【AI支援改稿】マリオネットとスティレット 第五十話 出立のパレード
雪化粧したパラクロノスの街に、けたたましいファンファーレが響き渡った。大時計塔の鐘楼から響く鐘の音と重なり、街全体が祝祭の喧騒に包まれる。今日は冒険者ギルドの大出立式。街で最も盛大な祭りの日だった。中央区画のメインストリートには、早朝から見物客が押し寄せていた。普段は足を踏み入れることも許されない貧民街の住人たちまでもが、この日ばかりは街の中心部に繰り出している。雪で滑りやすくなった石畳の上を、獣人の子供たちが駆け回り、エルフの娼婦たちが華やかな衣装で街角に立っていた。貧民街から遠離れて住む市民たちも、普段は差別的な扱いをする亜人種たちをこの日ばかりは祭りの出し物の一つとして楽しんだ。
「来た、来た!」
「おお、あの紫の旗が見えるぞ!」
街の正門内側、パレードの出発点はここだ。冒険者ギルドの象徴である緑色の旗と、今日のよき日を象徴する魔法で染めた深い紫色の旗がなびいているのが見えた。旗には銀糸で刺繍された剣と盾の紋章が、陽光を反射して輝いている。雪片が舞い散る空の下、その紫の布は荘厳な美しさを放っていた。
パレードの先頭を行くのは黒馬にまたがった白金剣級冒険者エリオン。白銀の鎧に身を包まれ、まるで古い物語から抜け出してきた英雄のような騎馬の周りを、いく人かの若者が囲む。彼らも冒険者ギルドの正式な銀盾級の装備を身につけ、大通りを固める民衆の声に応えて手を振っている。
「エリオン様!」
「新人冒険者頑張って!」
沿道から声援が飛ぶ。貧民街の子供たちが手を振り、獣人の労働者たちが帽子を振って喝采を送る。この瞬間だけは、街の階級や種族の違いも忘れられ、人々は純粋に英雄たちを讃えていた。馬を引くのはティトゥレーだ。育ての親であるエリオンが乗る馬を引きながら、緊張と興奮のないまぜになった表情をしている。彼女は手を繋いだ父親をの顔を見上げる幼子のように、馬上のエリオンを振り返る。きっと彼女は、兜の下でエリオンが微笑んでくれていると思っているのだろう。しかし実際にはそのフェイスガードのうちでエリオンが浮かべていた表情は、憂鬱なものだった。
(ティトゥレー……ルゥリィ……カルラ……ビズリィ……)
エリオンは、その五十年のキャリアの中で、何人もの若い冒険者を育ててきた。ルゥリィもその一人であるわけだ。その前はルゥリィで……みな、ダンジョンの中や、あるいは街の陰謀の中で、命を落としてきた。
(ティトゥレー、この子だけはせめて……)
エリオンはそう願った。とても身勝手な願いだと思った。ティトゥレーがそのプライドのありかを冒険者に求めたのは、他ならぬエリオンが原因だ。憧れ。あるいは恩返し? なんにせよ、エリオンによる感化によって、死の危険と隣り合わせで、しかももう街の中での立場すらなくなっていく運命に引き込んでしまったのだ。エリオンは罪の意識を感じていた。
ふと、通りの脇を固める群衆に目が行く。見物客のなかに、二つの小さな影を彼は見とめた。黒毛の猫族の少年と、彼に手を引かれる幼いエルフの少女だ。
(あんな感じだったんだろうな。あの頃の俺たちは……)
エリオンの脳裏に、五十年、いや六十年は昔の光景が思い出され……。その追憶は鎧の胸甲に固いものが当たるカーンという音で途切れた。
過去に心を飛ばしていたエリオンは我に帰る。あの黒い猫族の少年であった。黄色い瞳をいっぱいに見開いて立ちすくんでいる。手には石の欠片があった。キナの手を引いていたもう一方の手で、無意識に石を拾い、そして──
「ピーーーーッ!!」
けたたましい警笛の音が鳴る。エリオンたちの騎馬の列を護衛していた鉄錠級冒険者が、今の投石行為に気付いたのだ。
「タンザ!」
声が上がる。同時に猫族の少年の後ろから覆い被さる者がいた。少年の体を押さえつけ、地面に組み伏せる。周囲がざわつき始める。警備の鉄錠級冒険者たちが剣に手をかけた。
「レカ!?」
エリオンはつい名前を呟いたが、それは兜の中から漏れることはなかった。ホワイトゴールドのポニーテールが振り乱される。
「す、すまねえ! ほんの子供のいたずらでよぉ」
レカがタンザを押さえつけながら言った。正直苦しい言い訳だった。冒険者ギルドはおそらく寛大な措置をするだろうが、石を投げた人間の身柄が拘束されることは避けられそうにない。
「エリオン様に危害を加えようとしたな!?」
鉄錠級の冒険者が声を上げた。まずい。エリオンは思った。一年で最も重要なパレード警備の任務の緊張感が、寛容さを取り除いてしまっていた。
「獣人のガキめ!」
見物客の人間の市民の間から怒声が上がる。ジャドワが反乱を起こして以来、やっと奴隷上がりの二級市民と認められた獣人たちは、再び偏見に晒されるようになっていた。状況が悪化していく。
「獣人は信用できない!」
群衆の怒りが膨れ上がる。鉄錠級の冒険者たちが剣を抜いた。しかしエリオンが介入しようとする前に、声が上がった。
「待ってください!」
群衆をかき分けて現れた青年の声が響いた。息を切らして駆けつけたその人物は、見物客の中に紛れていた一人の若者のように見えた。質素だが品のある外套を羽織り、顔には汗を浮かべている。エリオンはその顔に見覚えがあった。
(あの若者は……)
「私は見ていました!」
テル・アルエイシス。ロドヴィコの息子にして、レカの幼馴染、い。その声が群衆を圧した。彼は震える手を上げ、必死の形相で叫んだ。
「あの子に石を投げるよう指示した傭兵がいたんです! 僕はその一部始終を目撃しました!」
ざわめきが起こる。群衆がどよめき、冒険者たちも剣を収めてテルを見た。
「何だって? 傭兵が?」
鉄錠級の冒険者が眉をひそめた。テルは懸命に頷く。その青い瞳には、必死の光が宿っていた。
「はい! 毛皮の外套を着た大柄な傭兵でした。この子に金貨を握らせて、『英雄様に石をぶつけてみろ、面白いことになるぞ』と唆していたんです!」
群衆の雰囲気が一変した。傭兵ギルドへの不信は、ジャドワの反乱以来、街全体に根深く残っている。橋の封鎖事件や、各地での恐喝行為。市民たちの記憶に新しい傭兵の横暴が、テルの証言に信憑性を与えていた。
「また傭兵の仕業か!」
「あいつらのせいで子供が!」
今度は傭兵ギルドへの怒りの声が上がる。レカは地面に押さえつけていたタンザを解放し、彼を抱き上げ、群衆の壁の向こうへとゆっくり下がっていく。猫族の少年は震えている。 エリオンは兜の中から、ずっと視線を送っていた。
「そ、そうです!」
突然、別の見物客が手を上げた。中年の商人風の男だった。
「私も見ました! 確かに傭兵が何かこの子に話しかけていました!」
実際には何も見ていなかったが、傭兵ギルドへの日頃の恨みが彼を偽証に駆り立てた。魔法科学ギルドの特許料、冒険者ギルドの警備費に加えて、傭兵ギルドの「寄付金」まで取られている商人たちの不満は深い。
「私も見ました!」
「傭兵の仕業に違いない!」
次々と「目撃証言」が上がる。真偽のほどは定かではないが、群衆の心理は完全に反転していた。
エリオンは馬上で複雑な表情を浮かべていた。いつのまにかレカたちは人混みに紛れて消えている。
「鉄錠級!」
エリオンが声を上げた。人々の「証言」に注意を向けていた冒険者たちが、気をつけの姿勢をとった。
「……警備強化の上、パレード続行だ。大した話ではない」
行進が再開される。エリオンの騎馬が再び進み始め、ティトゥレーが気を取り直して手を振っている。群衆も再び歓声を上げ始めた。 エリオンは馬を進めた。一行は街の正門から大通りを通り、橋を通って中央街区の坂を登り、大時計塔の根元の広場に向かうことになる。栄光の坂を登るという験担ぎである。
*****
「レカ姉ちゃん、オレ、オレ、なんか頭、ぐじゃぐじゃになってさ……なんか、キラキラした冒険者たちを見てたら、なんか、なんか……たまらなく恨めしくなって……」
泥と雪が混じり、いつもより汚く見える路地で、レカとテルはタンザに話を聞いていた。タンザはキナの手をぎゅっと握りながら、黄色い瞳から大粒の涙を流していた。
「いい、いいんだ。お前は……疲れてるんだよ。仕方ねーって」
レカはタンザをぎゅっと抱きしめながらそう慰めの言葉をかけていた。傍のキナは所々擦り切れた厚いコートをおもむろに脱ごうとしては、テルによってふたたび着せられる。まだ意識がはっきりしていないらしい。今回パレードを見にきたのは、キナのリハビリが目的……。まさかこんなことになるとは思っていなかったが。タンザはレカの腕の中で言う。
「仕方なくなんかない。オレは……悪いやつだ。八つ当たりだよ。ジャドワさんだってきっとこんな感じだったんだよ。あの人だってわるいやつなんだ。いくら頭ん中ぐじゃぐじゃでも、行動にしちゃったんなら悪いんだよ」
レカとテルは顔を見合わせる。タンザの獣人傭兵部隊への憧れ……それはおよそ、この街の獣人たちがみんな持っているものだった。レカはいっそうタンザをぎゅっと抱きしめ、優しく語りかける。
「そうかもしれねえけどさ。あーしはオメーを許すよ。ジャドワを許さなくても、オメーのことは……」
レカはテルに目配せして、タンザとキナを抱えて建物の上へと飛んだ。元々、レカとテルは中央の大東系統前広場までタンザとキナと一緒にパレード見物に行くつもりだった。しかしこうなっては救貧院に帰るしかない。テルに先に行っててくれということだった。テルはコートの襟を立て、ポケットに手を入れて大通りに戻ろうとした。
「クク、小僧、なかなか機転が効くじゃねえか」
意外な声だった。振り向いたテルの目に飛び込んできたのは、巨漢の獣人ガズボだった。
「見てたんですか、ガズボさん……」
生肉をくちゃくちゃ食いながらの登場だ。食べ終わると骨を雪の路面に投げ捨て、手を黒いコートでゴシゴシ拭いた。そして彼は馴れ馴れしく、テルの肩に腕を回してくる。と言っても、体格差がありすぎて、ガズボにとっては小包を抱え込むようなものだったが。
「浮かねえ顔してるじゃねえか? 坊や。ひどいものを見ちまったって顔だぜ?」
むわっとするひどい体臭と巨体が生み出す熱気に当てられ、テルは呻いた。
「うっ、あの子があんなことするなんてほんとびっくりで……」
その言葉のせいか、ガズボはテルを離してやった。テルはゲホゲホやって、ぬるい臭気の代わりに冷たい空気を必死に肺に入れる。
「ッケ、なーんにも分かってねえんだな、おめーさんは」
ガズボがテルの肩に再び腕を回した。その重い腕は、まるで鉄の鎖のように感じられる。
「この街の自由身分の最上位に生まれたおめーさんにはわからんかもしれんが、自由が前提である貴様らとは違って、俺たちは常に自分の自由を証明する必要がある。悪いことをして、そして捕まらない。それは究極の自由の証明だと思ってる」
テルは息苦しさを感じながらも、ガズボの言葉に耳を傾けた。真近に迫ったその金色の瞳には、野獣のような輝きと、同時にどこか深い悲しみが宿っているように見えた。
「レカの姐御は証明しなきゃいけない方さ。おめーさんも知ってるだろ? 獣人どもの絶望がわからなけりゃ、あの小娘のことも理解はできねえ。餌付けとお絵描き遊びだけで対等な場所に降りてきてるつもりかよ? それで何がわかるようになるんだ? あのガキがなぜ石を投げたのかも理解できまい」
その言葉は、テルの胸に鋭く突き刺さった。確かに自分は、救貧院での絵画教室や食料の配給を通じて貧民街に関わっているつもりだった。しかし、それは本当に彼らを理解することになっているのだろうか。
「……ガズボさんは、レカのことを色々ご存知なんですね」
テルの声は少し震えていた。ガズボは巨漢の体を揺らして、ククク、と笑った。
「あの女暗殺者はな……なかなかに可哀想だぜ。知ってんだろ?」
ガズボの言葉には、テルが予想していなかった感情が込められていた。この明らかに危険な雰囲気を纏った男は、レカ以上に人を殺しているに違いない。しかも凄惨に、残酷に、己の楽しみのために……。あの闘技場での振る舞いを思い出すだけでもそう確信できた。しかし、レカの前でだけは勝手な真似をしないと、なぜか信じられるのだった。テルはその獣臭にむせそうになりながら、意を決して訊ねる。
「あの……ガズボさんは、なぜレカに……」
「尻尾振ってるかってことか?」
ガズボの金色の瞳がジロリとテルを射る。テルは一瞬身がすくんだが、ごくりと喉を鳴らして、ちゃんと質問した。
「え、ええそうです。確かにレカは、覚醒した赤い瞳のおかげで力も強いですし、格闘センスも天才的で、戦闘に秀でるであろうガズボさんが目をかけるのもわかります。でもあなたにはそれ以上の感情を感じる」
ガズボはそれを聞くと、テルを解放して豪快にハッハッハと笑った。雪が舞う路地に、その笑い声が不気味に響く。そして少し機嫌が良くなったのか、饒舌に語り出す。
「そうだなぁ。確かに俺はあのメスガキには、ウザさ以外の……憐憫のような……娘がいればこのくらいかなあ? なんて思うこともあるのよ」
テルはじっとそれを聞いていた。良かったと思った。目の前の半獣人はまるで街の正門のような巨大さだ。こんな危険そうな人でも頼もしく見える。レカにそういう視線を向けてくれているなんてことは、テルには本当に意外だった。雪片が二人の間に舞い落ちる中、ガズボの表情が一瞬だけ優しくなったように見えた。なんとなくテルにも、戦いは強い弱いではないことはわかる。父ロドヴィコは、自分より格上の貴族相手にも、怯まずに決闘を挑んだと聞いている。レカに敵わないだろうガズボがレカの心配をしているのは、そういうことなのだろう。
「だがなあ」
突然、ガズボはキバを剥き出しにした狂気の笑みをテルに向けた。テルの雪の寒さで凍てついた顔がさらに冷たくなった。その笑みには、底知れない暴力性が宿っていた。
「結局俺の腹に収まるんだよ、全ての強者は。ジャドワも、レカの姐御もな」 「レカはこの街最強です。あなたには負けません。それにジャドワは、あの日、よくわからない魔力に飲まれて消えたじゃないですか」
テルの声には、幼馴染への信頼が込められていた。しかしガズボは、んー、とうなって人差し指の爪で自分の顎をポリポリ掻いた。人間の胴体も引き裂けそうな鋭い爪だった。
「何も知らねえんだな」
ぶっきらぼうな一言だった。しかし、ガズボの言葉にはもっと深い意味が込められているように感じられた。
「なあ坊主……」
ガズボの声が、急に静かになった。その変化に、テルは身構える。
「レカの姐御には、なんの自由も感じない。あのメスガキは俺らのリーダーやってるが、俺のような闘技場奴隷や、先の見えてる終わった娼婦のシャルトリューズより、ずっとずっと自由がない。だから、可哀想だって言うんだよ」
その言葉は、テルの心を深く揺さぶった。レカに自由がない? あの強く、誇り高い彼女に?
「あのメスガキを殺しても、きっと、俺は満たされねえな……」
ガズボは空を見上げながら、まるで独り言のように呟いた。雪が彼の毛深い顔に降り積もり、一瞬だけ、その表情が哀しげに見えた。
「ガズボさん……」
テルが何かを言いかけた時、遠くから祝砲が響いてきた。パレードが大時計塔前広場に到着したことを告げる音だった。
「行けよ、坊主。おめーさんの見たがってるお祭りが始まってるぜ」
ガズボはテルの肩から腕を離し、路地の奥へと歩き始めた。その巨大な背中が雪の中に消えていく前に、彼は振り返らずに言った。
「だが覚えとけ。この街で本当に自由なやつなんて、一人もいやしねえんだ」
