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「ルーマニアにはドラキュラがいるんだよ」

 異国文化に興味を持った息子は、幼稚園で様々な知識を仕入れてきます。彼の通う園には自主的な学習活動を励行する風習があって、専用の図書室には相当数の蔵書のあることが彼のお気に入りポイントのひとつのようでした。

「ルーマニアには、ドラキュラがいるんだよ。」

 ある日、浴室の壁に貼り付けた世界地図を指しながら、彼は言いました。しってる?と新しい知識を披露する彼を、私は微笑ましく見つめます。

「ほう、よく知っているなぁ。そうか。ワラキア公国があったのは、そのあたりだもんなぁ。」

「わらきあ?」

「そう、ワラキア。ドラキュラの話だろう?」

「うん。ドラキュラだよ。ドラキュラには、ニガテなものがある。それはジュウジカ!それから…ニンニク。」

「他には?」

「…たいよう?」

「そう、太陽。あとは銀の杭とか。十字架やニンニクが苦手という話もあるけれど、それだけじゃあ勝てないよ。太陽の光で焼くか、銀の杭とか弾丸で心臓を貫かないと、奴らには勝てない。」

「!…もしかして、パパ、みたことあるの?」

「ドラキュラかい?真祖には会ったことないよ。それに、もし真祖を見たら大変さ。アレには太陽の光も、銀の杭も効かないからね。最強なんだ。」

「シンソってなに?」

「最初のドラキュラのことさ。」

「さいしょの。」

「そう、ワラキア公国の王様。昔、ルーマニアのあたりにはワラキア王国という名前の国があったんだ。その国の王様が、そう、元々は人間だったんだけどね、そうだなぁ…たくさん人が死んだらしい。戦争の呪いで、彼はドラキュラになってしまった。それが最初の吸血鬼。人の血を吸う化け物さ。」

「それで、どうなったの。」

「吸血鬼が人間の血を吸うと増えることがある。血を吸われた人間が同じような吸血鬼になるんだね。食屍鬼グールになるか吸血鬼ドラキュラになるか、そのまま死ぬか、まぁ細かいことは色々あるみたいだけど、ともかく奴らは増えるんだ。それで世界中に散らばった。」

「やば。」

「でも人間のほうがずっと数が多いからね。そう怖がる必要もない。彼らは、そう、真祖以外の吸血鬼には苦手なものも多い。例えば大きな流れるものを渡ることはできない。川とか、海とか。飛行機の移動も難しいと思う。」

「日本にもいるの?ドラキュラ。」

「日本に?さぁ、どうだろうね。ルーマニアからここまでは遠いからさ。最近みたって話も聞かないし、居ないんじゃないかなぁ。隠れ住んでいるかどうかは分からないけど、普通に暮らしてる分には、会うこともないと思うぜ。」

「そっかぁ。よかったぁ。」

「でも、日本にも吸血鬼に似ているのはいるから気をつけたほうがいい。」

「にてるのって、なに。」

「鬼だよ。節分で鬼退治の練習、するだろ?」

「たしかに。」

「日本には日本の妖怪やお化け、神様なんかがいるからね。縄張りとか、あるのかもしれない。外来種は入ってくるのが難しいんだと思う。」

「オニが出たら、どうしたらいい?」

「まぁ、豆撒いても勝てないだろうな。逃げたほうがいい。戦い方は…そうだな、君がもう少し大きくなったら教えてあげよう。」
 
 
 息子は満足そうに鼻を鳴らして、意気揚々とシャンプーを流しました。顔にかかるのを苦手としていた彼は、しかし毅然とした態度で髪と顔を洗います。これも強くなるための修行の一環なのでしょう。来るべき戦いの時に備えて、息子は今日もまた自身の苦手に挑戦するのです。

 さて、吸血鬼伝説はフィクションです。

 しかしながら、それがただの作り話だと一蹴できるほど、世界は解明されておりません。悪魔の証明と揶揄されようとも、未だ人類の共通認識には至らないような怪異が、何処かに潜んでいるかもしれません。見えるものだけに囚われていたら、想定外の危険に直面したときに回避する術を思いつきもしないでしょう。夢と現実の境界に役立つ知識や技術があるということを、私たちは心の何処かで憶えていて、だからファンタジーは私たちを惹きつけて止まないのではなかろうか…なんて。飛躍どころか飛翔した先に、私は空想の羽根を休めました。



 拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、貴方の出会う非日常が、愉快なものでありますように。




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