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山陽道をゆく chapter1-16 倉敷・直島(16)


僕たちはterraceテラスに出た。島の西側の高台は瀬戸内海を偏西風に乗って立っていられないほどの強風が吹き荒れていた。


→chapter1-15 倉敷・直島(15)



Fさんが何か古いboatを半分にしたようなobjetオブジェについて説明し出したが、僕たちは突風に煽られてそれどころではない‼️

大竹伸朗 [シップヤード ワークス 船底と穴]


国吉康雄
Mr.Aceミスターエース1952年


僕たちは急ぎ建物の中に戻った。満席のcafeとmuseum shopを横目に僕たちはFさんに従い、もと来た階段を掛け下りた。

椅子が並べられているだけのLobbyの無機質のConcreteコンクリートの壁に掛けられている絵画を指び差し、僕の記憶が正しければこの時Fさんは、

「ここに掛けられている絵画🖼️はCircusサーカスのClownピエロをMotifモチーフにした国吉康雄画伯のMr.Aceです」と何の設問も解説もなく、いきなり答えを出した。

『Jokerジョーカーを辞典で引くと、よく冗談を言う人・陽気な人のことを指す。トランプのJokerジョーカーにはClownピエロ(道化師)が描かれているのがほとんどである。それで行くとこの絵画はMr.JokerジョーカーとすべきところをなぜMr.ACEと命名したのか⁉️、この作品にまつわるepisodeを知りたい‼️』僕はこの素朴な疑問を尋ねてみたくなった・・・・

ところがFさんはそれだけ言って次の作品へ進んだ。僕は急ぎshutterを切り、みんなの後を追った。

name plate
ミスターエース
国吉康雄


『国吉康雄画伯?』

以前、[なんでも鑑定団]のTV program番組でこの名を耳にした覚えがある。

国吉康雄画伯(ク二ヨシ)はAmerican modernism(近代主義)画家として日本(岡山)生まれながら終生Americaを拠点に活躍した。同時期のキュビスムcubismeのPablo Picassoパブロ・ピカソとは交流があった。




僕は後日、この記事の執筆に当たり、念のためこの絵画🖼️をGoogle Lenz appでscaningし、name plateの画像と絵画が一致するかcheckした。さらにBenesse のPamphletとも位置関係を確認した。


1952年、最晩年となる63歳の時に描いた《ミスターエース》は、国吉が「自分の最高作」と述べた作品で、国吉の芸術世界の到達点と言える。この時期、国吉はたびたび道化師や彼らが使うマスクを描いている。晩年期には国吉は、明るく発色し速乾性のあるカゼイン絵具を用いており、まるで発光しているかのような明るさと乾いた質感は、この時期の作品の特徴だ。しかしその明るさ、鮮やかさに反して、仮面の下の道化の眼は鋭く、何か言いたげでこちらを嘲笑するかのような口元には、背筋がヒヤリとする怜悧さを感じさせる。

(Feature)   artagenda.jp


いわゆるFukutake Collection福武コレクションである。一部を2003年4月に岡山県立美術館に寄贈された。


国吉康雄展
岡山県立美術館
全国で展覧会が開催された
僕は京都市図書館で本📕を借り読んだ




このBenesse House Museumの母体はBenesse corporationである。

Benesseといえば[進研ゼミ]がまず浮かぶだろう。





教師出身の創業者福武哲彦氏は1963年昭和43年に当時珍しかった通信添削[進研ゼミ]の高校講座を始めた。それを皮切りに小中校へ拡大し、全国模擬試験を実施するなど岡山の小さな出版社に過ぎなかった[福武書店]を総合教育出版社へと飛躍させた。




福武哲彦氏は美術収集にも熱心で岡山生まれの洋画家国吉康雄の作品を始め、ルノワール・シャガールの名作の収集家でもあった。




その後を継いだのが、長男總一郎氏である。Benesse corporationと改名し、株式上場を果たす。[mesenat]メセナ事業]にも大変熱心で1992年直島に安藤忠雄設計のBenesse House Museumを始め、地中美術館などを建設など、直島をART島へと変貌させた。




1992年Benesse corporation新本社ビルを創業の地、岡山市内に建設した際、その建物の一角に国吉康雄美術館を竣工させた。当時としてはまだ珍しかった高層ビルの建坪率の関係で出来たspaceを利用してART Galleryを展開した。只、時代より早すぎたのか⁉️、残念ながら土日休みの本社ビルとあって来館者は少なく、現在、資料館になっている。


ベネッセコーポレーション本社ビルは、JR岡山駅より北東へ約1.5kmに位置し、発祥の地という由緒だけではなく、同社にとって永年の夢であった地域文化の育成と豊かな街環境の拠点として計画された。
敷地は周囲の風景や風土を生かせる環境との連続性を大切にした全体計画が見て取れ、備前焼きの大型陶板を積み上げ、積極的に街の風景を公園化した。
この建築は、日建設計大阪オフィスにより設計され1990年(平成2年)に竣工した。岡山では初期の高層ビルである。単なる公開空地を超えた街の公園として計画され、地階から1~2階低層部に世界的な画家である国吉康雄コレクションの美術館(現在は資料館)を核とした種々の彫刻や絵画の展示、世界の雑誌を並べるギャラリーを配置するとともに、地階大ホールホワイエ、さらにサンクンガーデンに連なる一体化された空間を公開空地として一般に開放した。
建築空間も温暖な瀬戸内気候にあり、自然と一体であった日本の伝統的空間手法を追求して、地下大ホールは古い寺の本堂のごとく、すべての仕切りを開くとそのままサンクンガーデンへ広がる大ホールとなり、公開空地としたエントランスホールは庭口の自然を取り込んだ広い縁といった趣きを醸し出した。
オフィスは3階から14階に位置し、「人と人の語らい」を大切にすることをテーマとしてコアの開放を図り、“コア”内の廊下・階段を広いギャラリー空間として、オフィスと一体化、柱や固定壁をなくすだけでなく、上下階を分断するコミュニティの“壁”も取り払った。オフィスには全面コルク、語らいの場にはサンクンガーデンから屋上庭園まで板貼りなどの自然素材の感触や視覚によりやさしい空間となった。
オフィスの窓からは旭川から岡山後楽園へと至る自慢の風景を見渡せる部分をすべてガラスのみとした特殊サッシュとしている。
企業の事務所建築でありながら、公開空地の概念を建築内部にまで取り込み積極的に地域開放を行っており、建設時に於ける時代の最先端となっており、全体形状も大変スッキリした安定感のあるデザインは地域のシンボルとして親しまれている。

文化庁 ベネッセ・コーポレーション本社ビル 近代の文化遺産保存と活用より



[福武collection]がBenesse Mecenatメセナの源泉を成し、本社ビルの一角に国吉康雄美術館を設営するなど、僕は国吉康雄画伯とBenesse groupとがこんな深い繋がりがあるとは全く知らなかった。


柳幸典【ザ・フォービドォン・ボックス】1995年


次にFさんが案内したのは、階段下の無機質のコンクリートの壁を借景に【ザ・フォービドォン・ボックス】作品が展示されている。

「箱📦には[LITTLE BOY]と書かれている」とFさんは説明した。

「LITTLE BOY⁉️僕は思わず聞き返した。

「Americaが広島に投下したものですよ」とFさんは低い声で答えた。

これが核兵器廃絶の無言のmessageだと知ってゾクとした。

なぜMr.ACEなのか?僕の素朴な疑問はこの時、木っ端微塵に吹っ飛んでしまった‼️。

Modern ARTと呼ばれる作品は[表現]という領域をはるかに超えてよりmessage性を帯びている‼️。


十五夜の石の円
リチャード・ロング作1997年



僕たちはFさんに導かれるように円筒形の建物の廊下から長方形の建物に入場した。


chapter1-17 倉敷・直島(17)→ To be continue


Postscript 追伸

*Benesse corporationは2014年7月に[進研ゼミ]と[こどもチャレンジ]の顧客情報流出事件を起こしている。流出規模は3504万件に及ぶという。当時大きなNewsとなり、その後進研ゼミ会員も大きく減少し、2016年まで赤字が続いた。我が家にもこの頃prepaid card ¥500が送られて来たことを覚えている。

僕の子供たちが[Benesse]と関わっていたことすら忘れていたくらい昔の話だ。何十年も前に遡っての累計3504万件ということになる。一件当たりの¥500より事務経費の方が高くついたであろうことは容易に想像できる。しかし膨大な出費を惜しまず放出、3504万件と想像を絶する数の会員・元会員に何年も掛け、詫び状と共に¥500を送り続けた。




僕はこの¥500を本の購入の足しにした。また、詫び状などはshredderシュレッダーの受け箱に落ちた。そして忘れた。只、[ベネッセ]の4文字だけが確実に良いimageとなり、記憶に刻まれた。


good notes 6 app
used apple pen


Poker gameではJokerは全てのcardに成り得る。

手元に運よくJokerが転がり込めば、対戦相手に悟られないよう心の中でこう叫ぶ、

『やった‼️』

これで最低限One pairは確保できた。次の交換の時にはThree cards, Four cardsに成りさえすれば、より勝利は近くなる。

Mr.Jokerは最高位のAceの仮面を被り、虚勢を張って見せ、常にMr.Aceを演じ続けなければならなかった。

[Mr.ACE]、これが僕の勝手な解釈である。

人は表裏二面性の持ち主でもある。


サーカスの人物は、国吉が好んで取り上げたモチーフであったが、戦前は健康的な*体躯(たいく)を見せるサーカスの女性が描かれたのに対し、戦後になると、仮面を付けた男性の道化師が描かれるようになった。
 この作品では、仮面から素顔を覗かせた道化師が立ち、右手を挙げてポーズを取るさまを描く。道化師のひざから下りトリーミングされている代わりに、画中画となっているポスターの中の道化師はひざから下を見せている。
 赤を基調とした平面的な画面構成のなかでひときわ際立つのは、マスクを取った道化師の顔である。極めてニュアンスに富んだ表情をもっているのにもかかわらず、色彩に欠いた皮膚は死人の皮膚のようで、違和感を与える。半ば取り外している仮面はグロテスクの緑色であるが、かえって道化師の衣装と調和しているとも言える。
 最晩年に描かれた、画家の代表作と言えるこの作品には、ストレートな自己表現が叶わず、仮面を被って生きていかざるを得ないこの時代の人間の姿、またその生き方を強要する。一見明るいながらも残酷さをあわせもったこの時代の社会のありようが示されている(NH)

国吉康雄展 岡山県立美術館 作品解説 ミスターエース p289
 油絵・カンパス1952  福武コレクション 


*体躯(たいく)=主に人間や動物の身体の骨格や全体的な構造を指します。体つきや体格を表現する時に用いる言葉、

例文:彼は大柄な体躯を活かしてスポーツ界で活躍している。

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