中国核戦略の静かな大転換 白書が示した「最低レベル」の終わり
2025.11.30 薗田浩毅(Seculligenceアナリスト)
中国外交部は11月27日、20年ぶりとなる『新時代の中国軍備管理、軍縮及び拡散防止白書』を公表した。前回の2005年版以来、20年ぶりの更新。第2次世界大戦終結と国連創設80周年という政治的節目を狙いすましたタイミングでの発表には、明らかな意図を感じる。
白書の性格を一言で表すと、習近平政権の核戦略の路線変更を世界に通告する「宣言書」である。国防白書が国防部による公式な白書であるのに対して、軍縮白書は外交部が主導する外交青書としての性格が強い。
前回白書は「中国脅威論」への反論として機能したが、約2万字と内容が倍増した今回は--習近平による核使用の通告書--と呼ぶ以外の何ものでもない。中国が静かに、しかし決定的に変わったことを世界に突きつけた白書を見ていく。
※ リンク先の安全性を保証するものではありません。
米国の核戦力への挑戦状
2005年白書と2025年白書を読み比べると、20年のという歳月での変化の大きさに驚かされる。ポイントは三つだ。
第一は、核戦力の規模に関する表現が「最小限度」から「国家戦略安全が必要とする最低レベル」へと書き換えられたことである。
第二は、「核戦力の近代化を積極的に推進する」ことを初めて明記し、その具体的内容として「戦略早期警戒、指揮統制、ミサイルの突破能力、(戦力運用における)反応速度、サバイバビリティによる核反撃能力の向上」を列挙したことである。
第三は、宇宙空間、サイバー空間、人工知能の軍事応用という新領域を独立した章としたことである。これによって、核戦略は核兵器だけを対象とするのではなく、宇宙・サイバー空間と融合した一体的な抑止力として機能することが再定義された。
特に核戦略に関する記述は、過去の白書と比べて異次元とも言える具体性を持っている。2025年白書は「中国は自衛防禦の核戦略を堅持し、核兵器の先制不使用を約束する」と従来の方針に変化のないことを述べる一方で、その直後に「核戦力の近代化を積極的に推進し、戦略抑止能力を着実に向上させる」と続ける。

戦略抑止能力として列挙されたのは、戦略警戒(人口衛星を含む戦略早期警戒ネットワーク)、ミサイル突破能力(複数個体誘導再突入体(MIRV)・極超音速滑空体・デコイ)、サバイバビリティ(固体燃料機動ICBM・地下施設・警戒機)、核反撃能力(JL-3・SLBM及びH-6N爆撃機)など。
これらは、米国のミサイル防衛システムを突破する能力を有し、先制攻撃を受けた後の報復を確実に行う体制構築を意味する。白書はこれらの能力が既に実戦配備段階に入ったことを記している。
リミットを動かした中国の思惑
核戦力の規模の変化は、中国が長年「自衛防禦の核戦略(欧米研究者が便宜的に「最小限抑止」と呼んできたもの)」を実質的に放棄し、「相互確証破壊」へと移行したことを示している。
自衛防禦の核戦略とは、相手が核攻撃を躊躇する程度の限定的な能力で十分とする考え方。一方で相互確証破壊とは、いかなる先制攻撃を受けても確実に報復できる能力を備えることで、先制攻撃を抑止する考え方である。
実のところ、中国自身は「最小限抑止」という言葉を一度も使ったことがない。2025年白書は、欧米の研究者による規定から完全に脱却したことを静かに宣言したといえる。新たに規定した「国家戦略上の安全保障が必要とする最低レベル」という表現は、必要であれば弾頭数も運搬手段も増やし続けることを正当化する余地を残している。
中国はこの戦略転換を正当化するために、「米国の核近代化とミサイル防衛強化が原因」と責任転嫁してきた。今回の白書でも「個別の国家の絶対的な安全追求が他国の安全を損ない、核軍拡競争を招いている」と、米国を批判している。
米国は確かに、B61-12低出力核爆弾、コロンビア級弾道ミサイル原子力潜水艦や哨戒機P-8Aの更新、グアム・日本への地上発射型中距離ミサイル配備計画を進めている。
しかし、中国の核戦力増強は、米国のペースを大きく上回る。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)による推計では、中国が保有する核弾頭は2020年の約290発から500発超となり、2030年には1000発超に達する見込みだ。
米国の核戦力増強がきっかけだったとしても、「米国のせい」というロジックが通じないほどの過剰反応だろう。米国の脅威を利用して核戦略転換を正当化するーーそういう思惑が透けて見える。
米中の相互確証破壊で変わる未来
習近平が率いる中国は、なぜこのタイミングで核戦略に関する白書を公表したのだろうか。最も大きな要因は第2次トランプ政権の誕生だ。トランプは前政権時代、中国に核軍備管理対話を提案しながらも、強硬姿勢を崩さなかった。
習近平は「中国の核戦力は既に米国本土に確実に届く報復能力を有している」という事実を世界に通告することで、中国が米国に比肩する存在であることを見せつける。時代が変わったことを宣言したのだ。
同時に、国内向けには「中華民族の偉大な復興」の成功をアピールする意図もある。「抗日戦争勝利80周年」という歴史的節目に「米国本土を射程に収める核戦力を完成させた」と宣言するで、国内のナショナリズムを高揚させる。本年9月の「抗日戦勝80周年記念軍事パレード」で新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「DF-61」など新世代の核戦力を誇らしげに公開したのは、その具現化だ。

さらに、2026年に予定されている核不拡散条約(NPT)再検討会議の準備プロセスや、核保有国間における軍縮交渉での主導権争いも背景にある。中国外務省は2023年に発表した「グローバル安全イニシアチブ」を掲げて軍備管理のルール作りを主導する姿勢を強めており、白書はそれに続くものだ。
繰り返すが、2025年白書は中国の核戦略が静かに、しかし決定的に変わったことを示すマイル・ストーンなのだ。「先制不使用」と「自衛防禦」という看板は残したまま、「必要十分な報復能力」を確保する戦略に完全にシフトしたことを宣言した。
この変化は日本に大きな影響を及ぼす。米中の核戦力が均衡し、相互確証破壊による核抑止が確立されれば、日本が置かれる戦略環境は大きく変化する。中国が「最低レベル」の水位を自ら高める中で、核戦力増強に歯止めをかける仕組みは存在しない。
米国の拡大抑止の信頼性、独自の抑止力のあり方、地域の核ドミノの可能性──これら全てを再検討する時期が到来した。白書の公開は、まさにその警鐘である。
