<日本灯台紀行 旅日誌>四国編(8)
<日本灯台紀行 旅日誌>四国編(8)
動画版https://youtu.be/BTnOmov-zfE
~辺境の灯台をめざして~
七日目(1) 2022-11-18(金)
屋島の朝日
男木島行フェリー1
四国旅、七日目の朝は午前五時まえに起きた。あたりはまだ真っ暗だった。車内で、身支度、整頓、歯磨きを終え、トイレへ行って顔を洗った。ついでに、ごみを捨てようと思ったが、ごみ箱がどこにもない。施設の周りをぶらっと歩いた。きれいに整理整頓、管理されている。ただ<野宿禁止>だとか<ごみ捨て禁止>だとか、注意事項を書いた看板がやたら目に付く。強権的な管理をしているな。ちょっと嫌な感じがした。結局、ごみは車に持ち帰った。
まだ早いと思ったが、出発した。早く着く分にはいいだろう。フェリーに乗る前に、朝日があたっている灯台が撮れるかもしれない。走り出してすぐ、朝のコーヒーが飲みたくなって、コンビニに寄った。缶コーヒー、一本だけをレジカウンターへ持っていった。東南アジア系の若者が、仏頂面して突っ立っている。支払いは、機械になっていた。ふと、気まぐれで、<機械になって便利だね>と若者の目を見て、声をかけた。異国の若者の、浅黒い顔に、人間らしい表情が戻った。こちらの言葉を理解したようで、ちゃんとした日本語が返ってきた。
彼がどういった事情で、早朝のコンビニでバイトをしているのか、見当もつかない。だが、アジア系の若者が、日本で生きていくには、このような仕事しかないのだろうと思った。出口に向かった。<ありがとうございました>。若者らしい声がうしろで聞こえた。
まだ真っ暗な、市街地の道路は、すいていた。だが、交差点では、必ずと言っていいほど、赤信号で止められた。そのうち原チャリが脇を走っているのに気づいた。それが一台や二台ではない。かなりの台数だ。こんなに朝早く、どこへ行くのだろう。漁業関係の市場は早いから、そこで働いているのかもしれない、と思った。
サンポートのコインパーキングには、六時ころに着いたようだ。レストランに近いほうの駐車場に車を止めた。昨日は満車で止められなかった。こちらのほうが、たしょう灯台に近い。街灯の下には、車が数台止まっていたような気がする。
重いカメラバッグを背負って、昨晩同様、岸壁のベンチへ向かった。あたりは、まだ薄暗い。玉藻防波堤灯台は、いまだ深紅に輝いていた。三脚をセットして撮りはじめた。だが、いくらもしないうちに、あたりが明るくなり始めた。すると、灯台は深紅の輝きを失い、赤まだら模様へと変化した。周囲の明るさを感知するセンサーがついていて、自動的に点灯を制御しているのだろう。それと、赤まだら模様の灯台は、昨晩見ているからか、今朝はさほど気持ちが動かなかった。
それよりも、斜め右手の海上に見える<屋島>に目がいった。平べったい台形の上辺あたりが、ほのかにオレンジ色に染まっている。夜明けの<屋島>は、幻想的だな。このあと、朝日が<屋島>の上に出てくることを期待したが、残念ながら、さらに右手の、クレーンやガスタンクなどのある工業地域の上からあがってきた。
灯台はというと、いつの間にか、赤まだら模様も消えてしまい、たんに赤黒いだけだ。防潮堤と灯台に、斜めに、いい感じで朝日があたっているのだが、全体的な色合いがどうもすっきりしない。これは、空と海の青に、朝日の朱が混じりあったからだろう。いっぽう、朝日をいただいた工業地域周辺は、オレンジ色に見事に染め上げられていて、思わず魅入ってしまった。
このころになると、周囲がかなり明るくなっていた。散歩やジョギングの人が意外と多い。<多い>というよりは、にぎわっているといったほうがいいだろう。自分のすぐそばの岸壁にも、散歩中の中年男性が来て、朝日を眺めている。ちょっと先の岸壁にも中年女性がいる。防潮堤にも公園の展望スペースにも人が立ち止まっている。自分もふくめて、みな、朝日を眺めている。朝日も夕日も、これは文句なく、人間にとっては魅力的なものだ。なぜだかわからないが、感動してしまう。
この日の朝日は、水平線からではなく、工業地域の上にたなびく雲の上から出てきた。水平目線のちょっと上あたりだ。まだ小さくて、目視できる明るさだ。だが、ゆっくり、少しずつ上昇している。時間的に、どうだろう、五分位なのか、しだいに光輪が大きくなり、中心円が白色になっていく。こうなるともう直視できないほど眩しい。あたり一面、オレンジ色だ。一日の始まりだ。
ややあって、もういいだろう、という雰囲気になって、人々が動きだした。七時になったら、フェリー乗り場へ向かうつもりだったので、三脚をたたんで、岸壁沿いに、急ぎ足でフェリー乗り場のほうへ向かった。
途中、車によって、装備を整えなおした。カメラバッグ、三脚、望遠カメラは置いていくことにした。そのかわり<バックパック>に水と食料などを詰め込んだ。これならかなり軽い。というのも、<男木島灯台>へ行くには、フェリーを降りてから、さらに山道を三、四十分歩かねばならないのだ。ちょっとしたハイキングになるわけで、装備はできるだけ軽量にすべきだろう。<バックパック>を背負って、その上から、カメラ一台を肩掛けした。朝っぱらから、気合十分だった。
高松港のフェリー乗り場までは、急ぎ足で五、六分だった。大きなフェリー乗り場で、神戸や小豆島など、各方面への航路が何本もあるようだ。その中で離島の<女木島><男木島>行フェリーの乗り場は一番端にある。これはネットで下調べ済みだ。
それらしき待合室に入った。狭い空間に、すでに十人ほど人が座っている。窓口は一つだ。乗船券を買おうと、<男木島>の文字を探したが、どこにも見あたらない。きょろきょろしていると、窓口の奥から、中年女性の声がした。<どちらへ>と言うので<男木島へ>と答えると、<男木島>フェリーの乗船券売り場を、標準語で丁寧に教えてくれた。今までに、こんなに親切な窓口女性に出っくわしたことはない。
待合室を出た。待合室と同じ建物の一階の端っこに、窓口があった。なんというか、宝くじ売り場のように、まったくの外に並んで、乗船券を買うようだ。もっとも恒常的な日除けテントが設置されているから、多少の雨は防げるだろう。受け付け開始はたしか七時半だ。すでに二、三人並んでいる。列の最後尾に並んだ。
日焼けした爺が、そばで大きな声で、連れとしゃべっている。明らかに釣り人だ。バッグと釣り竿入れが足元に置いてある。その前にいる中年男性は、二人とも、トラックの運転手だろう。
昨年、北海道へ飛行機で行ったとき、はじめて<エアードゥー>に乗った。JALやANAの飛行機に比べて、やや小さい。それに、搭乗口が、羽田空港の一番端で、かなり歩かされたことを思い出した。飛行機も船も、規模が小さいものが、施設の一番端に配置されるというわけか。
七時半きっかりに、受付が始まった。ところが、なかなか進まない。たんに乗船券を売るだけなら、時間はかかるまい。だがそうじゃない。窓口が一つだから、車ごと乗る奴の車検証などを検査しているのだ。それに時間がかかっている。やっと一人終わったと思ったら、次の奴にも、同じくらい時間がかかる。ふと、後ろを振り返ると、あっという間に、行列ができている。もっとも、いまだ係船岸壁はからっぽで、フェリー船の影も形もない。
かなり、じりじりしていたが、そのうちには、釣り人の爺たちの番になり、これはあっという間に終わり、やっと自分の番になった。窓口を覗き込みながら、中の中年男に<男木島>往復一枚、とアクリル板越しに大きな声で言った。¥1020だった。車を置いてきたコインパーキングの駐車料金が、14時間で¥1400なのだから、これは、かなり安い!
電車の切符くらいの大きさの、ペラペラの乗船券を受け取って、係船岸壁のほうへ行った。驚いたことに、すでにかなりの数の人間が、並んでいるような、並んでいないような感じで、船を待っている。ああ、予約して、事前に乗船券を手に入れたというわけか。用意周到なやつが多いな。とはいえ、観光客ばかりでもない。仕事で船を利用しているような、地元の人間もいる。目の鋭い中東系の若造も何人かいた。
その場で立ち止まって、待っていると、変な色合いのフェリーがこちらに向かってくる。クリーム地に細目の赤いボーダーが入っている。趣味があまりよくない。見ていると、後ろ向きでゆっくり、係船岸壁の中に入ってきた。着岸すると、ぱっくり船尾が開いて、船の中が丸見えだ。陸地側の係員が、すばやく作業して、船を陸地に固定している。これら秒単位の一連の作業は、無駄がなく、見ていて気持ちがいい。
船が固定されると、中から十人ほど人が出てきた。観光客じゃない。フェリーは、地元民の生活の足にもなっているようで、制服の女学生や中学生、荷物を持ったおばちゃんや、作業着を着た仕事関係の男たちだ。彼らの下船が完了すると、紺色の作業服を着ている、やせ型の係員が、陸地側に歩いて来た。間髪入れずに、岸壁で待っていた人々が、彼の周りに寄ってきて、次々に乗船券を渡し、半券を受け取って船の中に入っていく。いや、半券を受け取ってない奴もいたかもしれない。まあ、いい。
<お待たせしました、これから乗船を開始します>とか、その手の案内などは一切ない。ほぼ全員無言で、粛々と乗船作業が進行している。自分も作業員の前に進み出た。乗船券を渡すと、彼はやや不機嫌な感じで、半券を返してきた。毎朝毎朝、同じことの繰り返しで、うんざりしているのだろう。だが、こっちは、何年かぶりでフェリーに乗るのだ。やや気分が高揚していた。
七日目(2) 2022-11-18(金)
男木島行フェリー2
船尾の鉄板が、ぱっかんと開いて、降りてきた。水平になって、船と岸壁との、文字通り、橋渡しになった。その鉄板の上を歩いて、船の中に入った。車を入れるところだから、やや広い空間だ。正面、突き当りの左右に白い手すりの階段があり、先に入った客が上っている。階段を上った先が、どうなっているのか、見当もつかなかったが、ここは、前の人に倣うべきだろう。
階段の上は細い通路で、左側は窓で仕切られた乗船席、右側には手すりがあり、海だ。ここで止まるわけにもいかず、そのまま先に進むと、船首のテラスに出た。白いイスが七、八席ずつ、三列に並んでいる。すでに何人か人が座っている。いちおう、バッグを下ろして、端のほうの席を確保した。いい景色だ。玉藻防波堤灯台はもちろんのこと、ほかの海上の防波堤灯台も見える。
とはいえ、このまま、船が動き出すまで座っていても、退屈だ。周囲の景色を二、三枚撮って、バッグを席に置いたまま、通路を歩いて船尾のほうへ行った。ちょうど、車の乗船が始まっていた。手すりに肘をかけて、その様子を眺めた。さすがに、車はちゃんと並んで待っていた。合図に従って、軽トラが岸壁で半回転し、バックで船の中に入ってきた。これは意外だった。<軽>とは言え、坂を下りながら、バックで狭い船内に車をきちんと入れるのは、ちと面倒だろう。自分の車ではやりたくないなと思った。
乗り込んできた車は、たしか、七、八台くらいだった。むろん、大型トラックなどはない。小型トラックに軽トラ、乗用車が大半だ。そのなかで、おやっと思ったのは、<軽>のごみ収集車だった。<軽>とはいえ、普通の収集車と全く同じ形をしている。ミニカーみたいでかわいい。たしか横っ腹に<高松市>と看板書きされていた。なるほど、島の道は細いからだろうと思った。それと、ごみ収集車がわざわざフェリーに乗って、離島にごみを回収しに行くということにも感心した。
車の積み込みが完了すると、即<ともづな>というのか<もやいづな>というのか、とにかく、ぶっといローブが解かれて、船のエンジン音が高まった。お、動き出した。石油臭い白っぽい煙が岸壁付近に漂っている。急いで船首に戻った。船は、玉藻防波堤灯台のほうへ向かっている。これはまあ~、千載一遇のチャンスだ。カメラを構えた。徐々に、<赤灯台>のある防潮堤に近づいていく。さらにうまいことに、船は防潮堤に沿って動いている。ちらっと、コインパーキングに止めた自分の車が、フェンスの隙間から見えたりもした。
<赤灯台>は、長い防潮堤の先端で、オレンジ色の斜光を受けて、赤黒く光っていた。正直言って、さほど魅力的な色合いではない。ただ、周囲のロケーションがいい。青い海と真っ青な空。長~い防潮堤の右手背後からは、暗緑色の切り立った島がせり出してくる。船は、ほぼ全速力で<赤灯台>の横を通過していった。
また船尾に移動した。逆光の中、高松港と市街地の高層ビルが、はるか彼方に見えた。左手、海上に浮かぶ紅白の防波堤灯台も、<赤灯台>もみるみるうちに、海の中に取り残されていく。
いっぽう、<屋島>の寝姿は、まだカメラでとらえられる。逆光の太陽と、海上の黄金の道とを画面右側にいれ、微調整しながら、シャッターボタンを何度も押し込んだ。カメラを太陽に直接向けるのは禁じ手で、カメラにも目にも悪い。だが、ほぼノーファインダーだし、これまでに何度も同じようなことやっている。大丈夫だろうという楽観論で押し切ったものの、自分の目でありカメラだ、心の底には、一抹の不安があり、心配だ。だが、如何ともしがたいではないか。
さっきから、船首と船尾の間の通路を、カメラ片手にバタバタ動き回っていい観光客がいる。写真撮影が趣味の爺で、観光気分で浮かれている。俺は写真撮影で忙しいんだ。人の目が多少気になったものの、シカとして、出航から今まで、ほとんど休みなくシャッターを押し続けていた。<赤灯台>も<屋島>も、これでもかというほど撮った。ここらで、一息入れようではないか。
船首のテラス席に戻った。船は、どうやら<女木島>へ向かっているようで、そのうち、港を囲んでいる防潮堤などが見えてきた。<女木島>には、これといった灯台もないし、上陸するつもりもないから、ろくに下調べもしなかった。とはいえ、<女木港鬼ヶ島防波堤灯台>というデザイン灯台のことだけは、頭に残った。その、鬼ヶ島灯台が見えてきた。なるほど、鬼が立膝座りで、額に手をかざして島のほうを見ている。横に持っているのは金棒だ。デザインが漫画チックで面白い。
船の速度が落ちて、おそらくはバックで、港の中にゆっくり入っていく。その際、<鬼>の横を至近距離で通り過ぎた。なんというか、観光気分で、何枚か撮った。この灯台も、唯一無二のものだろう。ネットで画像を見た時には、心が動くことはなかったが、こうして近くで実際に見ると、親しみがわいてきた。なにしろ、鬼が防潮堤に座って、島を眺めているわけで、なんとも、のどかな風景ではないか。そのうえ、<金棒>の先端には光源があり、灯台の役割を果たしているのだ。ユーモアがあって、実にいい。ちなみに、この<女木島>には、桃太郎伝説があって<鬼ヶ島>とも呼ばれているらしい。
船尾に移動して、フェリーの接岸を見下ろしていた。半開きになった船尾の鉄板(名称が分からない)が、岸壁の登り口に徐々に下りていく。<鉄板>が水平になると、陸上の係員が<ともづな>で、船と陸地をしっかり固定する。すると、船の中で待っていた乗客が、<鉄板>の上を歩いて上陸する。
ぞろぞろとかなりの人数だ。岸壁には出迎えの人が何人もいて、互いに挨拶などをしている。そのあとに、車が出てきた。これもかなりの台数だ。例のミニカーのような<軽>のごみ収集車も元気よく出ていった。人も車も、半分以上、いや、三分の二くらいは<女木島>で下船してしまった。
接岸、上陸が終わり、今度は、離岸、出航だ。そうだ、その前に、船尾の鉄板を引き上げる作業を、眼下で見ることができた。小さなフェリーだから、自動開閉とか、そういう近代的な装備があるわけじゃない。たんに太いワイヤーを巻きあげているだけだ。むろん、巻き上げは機械だが、操作は船上の係員がやっていた。それにしても、これらの一連の作業は、無駄がなく、秒単位で正確無比に進行していた。意味もなく感心した。
船が徐々に岸壁を離れていく。そのとき、陸地側に、見たことのあるような、茶髪で、派手なTシャツとパンツ姿の四十代前後の女性が見えた。リックを背負い、首にカメラをぶら下げている。カメラ女子の一人旅だろう。彼女のことは、今朝、サンポートのコインパーキングで見かけた。いでたちの派手なカメラ女子で、たしかグレーのベンツから降りてきたので、印象が強い。なるほど、<女木島>観光に来たわけか。
一人旅のカメラ女子は、どうも気になる。べつに、見ているだけだ。ま、いまだ<男>である証拠だろう。恥じ入ることもあるまい。船上からベージュ色の海岸がちらっと見えた。<モアイ>像のようなものが背を向けて立っている。観光地化された明るい島だと思った。
高松港から<女木島>まで20分、<女木島>から<男木島>までも20分かかったようだ。船上から写真を撮りまくっていたから、あっという間だった。<男木島>の港に入る時も、船は、防潮堤の外で回転して、バックでゆっくり入っていった。防潮堤の先端には、白い防波堤灯台が立っていた。形的には、直方体を縦にして、その上に煙突を立てたような、防波堤灯台の類型の一つだ。しかし、類型の中の典型ではない。多少スマートな形だった。
岸壁には、下半分が赤で塗装された船が一艘止まっていた。大きさは、いま自分が乗っているのとほぼ同じで、中型船だ。港の正面は山になっていて、急な斜面に家がたくさん並んでいる。南側だから、暖かな日差しを受けている。写真撮影を中止して、<バックパック>を背負った。狭い階段を、手すりにつかまって下に降りた。船底の車載スペースには、車が二、三台しかなかった。ほかの乗客も次々に降りてきた。乗船券窓口で見かけた、釣り人の爺たちも、いまは静かに待っている。
船尾の鉄板が、岸壁の登り口まで下がってきた。<ご乗船ありがとうございました>とか、その種の案内などはいっさいない。係員が上陸すると、乗客もそれに続いた。自分も鉄板の上を歩いて岸壁に上がった。とりあえずは、前進しかない。
