【AI支援改稿】マリオネットとスティレット 第五十二話 操縦桿を奪う
ロドヴィコが二人を無理やり連れ込んだのは、広場の横の、魔法科学ギルド管轄の塔だった。と言っても、ポータルから生え、空に向かって聳える大時計塔と比べれば、おもちゃのように華奢だが。
「魔光灯が普及する前は、街のアーティファクトが生み出す魔力の使い道は、あのポータルしかなかった。今ではかつて危険とされた余剰魔力の有用な使い道ができたわけだ。夜ごとに街に灯りを灯しているのは、蝋燭の節約のためではないぞ?」
門を開け、ロドヴィコが偽装と防寒のためのフードを外す。長いウェーブした金髪が後ろでまとめられているのがあらわになった。貴族同士の会合ではやらない髪型だ。テルは興味深そうに中を見る。そこは暖かで、魔光ストーブがすでに動いていたようだ。しかしレカが横にいないのに気づき、慌てて門の前まで引き返して、その手を引いた。レカはされるがままで、ホワイトゴールドの髪が首と一緒に揺れた。本当にショックだったらしい。テルは心が痛んだ。
ロドヴィコが内部の魔光灯をつけると、ガラクタが照らし出される。魔法機械ででいっぱいで、作業机には設計図やメモが大量に雑然と散らばっている。テルはそれを見て、ロドヴィコがこの施設を私物化していると確信し、内心あきれた。こんな街の最上層にまで自分の部屋を確保しているなんて、権力と子供っぽさのハイブリッドだと。
「そして……」
ロドヴィコは机の上に何かを置いた。建物に使われるガラスよりも、ずっと平坦でツルツルした黒い板。斜めに自立したそれを撫でて正面の椅子に座る。その板は魔光のエネルギーを示す、青い光をぼうっと発していた。
「そろそろ映像が来るはずだ」
ロドヴィコが膝の上に機械を乗せて、言った。そこについたレバーを忙しなく動かしながら。
「映像?」
テルが思わず呟いた。このような技術は未だ見たことがなかった。
「父さん、それは?」
「まあ、見ていろ」
ロドヴィコがそう言うと、目の前の黒い板が放つ青い光が、やがて意味のある像を結ぶ。それは……リミナルダンジョン内部の様子だった。
「遠隔監視装置……?」
テルが息を呑む。ロドヴィコは椅子に座ったまま息子を振り返って子供のように笑った。
「複数のアーティファクトをこの私独自に解析し、ひとつのシステムを作ったのだ。次元の彼方だろうと、監視の目を飛ばし、それが見たものを映し出す装置だ」
テルは自分が少し興奮しているのを感じた。父への複雑な想いはあれど、この発明は確かに驚異的だった。
映像には、ビビッドな色合いの、この世のものとは思えない様子が描かれている。本でしか知らないリミナルダンジョンの真の姿が、今目の前で観測できている。冒険者しか見たことがない光景……。映し出されたリミナルダンジョンの内部は、まるで悪夢のような美しさだった。ビビッドな色彩が渦巻く無機質な空間——天井も床も壁も、すべてが同じ素材でできた灰色の無機質な部屋が果てしなく続いている。石のようでもあり、粘土のようでもある。しかし、その単調さを破るように、壁面には規則性のない穴がぽっかりと口を開けていた。穴の向こうには、別の色をした空間がちらりと見える。赤、青、緑、紫——色とりどりの光が、まるで生き物のように脈動していた。
「すごい……」
テルはただただそう呟くしかない。16歳の少年に、興奮するなという方が無理だ。テルは子供らしい表情で隣のレカを見た。感動を共有したかったからだ。しかし……
「レカ……?」
いつもなら、興味がないまでも、ロドヴィコに向けて皮肉でも飛ばしそうなテンションを見せるはずだ。だが、先ほどのティトゥレーとの出来事がこたえたようで、全く元気がない。テルは自分を恥じた。最愛の幼なじみの心を置き去りにして、一人で興奮していたことで。
そんな二人の様子をよそに、ロドヴィコは夢中になって機械を動かす。映し出される内部の光景は、一般的な書籍にある通り、無限に続く屋内の様子だった。途中で壁にぶち当たる階段、重なったドア、天井に逆さまに据え付けられたテーブル……脈絡がなく、雑然として無秩序な、「部屋」という概念だけ教えられた何も知らないモンスターが、信じられないくらい時間をかけて、なんの意味もなく作り上げたような空間。ロドヴィコが映像を映す板をコンコンと指でつついた。
「この映像は魔力による通信で送られてくる。ドローンの操縦のための信号もそれで送っている。アーティファクトによる遠隔即時通信だ」
テルはなんとなく理解し、レカに説明しようとしたが、レカは上の空で聴いていた。その様子が気になったのか、ロドヴィコがチラッと振り返って言った。
「ずいぶん静かじゃないか、暗殺ギルドのスティレットよ」
父の挑発するような呼びかけを聞いて、テルが心配そうにレカを見た。レカは本心の見えないうっすらした笑みを浮かべ、表示された映像を見ていた。やがて答えた。
「アルエイシスのおっさんよぉ、ティトゥレーたちは見つけられそうか?」
「フン、気になるようだな? スティレットの娘よ。たかが闘技場で助けただけの冒険者が……それとも、なにかあったか? 例えば……」
ロドヴィコはレカの方を向いて、なんでもなさそうに言った。
「姉がわりのエルフの魔法使いを殺したとかかな?」
レカの体が硬直した。テルが驚いて父を見る。なぜロドヴィコがそんなことを知っているのか。レカの顔から血の気が引いていく。
「フン。くだらん」
それを見たロドヴィコは再び画面へと目を戻した。
「レカ君。お前の罪悪感などあの老人のつけた首輪に過ぎん。お前自身も、それほど問題だとは思っていないのだろう? 本気で罪を思うなら……今すぐ街を出ているはず……」
「父さん! やめろ! レカはこの街で責任を果たしたいんだ!」
テルが立ち上がって叫んだ。しかしロドヴィコは画面から目を離さずに冷たく笑うだけだった。
「ほう。まあ好きにすればいいさ。お前が負い目を自覚しようが、銀盾級の最初の冒険行での死亡率は闘技場よりはマシといった程度だ。償いの相手もいなくなる可能性が高い。そういうものだ、この街は」
ロドヴィコが膝上の機械を動かすと、見ている景色が変わる。唐突にスピードを上げて奥へ進んだかと思うと、ピタッと止まる。画面には新たな光景が映し出された。
「冒険者たちと合流できそうだ。リミナルダンジョン内に侵入したあとは、出現位置はランダムだからな。さっき潜って行った新米たちを今探している」
殺風景か、さもなくば雑然となんだかわからない物品が落ちている部屋が、無限に続く。ドローンは素早くドアを潜り、隙間を縫い、進んでいく。
「でも、どうするんだ?」
レカが暗い声色で言った。
「探して……どうするんだ? 例えば、もし危険な目に遭っていたら……」
ロドヴィコは笑う。
「当然、手出しはできない。この機体は非武装だ。実質的に何もできない。観戦するだけだ。そのことはエリオン氏にも理解していただいている」
テルがあんまりだと思って言う。
「父さん、それは……」
ロドヴィコがニヤリと底意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ふん。冒険者たちが実際に危険な目に遭ってから騒ぎたまえ。そもそもこれは彼らの初潜行。そんな危険な目に遭わせないために、ベテランが一人ついているのさ」
やがて、画面に複数の人影が映り込む。何やら激しく動き回っている。戦闘中だった。
「ティトゥレー……」
レカが呟く。画面の中で、ティトゥレーは大きな剣を構え、コウモリのようなモンスターに向けて振るっていた。盾を持つ他のメンバーが横から槍で一体ずつ突き殺している。
ロドヴィコは興奮したように機械のレバーやスイッチを押している。
「ふはは、向こうからは全く見えていないぞ! 暗殺ギルドの不可知化魔法を私独自に改良してここまで精度を上げたのだ!」
レカは静かにため息をついた。
「機械で興奮する変質者が……」
ロドヴィコはそれを無視した。
「見たまえ。あんなに危険をおかして、それでやることといえば、たいした価値もない一山幾らのゴミアーティファクトの採集だ……」
そう言ってロドヴィコは部屋の中のものを見回した。テルが注意して見てみると、それらは確かに学院の授業でも見たことがある異世界の道具たち……。こちらの世界とは別の魔法科学で動くアーティファクトの山だった。
「ここにあるのは……」
「がらくただ」
ロドヴィコは言った。
「この建物は、かつて冒険者ギルドと魔法科学ギルド共同で採掘されたアーティファクトを分別するための施設として使われていた。しかしリミナルダンジョンが枯渇すれば、こうして勝手に色々持ち込んでもバレないくらいには放棄されているというわけさ」
テルは何も言えることがない。ティトゥレーたちは、画面の中で、全ての飛行するモンスターを叩き落としていく。
(じゃあ、彼らがこうして危険な目にあっているのは、ガラクタを掘るためだっていうのか?)
絶望的な気分になるテルだったが、やがて映像の中に、一息つく冒険者たちの姿があった。ティトゥレーの顔がアップになり、緊張感を残しつつも、笑顔がこぼれている様子が映し出される。
レカはホッとして、息を長く吐いた。テルも緊張した面持ちで画面を見つめる。レカのことも気にしながら。レカが深刻にティトゥレーの身を案じていることも伝わっていた。だがその時、そんなことを気にしていられないような異変が画面に起きた。ティトゥレーたちの背後に、巨大な影が立ち上がる。真っ黒でダンジョンの部屋いっぱいの大きさをしている。それは人の形をしていたが、明らかに歪んでいた。赤い光が溢れ出している。
「あれは……」
テルが息を呑む。映像に映し出されたその怪物は、人間のシルエットを保ちながらも、どこか異形に変貌していた。全身から立ち上る赤黒いオーラ、異常に長く伸びた腕、そして何よりも恐ろしいのは、その顔に浮かぶ憎悪に満ちた表情だった。
「何だこれは?」
ロドヴィコが慌てて操縦装置のレバーを動かす。これまでの余裕が嘘のように、画面に青く照らされる彼の表情には焦りの色が濃い。
「リミナルダンジョン内でのこんな現象は……記録にない……なんと……」
画面の中では、ティトゥレーたちが気づかぬまま戦利品の整理を続けている。背後に迫る巨大な影に、誰一人として気づいていない。
「おい、あぶねえ!」
レカが思わず叫んだ瞬間、怪物が動いた。その瞬間、ティトゥレーの仲間の一人——槍を持った若い戦士が、突然宙に舞い上がった。怪物の長い腕に掴まれ、まるで人形のように振り回される。
「ギャアアアア!」
画面越しでも聞こえる悲鳴。血飛沫が壁面に飛び散る。若者の体が無残に壁に叩きつけられ、ぐにゃりと不自然な角度に曲がって床に落ちた。
「な、なんすか!?」
ティトゥレーが振り返った時には、もう一人の仲間——魔法使いが怪物の巨大な手に頭を掴まれていた。ミシミシと骨の軋む音が響く。
「やめろ! やめるっす!」
ティトゥレーが剣を構えるが、その時にはもう遅かった。魔法使いの頭蓋が砕ける嫌な音と共に、二人目の犠牲者が床に崩れ落ちる。
「ジャドワ……」
レカが小さく呟いた。その名前を聞いて、テルとロドヴィコが振り返る。
「なんだって!?」
テルの声が震える。レカの赤い瞳が画面を見つめていた。
「いや、確かなことは言えねえが……なんとなく……」
ロドヴィコは再び画面に目を戻す。今の感想……世迷言だろうか? こんな現象は記録にもなかった。
(まさか、赤い瞳の力が、こんな形で……?)
画面の中での怪物の瞳が赤い光を放った。ティトゥレーは壁際に追い詰められていた。仲間たちの無残な最期を目の当たりにし、恐怖に震える彼女の前に、真っ黒な怪物が立ちはだかる。その異形の顔にあるのは純粋な殺意と憎悪だけだった。
「ひ……ひい……」
ティトゥレーの口から情けない声が漏れる。剣を構える手がガタガタと震え、まともに武器を持っていることすらできない。だがこの映像を管理する者は、ニヤリと笑った。
「こんな記録が撮れるとは……」
ロドヴィコが興奮気味に呟く。彼は慌てながらも、この異常現象を学術的興味で捉えようとしていた。
「ジャドワ、ジャドワか。フフ、おそらく直接間近で拳を交えたこのレカならそれがわかるのだろう。同じ赤い瞳であるしな。もしそれが本当なら……これは革命的な発見になるぞ……」
「何言ってやがる!」
レカが怒声を上げた。
「人が死んでんだぞ!」
しかしロドヴィコは操縦装置を弄りながら、夢中になって観察を続ける。画面の中では、ジャドワの怪物がゆっくりとティトゥレーに近づいていく。
「フフ、あのティトゥレーという冒険者、いいぞ、しぶとく生き残れ。もっと長く映像を撮らせろ……」
レカはキレた。
「こいつっ!!」
そしてロドヴィコを突き飛ばした。彼女の小柄な体からは想像できない力で、大男のロドヴィコがよろけて椅子から転げ落ちる
「ぬうっ!? この小娘! 何をする!」
ロドヴィコが怒鳴るが、レカはすでにドローンの操縦装置を手に取っていた。
「テル! こいつを抑えろ!」
「え? でも……」
「いいから!」
テルが慌ててロドヴィコの上に乗り、体重をかける。父は息子を振り払おうとするが、テルも必死に食い下がった。
「父さん、レカに任せて! 彼女にしかできないことがあるんだ!」
レカは勘でレバーを倒す。最初はメチャクチャな動きで、危うくダンジョンの部屋の壁にぶつかりそうになった。
「くっそ、こうか!?」
ぶっつけ本番の試行錯誤……。一人称視点のドローンの映像が揺れに揺れる。だが彼女は持ち前の戦闘センスと空間認識能力で、段々とその動きが安定していく。これまでロドヴィコが見せていた操縦とは全く違う、直感的で大胆な動きでドローンが舞い踊る。
画面の中で、ジャドワの怪物がティトゥレーに手を伸ばそうとした瞬間、ドローンが彼女の頭上に急降下した。レカは必死だった。その時、自分でもわからないまま、映像の中に広がるリミナルダンジョンの世界が手に取るように把握できた。
「右! 今すぐ右に転がれ!」
レカの声がドローンのスピーカーから響く。ドローンのウィーンという羽音が響くが、その姿は見えない。ティトゥレーは混乱しながらも、その声に従って右に転がった。ジャドワの巨大な拳が、彼女がいた場所の壁を粉砕する。
「そこを飛び降りろ! 下の階に穴が開いてる!」
ドローンから発する光が瞬き、ティトゥレーを照らし、彼女に進路を示す。ティトゥレーは迷いながらも、その指示に従って床に開いた穴に飛び込んだ。
「光についてこい! 絶対に立ち止まるな!」
レカの額には汗が浮かんでいた。操縦装置を握る手が微かに震えている。画面を見つめる彼女の赤い瞳にゆらめく光が灯り、必死の集中が宿っていた。
ティトゥレーは必死でドローンの誘導に従う。怪物ジャドワの追撃を紙一重でかわしながら、ダンジョンの複雑な通路を駆け抜ける。その度に、レカは恐ろしいほどに的確な指示を飛ばし続けた。
「今だ! 左の扉!」
「階段を上がれ! 急げ!」
「そこの隙間を抜けろ! あいつは体がでかくて通れねぇ!」
やがて、ティトゥレーはついに地上へと続く転移ゲートにたどり着いた。青い光が渦巻く出口が、彼女を故郷へと誘っている。
「……助かった」
テルが安堵の息を吐く。レカは操縦装置を放し、深く息を吐いた。
「よかった……」
レカが小さく呟く。画面の中で、ティトゥレーが転移ゲートから地上に姿を現し、待っていたエリオンが彼女を抱きしめる姿が映し出された。
しかしロドヴィコは冷静だった。小柄なテルなど、彼の大柄な肉体であれば簡単に跳ね除けられたはずなのに……。
「興味深い」
彼はそう一言言って、テルをぐいっと簡単に押しのけ、立ち上がった。一方レカは操縦装置を置いてロドヴィコを睨みつけた。
「人の命がかかってる時によぉ……アルエイシスのおっさん、貴族以外は人間じゃねえってか?」
その言葉に、テルは胸が詰まる思いがした。レカの中にある、純粋な正義感と他者への思いやり。それは暗殺者という職業とは相反するものだった。そして同時に、テルが最も愛する彼女の本質でもあった。そしてそれが、何よりも彼女を苦しめる……。
ロドヴィコはじっとレカを見下ろす。
「……なぜドローンで正確にナビゲートできた?」
「え?」
レカの声が低くなる。彼女は今し方までそのことについて自覚していなかったようだ。言われて初めて気がついた。今までの異様な感覚に……。
(確かに、なんだったんだ、さっきの感覚は……)
彼女の赤い瞳が泳ぐ。
「レカ……?」
テルが心配そうに近づいた。
「フン、まあいい。それもまた、今回のデータの解析ではっきりするだろう」
ロドヴィコはあっけらかんと言った。
「一人の冒険者の命と、この現象の解明。どちらが人類にとって大事か……暗殺者のお前に語られるとはな」
レカの拳が握られる。テルが慌てて間に入った。
「父さん、ごめん。今回のことは僕が謝るし、どんな罰でも受けるよ……」
「テル、お前もわかるだろう? 感情に流されて科学的探究を妨げることの愚かさが。次代の魔法科学ギルドを担う人間がそんなことでどうする?」
「いや、僕は……」
テルは困惑した。確かに父の言うことには論理的な正しさがある。しかし、レカの怒りも理解できた。そしてテル自身も、ティトゥレーの死を一瞬たりとも望んだことはない。しかし……
「でも……」
その時、レカが静かに口を開いた。レカの声は怒りを通り越して、冷たい悲しさと共に響いた。
「あーしは……」
彼女の声が少し震えた。
「もうこれ以上、誰も死なせたくねえんだ」
その言葉の裏には、ルゥリィを失った深い悔恨が滲んでいた。テルはレカの横顔を見つめ、彼女の心の傷を感じ取った。
「レカ……」
テルがそっと彼女の肩に手を置く。レカは振り返ると、いつもの強がりの笑みを浮かべた。
「まあ、とりあえずティトゥレーは無事だったからよ……話を……話をしなきゃ……」
しかし、その笑顔の奥に隠された痛みを、テルは見逃さなかった。
