、同時に痛々しくもあります。
折元さんは長年、「母」と「身体」をテーマに作品を作り続けてきた作家です。この《パン人間》もまた、日常的な素材を使いながら、人間の存在そのものを問う行為に見えました。フェスという“消費されやすい環境”の中で、この作品だけは異質な沈黙を放っていました。



森山さんのキュレーションが素晴らしいのは、こうした“痛みを伴う作品”を無理なく配置していることです。軽やかなフェスの空気の中に、確かに「生の重さ」が流れ込んでいる。それがこの展示全体を、美的体験から一歩先へと導いているように感じます。
Chim↑Pom × 小室哲哉《Super Nature》
さらに進むと、Chim↑Pom from Smappa!Groupと小室哲哉さんによるコラボレーション作品《Super Nature》が登場しました。小室さんが手がける打ち込みのサウンドスケープ、音と光、社会とフィクション。そのすべてが同時多発的に響き合う空間でした。

Chim↑Pomが持つ“都市のリアリティ”と、小室さんの“音楽的エンターテインメント”が交差する。映像の中では深海のようなプールのような場所で、大きな魚が回遊し続けている様子を私たちは眺めます。画像のように会場にはベンチのような台座があり、来場者はそこに腰掛けると、水面の中にいるような錯覚を味わうことができる。音楽がそこに響いていく。まるで自分自身が“作品のリズム”に取り込まれていくようでした。
フェスという言葉を「再発見」するなら、それはきっとこういう瞬間です。
芸術とポップカルチャー、静寂と爆音、思索と祝祭。それらを分ける境界線を一度溶かして、もう一度組み直す試み。この空間では、アートが「社会を反映する鏡」ではなく、「社会を再構築する装置」として機能していました。




↓の動画は突然始まったパフォーマンスアートです
3. ポップ、構築、身体──アートフェアで見た“いまの日本”
森山未來さんのキュレーション展示を見終えたあと、寺田倉庫B&C HALL〜E HALLに向かいました。ここでは「MEET YOUR ART」が推薦する70組以上のアーティストによるアートフェアが開催されていました。
入口を入った瞬間、展示とは違う熱気を感じます。壁一面に並ぶ絵画、床に置かれた彫刻、天井から吊るされたインスタレーション。どこを見ても光と音、そして人の動きが絶えない。G3-6Fの展示が「静の体験」だったとすれば、ここは「動の空間」でした。
「アートフェア」という形式は、どうしても“商業”の匂いがつきまといます。でも、この会場にはそれ以上のエネルギーを感じます。作品が売買の対象であることと同時に、“出会い”そのものとして存在しているように感じたのです。誰かが作品の前で立ち止まり、考える、写真を撮る。その瞬間の空気を、アーティストたちが受け取っている。アートだけに留まらず、飲食や音楽まで包含しているイベントだからこその熱気もここにあったのかな、と振り返りながら感じています。
河村康介さんのコラージュ──時間を編み直す手
最初に目に留まったのは、河村康介さんのコラージュ作品でした。
印刷物の断片を幾重にも重ね合わせ、ノイズのように再構成された画面。
それはまるで、インターネット以前の“紙の記憶”を呼び戻しているようでした。


近づくと、破れた印刷の粒子が布のように見えてきます。過去の情報が織り込まれ、再び一枚の布地として存在している。この手作業の反復は、デジタル時代の視覚体験に対する“静かな抵抗”のようにも感じました。表面の“物質感”にこそ、時代の厚みが宿っているのです。パッと見だけでも、スーパークールな作品群は、近づいて、その深淵さに慄く。凄い作品でした。
Face Okaさん──ポップの中の孤独
動画は3週間前に放映されたばかりのMeet Your Art - Face Okaさん回です。
続いて目を引いたのは、Face Okaさんの作品でした。カラフルでポップなキャラクター、テレビ、ぬいぐるみ、日用品。そのどれもが明るい色調をしているのに、どこか寂しさをまとっていました。Face Okaさんは、「大量生産された可愛さ」や「ポップの中の孤独」をテーマにしています。会場でも、ぬいぐるみのようなオブジェが宙吊りにされ、光の角度によって陰影が生まれるたび、まるで“心の揺れ”が可視化されているように見えました。ポップでありながら、見る者の無意識を刺激する。現代の“視覚の政治”を、柔らかな絵肌で問い直しているようでした。

やんツーさん──テクノロジーの向こう側にある人間性
展示の中盤で、やんツーさんの作品に出会いました。機械学習やAIを用いた映像とオブジェ。白い壁面に投影されたモチーフは一見デジタルですが、
よく見るとそこには人の手の痕跡や、意図的な“エラー”が組み込まれていました。


この展示を見ていて思い出したのは、テート・モダンで見たFarah Al Qasimiさんの写真作品です。Al Qasimiさんもまた、鮮やかな色彩の背後に社会的なノイズを潜ませていました。どちらも“日常の中に潜む違和感”をテーマにしています。やんツーさんはそれを「テクノロジーの視線」から描いている。冷たいはずの技術に、どこか人間的な温度を感じました。機械を通して、僕たちは再び“人間らしさ”を再発見しているのかもしれません。ずっと見入ってしまう作品でした。
Chim↑Pomのマンホール──都市の中の異化装置
通路の途中でふと足元を見ると、そこにはChim↑Pom from Smappa!Groupのマンホール作品がありました。不意に踏みそうになって、思わず足を止めます。その瞬間に「展示を見る」という意識が崩れ、“日常の中にあるアート”という感覚に切り替わりました。

Chim↑Pomの作品は、いつも都市のリアリティと向き合っています。このマンホールも、見慣れた都市の表層を一度“異化”する仕掛けです。普段なら無意識に通り過ぎるものを、もう一度見つめ直させる。「再発見」というフェス全体のテーマが、ここでは最もストレートな形で提示されていました。
TYM344さん──文字と構造のリズム
次に見たのは、TYM344さんのタイポグラフィ作品です。黒と白、そしてメタリックな質感で構成された幾何学的な文字群。一見デザイン的ですが、そのリズムにはどこか詩のような感情がありました。

過去にWhat Cafeでの展示も印象的でしたが、今回の作品ではより“建築的”な密度が増していました。文字が壁面から少し浮き上がり、光を受けて影ができる。その陰影がまるで音符のように見えて、言葉が空間の中で鳴っているようでした。
山田康平さん──静けさの中にある構築
山田康平さんの作品は、円形キャンバスに描かれた抽象絵画でした。赤、青、白が構築的に重なり合い、まるで建築の立面図のようです。マチエールの厚みや絵肌の呼吸感が心地よく、フェスの喧騒の中に、ふっと静かな間をもたらしていました。

僕はこの作品の前で少し長く立ち止まりました。“構築”という行為の中に、“祈り”のような静けさを感じたからです。この作品は画像からでは分かり得ない凄さを感じることができますので、是非会場で味わって欲しいです。
ツダハルトさん──彫刻と絵画の往復
会場の奥には、ツダハルトさんの彫刻とペインティングが並んでいました。
丸みを帯びた人物像と、隣に置かれたカラフルなペイント。二つが互いの存在を映し合うように並んでいました。

彫刻の表情には、どこか不安と笑いが同居しています。まるで現代社会における“人間の形”をそのまま可視化しているようでした。その隣の絵画には、同じ色調が使われており、平面と立体が対話するように空間が設計されていました。「身体」というテーマが、ここでも別のかたちで表現されていたように思います。
山本れいらさん──内面と外面のあわいで
ここでは紹介しきれない様々な作品を鑑賞したのちに、最後に訪れたのは、今回のこのアートイベントに僕を招待してくださった山本れいらさんの展示でした。彼女の作品は、キャラクター的な要素を持ちながらも、決して記号的ではありません。むしろ顔や身体の輪郭が曖昧で、感情そのものが絵の中に溶けているように見えました。
20世紀を代表するアメリカ人作家ジョージア・オキーフの花の作品がインスピレーションにある作品のシリーズを今回展示されています。



筆致には迷いがなく、それでいてどこか“思考の揺らぎ”が残されています。
近づくと、表層の下から別の表情が浮かび上がる。僕はその多層的な感情の重なりに惹かれました。現代のアーティストたちが抱える「個」と「社会」の狭間を、山本さんはとても繊細に描き出しているように思います。作家さん自身からも作品の説明を聞かせてくれて、とても贅沢な時間を過ごすことができました。
作品の前で立ち止まりながら、僕はふと考えました。
──このフェスティバル全体が、まるで“日本のいま”の断面を写しているようだと。技術と感情、構築とポップ、個と集合。そのすべてがこの空間の中で交差していました。
購入という行為、そして“関わり”としてのアート
実はこの日、僕はこの会場で1つの作品を購入しました。詳細は記事の後半、有料パートで触れる予定ですが、僕個人の考えではあるのですが、購入という行為を通じて初めて、アートとの“関わり”が完成することを改めて感じました。
見ること、語ること、所有すること。それぞれは別の行為に見えて、実は同じ延長線上にあります。アートは誰かの手に渡った瞬間に“生活”の中で呼吸を始める。フェスという公共の場でその感覚を味わえたのは、非常に貴重な体験でした。
“いまの日本”を映すフェスティバル
B&CとE HALLを出る頃には、空がすっかり夜色に変わっていました。
外の川沿いでは、音楽のイベントが始まっています。手練れジャズミュージシャンが奏でる素敵な音に協賛している企業でもあるマッカランのお酒を頂く。別の会場What Cafeでは公開ラジオ収録が行われ、獺祭が無料で振る舞われ、談笑や聴講を楽しむ人々を眺める。ワインの香り、照明の反射、そして人々の笑い声。このフェスティバルは、アートを通じて“いまの日本の空気”をそのまま映し出しているようでした。


船の上でライブを演奏しています

今日から三連休。一般公開が始まり、ライブスペースも無料で観覧できる時間帯が設けられています。展示や音楽、そして食までが横断するこのフェスティバルは、アートを「生活の延長」に置き直す大きな試みだと思います。
もし時間があれば、ぜひ天王洲に足を運んでみてください。アートは見るものではなく、触れるもの、そして再発見するもの。きっとこのフェスの中で、その感覚を実感できるはずです。詳細は下記のウェブサイトより↓
4. 「買う」という行為の中で、もう一度“生き直す”
以下に僕が購入した作品について、購入に至る動機、作品のサイズや金額なども明記しています。今年は米澤柊さんの作品を購入して以来の2作品目をお迎えすることになりました。これまで僕がnoteで書いてきた美術史と購入作品についても接続したレポートも記載します。ぜひ、お楽しみください。
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