論語でつぶやきno.408 子曰わく、由、徳を知る者は鮮なし。
「子曰わく、由、徳を知る者は鮮なし。」
Geminiの解説
【現代語訳】
呼びかけ: 孔子が(弟子の)由(ゆう:子路のこと)に向かっておっしゃった。
本音: 「由よ、本当に『徳』というものの真価を理解している者は、実に少ないものだね(ほとんどいないね)。」
【孔子が言いたかったこと】
この短い言葉の裏には、孔子の孤独な信念と、当時の世相に対する鋭い批判が込められています。
「知っている」と「体得している」は別物 「徳」という言葉を口にする人は多くても、それを自分の生き方として血肉化し、損得抜きで実践できる人は極めて稀であるという嘆きです。
目に見える華やかさに負ける人々 この言葉の背景には、孔子が「徳(内面的な正しさ)」よりも「美色(外見の華やかさや目先の誘惑)」を優先する当時の権力者たちに失望した経緯があります。
子路への厳しい愛のムチ あえて直情径行(まっすぐで猪突猛進)な性格の子路にこの言葉をかけたのは、「お前も形だけの正義や勇気に満足せず、もっと深い『徳』の本質を考えなさい」という教育的な意図があったと考えられます。
【「徳を知る」とはどういうことか?】
孔子にとって「徳を知る」とは、単に教科書的な正解を知ることではありません。
「誰も見ていない場所でも、自分の信念を貫けるか?」 「損をすると分かっていても、正しい道を選べるか?」
こうした究極の場面で迷わず動ける確固たる人格を、孔子は求めていました。
現代で言えば、**「コンプライアンスのルールを知っている人は多いが、自分の利益を削ってまで正義を貫けるリーダーは滅多にいない」**という、今の時代にも突き刺さる鋭い指摘と言えます。
以上がGeminiの解説
「鮮なし」は鮮度の鮮を使っているのが何か意味があるようだね。
徳は、その人の現在の環境によって大きく変わると思う。
切羽詰まった人が、他人への思いやりを持てるだろうか?
おそらく持てないね。
だから、環境の変化によって徳は、現れたり消えたりするんだろう。
ではどうやったら徳を持ち続けることができるのだろう。
切羽詰まらなければいい。いつも、何があっても平常心、幸せを見失わない人になることだと思うね。
