ひと夏の思い出『あの夏、俺は1万円で「大人」の味を知った』
こんにちは、迷探偵マツです。
今日は、宵空さんの「ひと夏の思い出」に参加します!
『あの夏、俺は1万円で「大人」の味を知った』
子供の頃の夏休みの思い出、皆さんもたくさんあると思う。
数ある夏の体験の中で鮮烈に思い出すのが、俺の中では、高校の時の夏休みの初めてのアルバイトかな!
夏休みに近くのゴルフ場、近くといってもチャリで30分ぐらいかかるが、そこでキャディーのアルバイトをしたんだ。
履歴書を書くのも初めてだったし、面談も初めて、採用された喜びも初めてだった。
まあ、高校生以上であれば、誰でも受かったと思うが(笑)
「明日から、来られる日は来て、受付を済ませること。最初の3回は、ベテランキャディーに付いて研修だから、日給は〇〇〇〇円。朝来るのが遅いと、仕事が無いかも知れない。5時ぐらいから受付が開くから。早く来れば、もしかしたら1.5ラウンド出来るかもしれないが、普通は1ラウンドかな」
そんな説明だった。
その晩、俺は気合が入っていた。
「よし、明日は4時起きだ!」
風呂上がりで、2階の部屋の窓を全開にして、煙草に火をつけた。
窓を全開にしてたが、よく考えれば、絶対に臭いで分かるし、親にはバレてたはずだが…

初めてのバイトで、不安と期待が入り交じっていた。
俺は、煙草の灰だけ捨てようと、2階の窓から、灰皿を傾けた時、手が滑った。
「あ、しまった!」
もう遅かった。
アルミのデカい灰皿が、まるでUFOのように夜の闇に舞いながら、下に落ちて行く。
俺の目には、まるでスローモーションのように、ゆらゆらと、鈍い光を反射しながら煌めくその姿は、美しいとさえ思えた。

ホワン、ホワン、ワン、ホワン……
帽子のようなアルミの灰皿が、月明かりを弾きながら下のアスファルトで踊っている。
ワン、ワン、ワン、ワワワワワワワーーーーーーーッ!
静まり返った夜の住宅街に、俺の落とした灰皿の音が鳴り響いた。
「............」
あとで、こっそりと取りに行ったのは言うまでもない。

翌朝、4時半。
タオルとTシャツの着替えを二枚、お袋の作ってくれたデカい塩おむすびを三つバッグに入れ、自転車で出発した。
もう、バイクの免許が取れる歳だったが、俺は免許を取らせてもらえなかった。
というより、自分から要らないと言ったんだ。
三つ上の兄が、結構やらかしてくれて、両親の困った顔、暗い顔を見飽きてたからだ。
「俺は、そんなの興味ないから要らないよ!」
嘘だよ、めちゃくちゃ乗りたかった。
まあ、その我慢した分、卒業後に反動はあったな。
朝の爽やかな空気、あの頃はまだ涼しいと思えるような風だった。
ゴルフ場へと向かう上り道、山の端が暁に染まっている。
段々と蝉の声が大きくなってくると共に、ペダルが重くなる。
立ち漕ぎでもキツくなり、蛇行しながらペダルを漕ぐ。
ゴルフ場に着き、受付を済ませて待っていると、すぐに呼ばれた。
確か、お客様の番号札を渡されて、クラブハウスで、その番号札が付いたカートを見つける、そんな感じだったと思う。
今じゃあ、あり得ないと思うが手押しのカート、要は手押し車だ。
キャディーはおばちゃんが多く、女性は電動カートだったが、俺ら男のキャディーは手押し車だった。
そんなこんなで、俺の初めてのアルバイトが始まった。
とにかく、キツいバイトだった。

真夏の炎天下、コースはアップダウンが激しい。
慣れない手押しカートに悪戦苦闘しながらも、少しずつ仕事を覚えていった。
ここは、日払いで、帰りにバイト料を渡してもらえた。
初めて、自分で稼いだお金。
何だか、俺は大人になった気分だった。
そして、夏休みも何日か過ぎたある朝。
いつものように受付を済ませ、渡された番号札を持ってクラブハウスへ向かった。
その番号の手押しカートのそばにいたお客さんを見て、俺は凍り付いた。
真っ白のズボンに黒い長そでのポロシャツはいいが、首には金ぴかのネックレス、そして、その首に何か絵模様が見えた。
「…………」

高校生の俺でも分かった。
この人たち、たぶん職業欄に「会社員」とは書かない。
「今日は、お兄さんかい、宜しく」
黒いポロシャツの人は、凄く紳士的に言った。
他に二人の若い男と奥さんだろうか、綺麗な女性が1人の合計4人。
若い男の一人は帽子を被っていたが、眉毛が無く、黒いポロシャツの人を「オジキ」と呼んでいた。
女性は「アネさん」と呼ばれていた。
最初のグリーン。
黒いポロシャツの男は小さなチップをグリーンに置き、代わりに取ったボールを無言で俺に渡す。
「………?」
受け取る。
いや、意味は分かった。
俺も何回かキャディーをやっている。
拭けってことだよな。
「……仕方ねぇ」
拭く。
返す。

次のグリーン。
また渡される。
「…………」
また、打ちゃあ、汚れるじゃん…
でも、拭く。
次。
またかよ……。
『自分で拭けよ!』
心の中では威勢がいい。
でも出た言葉。
「はい……」
拭いた。
ピカピカに。

次のグリーンで前の組に追いついた。
黒いポロシャツの男が煙草を咥えた。
すぐに若い男がライターで火をつける。
次にアネさんも煙草を出した。
もう一人の男がすぐに駆け寄り、火をつけた。
電動カートのおばちゃんが、ニヤニヤしながら小声で俺に話しかけた。
「マツくん、あんた引きが強いわ!黙ってボール拭いてなさい」
「はい……」

ナインホール、ハーフラウンドが終わった。
黒いポロシャツの男に、次の集合時間を言われて別れた。
俺は、休憩室に戻り、おむすびを頬張った。
汗で張りつくポロシャツ。
俺は、Tシャツを替えた。
搾れるほどだった。
水筒の冷たい麦茶が有難かった。
しかし、怖かった。
疲れた。

でも、まだハーフラウンドが残っている。
おむすびで、少し救われた。
刈った芝の青臭い匂い。
照り返すグリーン。
遠くから聞こえる「ファー!」。
またラウンドが開始された。
クラブを渡す。
走る。
ボールを探す。
「7番アイアン!」
「………」
クラブを渡す。
そしてグリーン。
無言のボール…
「………」
拭く。
渡す。
最終ホールが終わった。
俺は、重い手押しカートを引き、汗だくになっていた。
「やっと終わった……」
俺は、ほんとにぐったりしていた。
こんなに疲れたのは初めてだった。
もう二度とこの組は嫌だ。
すると、
「お兄さん」
後ろから声。
ビクッ。
「はい!」
黒ポロシャツが近づいてくる。
「今日はありがとな」
ニヤッと笑って立ち去った。
アネさんが、俺に封筒を渡してきた。
「お兄ちゃん、ごめんね、ありがとね!」
その封筒を握らされた。
「いえ、とんでもないです」
俺は、その封筒をジーンズのポケットにねじ込んだ。

何となく、今は見ない方が良いと思った。
礼儀ってもんだと考えた。
休憩室へ戻り、封筒の中身を見た。
「………」
一万円札。

当時の日給は、毎回確か七千円ぐらいだった。
チップはもらっても千円で、ほとんどもらったことが無かった。
怖い客だった。
散々ボールも拭いた。
何度も「自分で拭けよ!」と思った。
確かに、この一万円札は、大きいし、嬉しかった。
でも、俺の心は少し曇っていた。
なぜ、俺は「はい」しか言えなかったのか。
それが、なんだか悔しかった。
帰り道。
朝よりも重くなった足で自転車を漕いだ。
蝉はまだ、うるさいくらい鳴いていた。
ポケットには、あの一万円札。
帰りの下り坂、俺は思いっ切りペダルを踏んで、ほとんど車と並んで走った。
バイクに乗ってる気分だった。
でも、いつもの爽快な気分ではなかった。
確かに、自分で稼いだ金。
俺は、この夏、大人になったような気がした。
でも、あの一万円札をポケットに入れた時は、
「大人の仲間入りになってしまった」という気分だった。
あの一万円は、俺の「はい」と引き換えのチップだったのか。
あれが大人になるってことなら、
そんな大人にはなりたくなかった。
あの夏から、随分と時間が経った。
今なら言えるだろうか。
「やだよ。自分のボールくらい、自分で拭けよ」
……いや。
やっぱり、相手によるかな(笑)

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