【断章】ハレー彗星のように飛ぶのだ私
コーヒーを見てるとね、ぐるぐると渦を巻いていることがあるの。はじめ、そこには何もないんだけど、五分、十分と見ていると、だんだん波立ってきて、ちゃぽんって水面が沈むの。
はじめ、それは異世界からの信号だと思った。だってそうでしょ? 風もない、揺れてもない、それなのに水面だけがゆらゆらと揺れ始めたのだから。もちろん、カップの取っ手だって触ってないよ。
真っ白に塗られた木製のテーブル。最初は綺麗で部屋を明るくしてくれると思って買ったけど、使っていくうちに表面の塗装が剥げ、くたびれた木製の地肌が見え始めた時、あぁ、私の様だなと思った。
どれだけ綺麗な見た目を繕っても、本物でなければやがて剥がれて、私そのものが露出してしまうのだ。そんなことを思ったのは今日、上司に啖呵を切ってしまったからだ。華やかな社会人生活、人生の基盤を整え、幸せで順風満帆な大人になる準備はしっかりできていた。大学もそれなりにいいところを出て、就職も大手とはいかないが、安定して成長している企業に就職した。ちょっと興味がないことは多いけれど、仕事と割り切って楽しく日々を過ごそう、という心づもりだったのだ。
それなのに。ゴン、とテーブルに突っ伏して頭を打つ。もちろん、卓上のコーヒーカップの水面は揺れているが、さっきは違うよ?
なんで「ここ間違ってるよ」と言うのに、上の部署がどうのとか、私の私生活とか、性格とか、将来が、とか付け加えてくるんだ。本当に心配してくれてるとでも?だったら私が好調な時に言え。弱った時に言うなくそが。少しでも自分を正当化させようと必死になんじゃねぇよ、と思い、「だぼはぜが、うるせぇ」とキレて書類をひったくって、直したら、「今日は早退します」と言って出てきてしまった。
なんてことをしてしまったんだ。アドレナリンは落ち着いた後の私も面倒見るべきである。
深いため息が漏れた。啖呵切った後の空気が地獄で、あのまま仕事なんか続けられなかった。帰ってくるしかなかったのよみんな、そんなに責めないでくれ。
「今日が金曜日でよかったぁ」とは、心から思う。なんだかんだ学校なんて場所は、すべて自己責任だったし、上司やら会社やら組織的な責任を負うこともなかったから、実は楽だったのかもしれない。一番の問題は、馬が合わない人とも強制的に仕事しなければならないということだ。
ため息が漏れた。
そんなこと言ってもしょうがない。
コーヒーカップを手に取る。
もし、もしさっきの渦が異世界への扉だったとしたら。きっと私は迷わず行くに違いない。
けど、よい大学を出て順風満帆な人生なんて、本当は現実逃避したいだけなんだ。あのコーヒーの中にこそ、本物の夢が詰まってる。
コーヒーを一口飲んだ。
週末は旅行にでもいこうかしら。
そんなことを思う今日この頃だ。
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