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<日本灯台紀行 旅日誌>四国編(1)

<日本灯台紀行 旅日誌>四国編(1)

動画版https://youtu.be/MkA5NeenN90

~辺境の灯台をめざして~

第15次 灯台旅 四国編(1)

一日目 2022-11-12(土)

プロローグ 出発 龍野西SA車中泊

九月に清水旅、一泊二日。十月に能登旅、三泊四日。そして、いよいよ、十一月には四国旅、八泊九日。要するに、新しい車での車中泊に慣れるため、段階的に、手順を踏んでいた、というわけだ。小者が考えそうなことだ。

さてと、十月の後半から、いい天気がずっと続いている。最低気温が10度を切ると、車中泊は寒くて無理だろう、と自分なりに考えて、今年最後の灯台旅は、十一月の中旬に決めていた。だが、晴れがずっと続いている。そろそろ、天気が下り坂になるのではないか。案の定、十一月の三週目になると、雨マークや曇りマークが出てきた。

とはいえ、前回の旅の整理がついていないので、日程を早めるわけにもいかず、さりとて、これ以上遅らせれば、さらに寒くなる。ここは、車中泊の強みを生かして、天気が悪ければ待機、という手がある。灯台撮影の日だけでも、晴れていればいいわけで、日程的なロスは覚悟して、計画通りに事を進めよう。

今回の旅の第一目標は、四国の最西端にある<佐田岬灯台>、第二目標は、高松港にある<玉藻防波堤灯台・通称、赤灯台>。第三目標は、高松港からフェリーで小一時間で行ける<男木島灯台>である。第一目標の<佐田岬灯台>は、自宅から、おおよそ1000キロの距離にあり、おそらく、これが最初で最後になるだろうから、いい天気になるまで、何日でも粘ろうと思っている。したがって、そのほかの目標は、日程的、体力的に無理ならば、今回はパスしてもいい。高松も遠いが、高速一本で行けるから、またの機会もあるだろう。

出発三日前あたりには、前回の失敗を教訓にして、立ち寄る場所をナビに打ち込んだ。こうしておけば、現地で<履歴>からすぐに起動できる。ガソリンスタンドとコンビニのアイコンも、地図上に表示できたので、その場になって、あたふたすることもないだろう。

今回は、行き帰りの高速PAで二回、道の駅で四回、車中泊をして、あとは<民宿>で二泊することにした。<民宿>には泊まりたくないのだが、<全国旅行支援>とかの<クーポン券>が支給されていて、一泊一万円の宿代が、実質¥1500くらいになる。それに、都合のいいことに、<佐田岬灯台>に一番近い民宿が、と言っても車で二十分くらいはあるが、楽天トラベルで予約できた。トレイ風呂無しの部屋とはいえ、ほぼタダ同然なのだから、泊まらないと損するような気持になってしまったのだ。

当日は午前四時半におきて、五時半に自宅を出た。まだ真っ暗だった。最寄りのインターから圏央道に乗った。なんだか車が多い。八王子辺りから、やや渋滞してきた。事故渋滞のようだ。交通情報のラジオを聞くが、なんだか要領を得ない。そのうち完全にのろのろ運転になってしまった。

思いのほか行楽の車が多い。だから、誰かが事故を起こしたのだろう。ちぇ!もっとも、車列は、完全に止まることはなく、多少なりとも流れている。案内板によれば、東名の東京寄りで事故があり、その影響で、圏央道の海老名ジャンクションで渋滞しているようなのだ。出鼻をくじかれた感じだが、しかたない、我慢するしかないだろう。

やっと海老名を通過した。とはいえ、一気に御殿場まで走ることはできず、途中、スピードが落ちた。天気もいいし、秋の行楽シーズンだな。なにしろ車が多い。だが、第二東名に入ってからは、片側三車線ということもあり、時速100キロ前後で、気持ちよく走ることができた。

富士宮辺りでは、右手に富士山が見えた。あまりきれいでない茶色だったので、あれっと思った。先日、自宅付近から、真っ白になった富士を見ていたからだ。チラチラ見ながら運転していると、頂上の方に、わずかに白いものが見えた。なるほど、溶けてしまったんだ、と納得した。色合いがよくないので、今回の富士山には、あまり心が動かされなかった。

お決まりのように、湾岸沼津のSAで、トイレ休憩した。西の方へ行くときには、必ず立ち寄ることにしている。時間的に、二時間ほど高速走行したので、一息入れたいのだ。SAは、これもお決まりのように、朝っぱらから、人でごった返していた。すぐに出発した。

そのあと、名古屋までが長かった。さらに、<名神>に入ってからは、片側二車線になり、運転に気を使ったせいか、<京都南>までが、もう嫌になるほど長く感じられた。だいたいにおいて、<伊勢湾岸道>で事故があり、そのためか、ナビが勝手にルート変更して、<名神>を走らされたのが、頭に来る。<伊勢湾岸道><第二名神>に比べて、<名神>は、古い高速道路だから、走りにくい。それに、どう考えても山陽道に出るには、遠回りだろう。ま、もう走ってしまったのだから、しょうがない。

だが、<京都南>の文字を通り越したあたりで、気分が少し良くなってきた。先が見えた感じがしたのだ。琵琶湖の北側を走りながら、<彦根>といい<草津>といい、これは、東日本にもある名前だ、などと思った。いま調べてみると、<彦根>は、新潟の<弥彦>との思い違いだ。それから、草津に関しては、滋賀の草津は<草津市>で、群馬の草津は<草津町>だった。この歳になってやっと積年の思い違いを正し、疑問をひとつ解決したわけだ。意味があるとも思えないが、気分はいい。

高槻ジャンクションで、<名神>から分岐して<山陽道>に入った。すでに、600キロ近く走っているので、ガソリンの残量が気になりだした。出発する前に満タンにしたら、車のメーターに、航続距離が650キロと出た。車中泊する<龍野西SA>まで、ちょうど650キロなので、その前には給油するつもりでいた。だが、実際に走ってみると、高速走行の燃費が、リッター20キロくらい出たので、航続距離が100キロほど伸びる計算になる。事実、ガソリンの残量計にも、まだ二割ほど残っている。給油は、<龍野西SA>で大丈夫だ。

さて、陽も西に傾きはじめた。ロングドライブもそろそろ終わりだ。夕食予定の<白鳥PA>に寄ろう。下調べでは、この<白鳥PA>には、コンビニと<松屋>があり、したがって、食料調達と夕食が同時にできる。車中泊する<龍野西SA>のひとつ手前というのも、都合がいい。

山陽道<白鳥PA>に到着したのは、午後三時半だった。出発してから九時間半ほどたっていた。トイレや食堂などの施設の前に車がかなり止まっていた。その車列の後ろは、大型トラックの駐車スペースで、こちらもほぼ満車状態だ。駐車スペースは、ほぼこの二地帯だから、車中泊するには、あまり適さない。大型トラックのアイドリングがうるさいのだ。それも一晩中。

施設の中に入った。広い、きれいなフードコートだ。<松屋>の自販機で<牛めし並¥380>の券を買って、調理カウンターにだした。半券をもらって、セルフでお茶を注ぎ、席に着いた。周りにはほとんど人がいなかった。すぐに番号が呼ばれ、カウンターに取りに行った。<紅ショウガ>を少々、丼の上にのせて、席にもどった。思いのほか、うまかった。量的にも、<並>で十分だ。¥380は、信じられない値段だな、と思った。

あっという間に平らげて、満足、満足。爪楊枝を使いながら、ゆっくり寛いでいた。と、よちよち歩きの子供が、通路で、大声で、奇声を上げている。若い父親がやってきて、連れて行ったものの、子供はすぐまた通路に出てきて、絶叫している。その大きな声が、気に障る。よく居るんだよ、奇声を上げているガキが!あれはなんなんだろう?いつも怒鳴りつけたい衝動に駆られる。ま、いいや。席を立った。盆を返却口において、車に戻った。いやちがうだろう、隣のコンビニで、菓子パンやおにぎりなどを買って、車に戻った。

<秋の日は釣瓶落とし>。一日目の車中泊地、山陽道<龍野西SA>に着いた時には、辺りはうす暗くなっていた。時計を見たのだろう、午後の四時半頃だった。はじめに給油だけしておこう、と小心者は考えて、ガソリンスタンドへ向かった。値段表示の看板がない。いやな予感がしたが、レギュラー満タン、と威勢よく店員に声をかけた。

案の定、予感が当たってしまった。リッター¥185もする。いくら高速上のガソリンスタンドとはいえ、これはボリすぎだろう。埼玉では¥154だったのにと、小心者はほぞをかんだ。ガソリンを入れている若いアルバイト店員に、¥185もするんだ、と小さな声で言うと、彼は、悪びれる様子もなく、時期が時期ですからね~と答えた。戦争にコロナに円安、か!

およそ650キロ走ってきて、ガソリンタンクはほぼ空になっている。ということは、この高いガソリンを目いっぱいぶち込まなくちゃならない。黙って、一万円札を出した。さてと、ここで問題がひとつ発生した。というのは、高速上のガソリンスタンドというのは、本線に一番近い所に位置しているから、給油した後は、そく、本線に復帰しなければならないのだ。要するに、高速の<SA>は一方通行ということだ。だがしかし、今日はここで車中泊だ。駐車スペースの方に戻らねばならない。小心者であるがゆえの失敗だね。

その旨、たむろしていた店員に伝えると、年かさの世間ずれしたオヤジからは、そっけない返答が返ってきた。見て見ぬふりをするというわけだ。そういうことならばと、こちらもシカとして、スタンド内で回転して、いわば、逆走して、駐車スペースに戻った。危険なことは何もなかった。だだっ広い上に、車が少なかったからだ。それに、すでに、かなり暗くなっていた。

車中泊の、多少の経験を生かして、駐車スペースの真ん中辺の、ほとんど車が止まってない場所に駐車した。ここなら、車の出入りや、トラックのアイドリングに、悩まされることもない。もっとも、このサービスエリアには、なぜか、トラックが、あまり止まっていない。ガソリンスタンドに近い所に、10台くらいしかいなかった。地理的なものなのか?それとも、ほかに何か理由があるのだろうか?とふと思った。

夕食もすませたし、辺りもすっかり暗くなっていた。もう寝るしかなかった。車内に布団を敷き、窓に日除けシェードを張り巡らせた。スウェットに着替え、最後に、手ぬぐいを首にかけ、トイレへ行き、用を足し、そのあと、洗面所の水を二、三回手ですくって、顔を洗った。

車に戻り、うしろのドアから、車中泊スペースに滑り込んだ。持参したノートパソコンから、音楽を流し、そのうち、眠くなったので、寝てしまったのだろう。いや、その間に、メモ書きを書いたのかもしれない。字が、かなり踊っているから、やはり疲れてはいたのだろう。だが、疲労感よりは、高揚感の方が上回っていた。四国最西端の灯台を、1000キロの道のりを走破して、撮りに行く。意味のないことをしている自分が頼もしかった。

二日目(1) 2022-11-13(日)

移動 上灘港西防波堤灯台 撮影

いつものように、一、二時間おきに夜間トイレで起きる。おしっこ缶に用を足し、ジョウロで、1000mmのペットボトルに移す。朝までに、透明な飴色の液体でいっぱいになっていた。

午前四時半頃には、完全に目がさめて、ま当たり前だな、宵の口の八時過ぎには寝ていたのだから、五時には起きた。あたりはまだ真っ暗だった。とはいえ、24時間営業のコンビニがあるので、施設周辺は煌々としている。

昨晩は、騒音にも悩まされず、よく寝られたほうだ。夜間トイレの度に、日除けシェードの隙間から、外の様子を窺がっていたが、これといって変わったこともなく、そのうちには、自分の近くにも、車中泊の車が数台止まるようになっていた。

まずは車内整頓、といっても、布団をたたんで端に寄せるだけだが、あとは、シェーバーで髭剃り、歯磨き、着替え、それに、シェードを外し、窓ガラスの水滴を手ぬぐいできれいに拭きとった。

車の外に出た。ヒヤッとした。パーカのフードを頭にかぶり、白い手ぬぐいを首にかけた。ペットボトルとおしっこ缶を、ナイロンの買い物袋に入れて、サンダル履きでトイレに行った。どこから見ても、誰が見ても、トラックの運ちゃんだろう。

どんなトイレだったか、思い出せない。きれいだったことに間違いはない。が、細部がまったく思い出せない。<大>の個室に入って、便器に、ペットボトルのおしっこを捨てた。そのあと、洗面所の鏡の前に立った。変なオヤジが写っている。ま、いい。蛇口をひねると、お湯が出た。いや、ここは水だったかもしれない。二、三回、両手ですくって、顔を洗った。手拭いできれいに拭うと、気分が新たになった。

空になったペットボトルとおしっこ缶を、所定のごみ箱に捨てて、車に戻った。運転席に座って、昨晩買い置きしたおにぎりや菓子パンを食べたような気がする。あたりが少し明るくなってきた。六時半、<龍野西SA>を出発した。ガソリンスタンドの前を通ると、まだ閉まっていた。やはり昨日のうちに給油して正解だった。

車中泊での夜から朝までの流れは、この後も、おおよそ、このようなものだった。単純化すると、夕食、就寝準備、消燈、夜間トイレ、起床、整頓、身支度、朝食、そして排便といった流れだ。これら一連の行動は、毎日自宅でも繰り返していることで、結局、旅に出ようが、車中泊しようが、生活の根本は変わらない。

極論すれば、<生きる>とは、食べること、寝ること、排出することだ。ただ、それらの場所と時間が変化するので、なにか新鮮な感じがする。不自由な思いをして、都市生活の利便性を、あらためて感じたというわけだ。

<7:50 与島PA 雨 排便>。<与島PA>とは本州と四国を結ぶ瀬戸中央自動車道にあるパーキングエリアで、事前の下調べの段階で、寄ってみようと思っていた。本州と四国のほぼ中間にある島だから、当然、展望はいいだろう。ところが、あいにくの雨。しかも、かなり強く降ってきて、外に出るのもためらわれる。なるべく施設に近い場所に駐車したいのだが、けっこう車がいる。なんとかスペースを見つけて車を止めた。雨っぷりの朝っぱらから混んでいるのは日曜日だからだ、とあとで思った。

すぐ目の前が施設だから、傘など面倒だ。パーカのフードをかぶって、速足で、まずトイレに入った。きれいだったことは覚えている。個室で<大>をして、すっきりした。施設内に展望室があったので、いちおう、エレベーターで昇ってみた。

ドアが開くと、外はベランダになっていた。雨が降っているので、出入り口の廂から出ることはせず、立ち止まって、デジカメで何枚か記念写真を撮った。晴れていれば、瀬戸大橋が眺められる。ちょっと残念な気もしたが、旅の間、ずっと晴れ間が続くわけでもない。予想していたことだ。車に戻った。

そうそう、瀬戸大橋から回り込んで<与島PA>に入った時、料金所があり、たしか¥1960の表示があった。ということは、瀬戸中央道は別料金ということだな。かなり長い橋だったが、ちょっと高いような気もした。

瀬戸大橋を渡りきり、四国に入った。おそらく<坂出>という港だろうが、工業地帯なのか、大きな煙突などが立っていて、煙が出ている。造船所のようなものもあり、ちょっと気になる光景だった。なぜか、無機的な工場群や煙突が気になるのだ。

松山道に入り、かなりの距離を走った。<9:30石鎚山SA 雨 632k→868k=230k走破>。出発してから、すでに三時間たっていた。どのくらい走ったのか、車の中で、メーターを見て、計算したのだ。高速は、1時間あたり、60キロ走ればいい。今朝は、時間あたり、70キロ強、走っている。いいペースだ。依然として雨が降っていたので、トイレにだけ寄って、すぐに出発した。

山の斜面に<モンベル>の文字が見えた。<モンベル>?アウトドアのメーカーだ。何か施設があるのかな、と思った。ちなみに、石鎚山は古来から山岳信仰の山として有名で、現在も登山やハイキングでにぎわっている。そうしたこともあり、<モンベル>が<石鎚山ハイウェイオアシス>に出店したのかもしれない。温浴施設も併設されているようだが、寄るつもりがなかったので、ちゃんとは調べていなかった。

そのあと、<松山>の標識看板を通り越した辺りから、片側一車線になってしまった。だが、交通量が少ないせいか、煽られた覚えはない。もっとも、こちらも100キロ前後で走っていたと思う。新車になり、走行安定性がさらに改善されたので、全然怖くなくなった。やや危険だとは思っているが。

伊予インターで高速を下りた。松山からは、あっという間だった。さて、ここからは一般道378号線だ。海沿いの道で、夕焼けがきれいだそうだが、午前中に通過してしまうので、ちょっと残念だ。あとは、途中に、かの有名な?日本で海に一番近い<下灘駅>がある。下調べの段階で見つけた観光名所だが、まあ~冷やかしで、ちょこっと寄ってみるつもりでいた。

さほど広くない海沿いの道を走って行くと、右手に小さな漁港があり、赤い灯台が見えた。ぱっと見、駐車する場所がないので、行き過ぎてしまった。だが、少し行くと、大きな道の駅があった。あそこに駐車して、撮りに行こう。などと思いながら、ナビの案内に従った。

むろんナビには、<下灘駅>を指示したつもりであったが、アホやな~<上灘駅>と打ち込んでいたらしい。なにしろ、急な坂を上がって、上がりきった左側、山の斜面に、なんともしぶい!田舎の駅がみえた。駅舎の看板には、どうどう<JR 伊予上灘駅>とあった。

少し行きすぎてしまった。狭い道だが、空き地を利用して回転して戻った。幸いなことに、駅舎の前は車だまりの広場のようになっていて、少し広い。そこに車を入れることもできた

が、横の白いモルタル二階建ての食料品店の前で、地元の爺婆が立ち話している。なんとなく気後れしてしまい、道沿いの開店前の食料品店の前に路駐した。駅舎の道をはさんだ正面だ。狭い道だが、広場があるから、ほかの車が通れないこともないだろう。

車から降り、カメラを手にして駅舎に近づいた。横から爺婆の視線を感じたが、シカとした。狭い待合室には、古びた色紙やポスターなどが張ってあった。いちいち目を通すのも面倒なので、写真に撮った。誰もいないから、改札を通りぬけて、ホームに上がることもできたが、さすがに、自重した。

日差しが差し込んでいて、植木鉢などが見える。丹精しているような感じで、きちんと並んでいる。一段高くなった小さなプラットホームには、みず色の樹脂製の三席連続したベンチが置いてあった。昔、駅でよく見かけたタイプで、自然と目に入ってきた。あえて<昭和>を持ち出すこともあるまい。いつのころからか、ここいら一帯は時間が止まっているらしい。

車に戻った。その際、眼下に海が、そして、先ほど通り過ぎた赤い灯台が見えた。道の駅の駐車場もあり、あそこに止めて赤灯台を撮りに行こうと思った。急な坂を下りた。国道を横切って、<道の駅 ふたみ>の駐車場に入った。海沿いの、横長の、かなり大きな駐車場だ。その一番右端まで行って、車を止めた。目の前には防潮堤があり、赤い灯台がよく見える。実に都合がいい。

さらに都合がいいことに、防潮堤の切れた所から、海に向かって、垂直に一本、隣の漁港との境に防潮堤が突き出ている。赤い灯台は、海の中の防波堤の上に立っているようなので、こちらが海の中へ行けば行くほど、赤灯台との平行関係が生まれる。つまり、真横から撮れるわけだ。だが、いい事ばかりでもない、肝心要の天気だ。雲がかかっていて、日差しがほとんどない。ただ時々、雲間から陽が差すこともある。完全にアウト、絶体絶命、というわけではなかった。

海に対して垂直な防潮堤の上を歩きながら、赤い灯台を撮った。灯台そのものは、海の中の防波堤にあるようだが、手前に、陸側からの防潮堤が何本か、海にせり出していて、下のほうがよく見えない。のみならず、それらの防潮堤はテトラポットで、周りをがっちりガードされているので、目に見えるのは、コンクリの防潮堤ではなく、規則正しく、かつ、乱雑に積み重ねられた、幾百ものテトラポットである。

つまりは、防潮堤の周りを几帳面にガードしているテトラポットの上に、赤い灯台が、にょきっと生えている感じだ。しかも、これらの防潮堤の上には、ある間隔を置いて電柱が立っている。沿岸灯台の撮影では、電柱や電線が、邪魔になることがある。だが、防波堤灯台の周りに、電柱や電線を見たことがない。思えば、電柱と防波堤灯台との組み合わせは、これまで見たことがなかったのだ。

しかも、赤い灯台と電柱は、防潮堤や彼方の水平線に垂直しているように見える。海に突き出た防潮堤での位置取りが、期せずして、撮影のベストポイントになっていた。それに、波に洗われている、幾百の積み重なったテトラポットの風化具合?が何ともいい。これで、空に色があり、日差しがあれば、最高だが、欲張ってはいけない。眼前の光景は、旅に出なければ見つけられない、まさに自分一人の風景だろう。なんとなく、背中がぞくぞくっとした。おりしも雲間から陽射しが来て、一瞬、赤い灯台の紅色が、際立った。形は<吉田拓郎>が歌った<赤い灯台>と同じ<胴長太っちょ>だった。

ちなみに、灯台の正式名称は<上灘港西防波堤灯台>である。どんなものにも名前がある。まちがっても<名も無い灯台>などと言ってはいけないのだ。

ひと通り撮り終わって、車に戻った。その際、国道を少し歩けば、赤い灯台の近くまで行けるなと思った。だが、感動の波は引いていた。これ以上の探索は、億劫に感じられた。気に入った写真が撮れたと思っていたし、それに曇り空だ。なるべく早く、陽のあるうちには、佐田岬半島の中ほどにある<道の駅きらら館>に到着したかった。多少、気が急いていたのだろう。

駐車場から国道へ出かかた時、黒っぽい小さなバイクが目に入った。荷物に<日本一周中>の張り紙がしてあり、風采の上がらぬ中年男が、バイクにまたがって、地図を見ているようだった。これまでも幾度となく、<日本一周中>の張り紙のある小さなバイクを見た。そのたびに、やや複雑な感情が流れた。

<日本一周>には、ロマンの香りがする。だが同時に、なにか、暗い影のようなものが付きまとっている。それはちょうど、四国のお遍路と同じだ。自分もそうだが、世俗的な一切合切を棚上げして、旅に出たいと思ことはあるだろう。生活空間を変えることで、気分が変わることもある。日々、未知なる風景と出会うことで、苦しみや悲しみが、遠景に退くこともある。だが、幸せな人間は、旅に出たいとは思わないだろう。中高年の<日本一周>に、人生の<辛さ>を感じてしまうのだ。

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