観測|便利になるほど、人間は何を失うのか
「赤ちゃんの寝かしつけをしてくれるAIロボットがあったらいい」
そんな話を見かけました。
寝かしつけは大変です。
抱いても泣く。
置いたら起きる。
また抱く。
揺らす。
声をかける。
ようやく眠ったと思ったら、少しの物音で目を覚ます。
親にとっては、かなり体力を使う時間です。
だから、
「そこをロボットに任せられたら楽になる」
という発想自体は、とても自然です。
けれど、私はそこで少し立ち止まりました。
逆なのではないか。
ロボットに任せるなら、そこではないのではないか。
掃除。
洗濯。
食器洗い。
買い物。
料理。
ゴミ出し。
そういう、人間がやらなくても生活が成立する作業をロボットに任せる。
そして、そのぶん生まれた時間を、
赤ちゃんを抱く。
顔を見る。
手を握る。
声をかける。
一緒に遊ぶ。
泣いている理由を考える。
何もせず、ただ隣にいる。
そんな時間に使う。
私は、そのほうがAIやロボットを使う意味があるように思います。
「寝かせる」という作業だけを見る
赤ちゃんを寝かせる。
これだけを目的にすれば、
「どうすれば最短で眠らせられるか」
という問題になります。
抱く。
揺らす。
音を流す。
室温を調整する。
眠くなるタイミングを予測する。
そうやって、睡眠という結果に近づけていく。
技術が進めば、かなりのことが自動化されるでしょう。
でも、ここで一つ分けて考えたいことがあります。
寝かせることと、寝るまで一緒にいることは、同じでしょうか。
親からすれば、どちらも「寝かしつけ」です。
でも、赤ちゃんにとっては違うかもしれません。
抱かれている。
声を聞いている。
触れられている。
泣いたら誰かが来る。
自分の存在に反応してくれる人がいる。
そういう経験は、「睡眠」という結果だけでは測れません。
だから、子育てを作業としてだけ見てしまうと、
「寝かしつけは面倒だから機械に任せよう」
となります。
けれど、子育てを関係として見ると、
「その時間にしか経験できないものがある」
という見方が出てきます。
子育てが作業になっていないか
ここで問題なのは、
「ロボットに任せるのは悪い」
ということではありません。
むしろ逆です。
私は、もっとロボットに任せていいと思います。
親がすべての家事を抱えて疲れ切ってしまえば、子どもと向き合う余裕もなくなります。
「親が全部やることが愛情」
にしてしまえば、今度は親を潰してしまう。
だから必要なのは、
「人間が全部やる」
でも、
「ロボットに全部任せる」
でもありません。
人間がやる意味のあることと、機械に任せていいことを分けること。
そこです。
問題は、子育ての中にあるものを全部「作業」として扱ってしまうことなのではないでしょうか。
「何時までに寝かせる」
「何回食べさせる」
「何時間遊ばせる」
「何を何個できるようにする」
数字にできるものは管理しやすい。
効率化もしやすい。
でも、
「今日はどんな顔をしていたか」
「何に興味を持っていたか」
「何を見て笑ったか」
「なぜ泣いていたのか」
「ただ抱いていた時間」
こういうものは、効率化しにくい。
そして、効率化しにくいからこそ、価値がないわけではありません。
AI時代に「人間に残すもの」を考える
AI時代になると、
「人間にしかできない仕事は何か」
という問いがよく出てきます。
でも、私は少し違う問いをしたい。
「人間にしかできない仕事」ではなく、「人間がやる意味のある時間は何か」。
こちらです。
これは、かなり違います。
仕事という枠組みで考えると、
「AIにはできない能力を人間が持たなければならない」
という話になります。
でも、生活として考えれば、
「何を機械に渡して、何を人間同士の時間として残すのか」
という話になります。
掃除をロボットがしてもいい。
料理を機械がしてもいい。
買い物を自動化してもいい。
事務作業をAIがしてもいい。
でも、その結果として人間同士が一緒にいる時間まで減ってしまったら、
何のための便利さだったのか。
ということになります。
「便利」は、減らすことだけではない
便利になる。
という言葉には、
「人間がやらなくていいことが増える」
という意味があります。
でも、それだけではありません。
本当は、
「人間が大切なことをする時間が増える」
ことまで含めて、便利なのではないでしょうか。
家事がなくなる。
仕事が減る。
面倒な作業がなくなる。
そこで空いた時間を、また別の作業で埋めるのか。
それとも、
誰かと一緒にいる時間にするのか。
自然を見る時間にするのか。
子どもの顔を見る時間にするのか。
自分が何を感じているのかを観る時間にするのか。
ここで、AI時代の問いが変わります。
「AIに何をさせるか」
ではありません。
「AIによって空いた時間を、人間は何に使うのか」。
私は、こちらのほうが大きな問いだと思います。
そして、この問いは子育てだけでは終わりません。
介護も。
教育も。
夫婦関係も。
友人関係も。
人生相談も。
すべて同じところにつながっていきます。
次回
AIに人生相談をする人が増えています。
「私は悪くないですよね」
「この選択で合っていますよね」
「私を認めてください」
AIは、かなり上手に答えてくれます。
では、その答えは本当に「自分を知るための答え」なのでしょうか。
それとも、
自分が欲しかったものを、返してもらっているだけなのでしょうか。
次回は、AIを「鏡」として観測します。
