フットボールアワーが「ニ度目の優勝」を目指してM-1に再参戦をすることになった理由-後藤と岩尾、それぞれの証言
2001年に産声を上げた「M-1グランプリ」であるが、当初は注目度もあまり高くはなく、関西では視聴率20%超えとはなっていたが、関東では10%にも満たなかった。
そんなM-1グランプリが注目されるようになったきっかけとして、2004年の第4回が一因であると指摘されている。アンタッチャブルがその年は優勝しており、初の関東勢、そして前年2003年に敗者復活から勝ち上がって3位に食い込んだというドラマチックな展開で、ついには翌年優勝を果たした。
このM-1グランプリの変化について、ナイツ・塙宣之は制作費の観点から以下のように語っている(*1)。
塙宣之:本当に裏話ですけどね。アンタッチャブルさんが優勝するまでの2004年で、それでやっぱり2005年から、めちゃくちゃ制作費が上がったらしいんですよ。
柴田英嗣:なんで?
塙宣之:やっぱ、凄い話題になったから、アンタッチャブルさんが。
塙宣之:凄い話題になったから。
土屋伸之:なるほどね。
塙宣之:だから、2004年までのM-1って、せり上がりじゃないんですよ。
柴田英嗣:ああ、違ったね。
塙宣之:そう。結構、今見ると、割としょぼいセットで。
柴田英嗣:そう、そう。色味もね。
塙宣之:色味もないんですよ。
土屋伸之:今、凄いからね。
塙宣之:で、ザキヤマさんがもう、あの普通のテレビみたいなセットから、「ど~も~!」って出てきてるから。
土屋伸之:出てきてた(笑)
塙宣之:やっぱりそれは多分、いつものアンタッチャブルさんと同じ感じでできてて。で、2005年のM-1から、グオーッて上がる、要するに「M」ができて。
柴田英嗣:できたね。
塙宣之:あれがグーッと出てきたから。あれ、今見るとなんか、全然違うんだよね。
柴田英嗣:昔のは、結構チープだよね、映像見るとね。
土屋伸之:はっはっはっ(笑)
柴田英嗣:「あれ?」みたいな(笑)寄席的な感じだよね。今は「ショー」っていう感じだけどね。
M-1グランプリ2004以前
M-1グランプリ決勝の舞台で言えば、2004年までと2005年からは大きく変化している。塙の指摘通り、2004年までは舞台袖から登場してセンターマイクに向かって漫才を始めているが、2005年からはせり上がりでコンビが登場している。大きな「M」「1」の文字に挟まれたその舞台は、電球が数多く装飾され、明らかにきらびやかなセットとなっていた。
注目度とともに予算も多くなったことが如実に分かる変化であり、2005年以降は現在の大会と遜色のない、「これぞM-1グランプリ決勝」といった様相を呈している。なお、こうした舞台が大きく変化したこともあり、2005年からはテレビ朝日本社第1スタジオに場所が移されている。
今やM-1グランプリと言えば、優勝すれば芸人として人生が変わる、夢をその手に掴むことができる賞レースとなっている。だが、それは注目度が高くなってからの話であり、2005年以降はそうではなかったという。2003年に優勝したフットボールアワー・岩尾望は次のように語っている(*2)。
井口浩之:東京に来て、仕事は増えていった、と。
岩尾望:M-1とったぞ、それで東京に出てきて。M-1チャンピオンやっていうつもりで番組出てんねんけど。
久保田かずのぶ:はい。
岩尾望:当時のM-1の影響力が、まだそこまでないっていうのと、M-1よりなんかエンタとか、そっちの方がブームやったから。
井口浩之:ああ、その時代か。
岩尾望:「チャンピオン」みたいな感じで出てきてるけど、なんかあんま「そこまで知りませんけどね」みたいな感じの空気やって(笑)
久保田かずのぶ:エンタがあって、M-1みたいな感じ?
岩尾望:みたいな感じ。
井口浩之:エンタとか、レッドカーペットとか、あのへんの時代ってことですよね?
岩尾望:そう、そう。オンバトとか。
井口浩之:はい、はい。
岩尾望:一個のそういう大会、ぐらいにしか思われてなくて。「あれ?なんかちゃうなぁ」みたいな。
久保田かずのぶ:たしかに、違和感ありますね。
岩尾望:うん。全然、なんかエンタとかそういう芸人さんとかの並びの一緒くたにされて。
井口浩之:はい。
岩尾望:「あれ?なんかこんな感じからやらなアカンの?」みたいな、なって。
井口浩之:ああ。
岩尾望:で、特にひな壇全盛の時代やったから。
井口浩之:はい。
岩尾望:もう4壇、5壇あるようなひな壇の上の方に座らされて。
久保田かずのぶ:うわぁ、しんどいなぁ。
岩尾望:特にそんなところで、「わー、ちょっと待てくださいよ!」っていうタイプでもない。後藤もまだ、当時そこまでやりきる方じゃないっていう。
井口浩之:うん。
岩尾望:だから、2人ともなんかやらなアカンけど、上手いこといけへん、みたいな。
井口浩之:うん。
岩尾望:なんかこう、全然思うように行ってへんなっていう感じ。
井口浩之:うん。
岩尾望:でも、M-1の後に、ベンツ、ゲレンデ買って。それも東京にまぁ持ってきて。東京のどこの局行くのもゲレンデで行って。大きなひな壇、上の方で何もできず、なんやったら一言も2~3時間の収録、喋れず。
井口浩之:うん。
岩尾望:でも、地下駐からゲレンデで帰っていくねん。
久保田かずのぶ:はっはっはっ(笑)
岩尾望:その日々が続くねん。「何してんの?これ」って思って(笑)
後藤が見たブラマヨの活躍
チャンピオンイヤーで大ブレイクを果たしたという実感はなかったようであり、この点は相方・後藤輝基も同様に考えていたという(*3)。
後藤輝基:テレビの出方、平場の出方がコンビでやっぱ違いすぎた。で、そうこう言って、なんか営業とかも行って…営業もええねんけど。
川島明:はい。
後藤輝基:営業もええねんけど。
川島明:はい。
後藤輝基:「もっときらびやかな感じを…」と思ってて。で、ブラックマヨネーズのM-1を見ることになんねんなぁ。
川島明:優勝した、あの伝説の。
後藤輝基:うん、そう。
川島明:本人も言ってますけど、あれはマジで伝説でした。
後藤輝基:はい。今やから言えますけど、凄かった。
川島明:とんでもなかったです、あの漫才は。
後藤輝基:うん。あれを見て、衝撃というか。
川島明:ホンマ、昔から見てるからですよね。
後藤輝基:うん。あんな面白くなかったもん。いや、先輩やから失礼な言い方かもしれんけど、正直あんなに面白くなかった。
川島明:ところが…
後藤輝基:ところが、俺らが見てないその数年間で、もう俺、びっくりして。
川島明:分かります。
後藤輝基:いや、笑われへんかってん。営業先で見てん、覚えてるわ。
川島明:ああ。
NSC13期のブラックマヨネーズ、そして14期生のフットボールアワー。先輩・後輩ではあるが、距離感的に近い間柄であるフットボールアワーのM-1での漫才を見た後藤は、次のように衝撃を受けたと語っていた。
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