<数息観瞑想 日誌>2025年度版(26)
<数息観瞑想 日誌>2025年度版(26)
~瞑想と般若心経の日々~
8月分
2025-8-19(火)晴天、今日も猛暑日の予想、朝の室温28度。
自宅瞑想、5:50-6:30、(椅子)端座位数息170回、般若心経2回、柔軟運動10分、メモ書き。
全体的に、まずまず、深く大きく呼吸しながら、数を数え続けた。
<雑念>は、おもに、日常生活関連のことと、痔疾のことだ。
昨夕、いつものように、北側の階段で、夕景を撮っていた。と、道を隔てた、前の家の中から、声が聞こえた。<また、裸で、写真を撮っている!>。その家の高校生くらいの息子の声だった。あっ!と思った。しっかり見られていたのだ。
たしかに、上半身、裸で、毎夕、なにを撮っているのか不明なのだから、奇異である。怪しい、と思われてもしかたない。うかつだった!北側の階段で、写真を撮ることも、裸で外に出ることも、やめようと思った。
痔疾に関しては、日に一度、注入剤を入れている。だが、なかなか、うっ血感、不快感がなくならない。急遽、今日にでも、肛門病院へ行くことにした。
100回目で、<数息>を中断して、立ち上がった。患部の、血流をよくしよう、と数分間、屈伸運動などをした。とはいえ、そのあとも、座面の圧迫感は軽減せず、ますます気になりだした。
とうとう、170回目で、<数息>を終了した。日に二回、ちゃんと、注入剤を入れて、早く完治させるべきだと思った。
終わりの心経は、始まりの心経と同様、声を極力小さくして読んだ。窓を開け放っているので、外に、声が漏れることを考慮したのだ。<壁に耳あり、障子に目あり>。聞き耳を立てている奴が、いないともかぎらない。猜疑心が、やや強くなっている。
2025-8-20(水)晴天、今日も猛暑日の予想、朝の室温28度。
自宅瞑想、6:00-6:30、(椅子)端座位数息110回、般若心経2回。<柔軟運動>の名称を変えた。<ストレッチ>にする。メモ書き。
深く大きく呼吸しながら、数を数えた。が、100回目を過ぎたあたりで、座面の圧迫感が気になりだした。
昨日、肛門病院を受診した。高齢の医師が、<肛門鏡>で、よく診てくれた。<ここが痛いでしょ>、と何度も患部を指摘してきた。たしかに、そのあたりが痛いのだ。
<うっ血>による違和感、不快感は、じつは、<腫れ>による痛みだったのだ。年初来の<切痔>の再発だ。マジな話、持病になってしまった。この歳になって、まったく、笑えない話だ。
110回目で、立ち上がった。これ以上の、尻への負担を自重したのだ。立ったまま、臀部周辺をもみほぐした。と、気持ちが<素>に戻ってしまった。今朝は、これで終わりにしよう。
座りなおして、締めの心経を、小声で読んだ。外で物音がする。けさは、月一回の<紙ごみ>の日だった。
2025-8-21(木)晴天、今日も猛暑日の予想、朝の室温28度。
自宅瞑想、5:30-5:45、(椅子)端座位数息50回、般若心経2回。ストレッチも、メモ書きもサボる。
はじめは、座面の圧迫感は気にならなった。が、しだいに違和感がでてきた。それでも、数を数え続けていた。と、50回目前後で、我知れず、体が、ガクッと、前へ、のめった。ウトウトしてしまったのだ。
今朝は、午前三時半に目が覚めてしまい、そのあと、眠ることができなかった。完全に寝不足だ。頭が重くて、ぼうっとしている。このさき、とうてい、<数息>など続けられない。続けようという気にもなれない。
迷わず、ベッドへ行って、横になった。小一時間ほど寝た。その間、夢を見た。頭に残っているので、イメージだけでも書き留めておこう。
ひとつめ。近所の家へ自治会費を集金に行く。だが、自分は、集金係の班長ではない。強面の旦那が玄関先に出てきて、支払いを拒んでいる。班長と仲が悪いのだ。奥さんも出てきた。顔、一面に、赤黒い、大きな痣がある。不気味で、怖い。
ふたつめ。階段の掃除をしている。見ると、ヘリに、大きなクモが、たくさんいる。気味が悪い。一匹、一匹、棒の先で、押しつぶす。
みっつめ。ヤクザの大親分の葬式へ、故F氏と一緒に行く。自分は、外で待っている。F氏の身の安全を思う。場面が変わり、大きな倉庫。ヤクザから、逃げるために、小さなエレベーターで下に降りる。先にF氏だ。だが、下も安全ではない。また、エレベーターで、上にあがる。
小一時間のうちに、夢を、たくさん見たようだ。とはいえ、じつは、一瞬だったのかもしれない。そんな気がする。
2025-8-22(金)くもり、朝の室温28度。
自宅瞑想、6:00-6:35、(椅子)端座位数息130回、般若心経2回、ストレッチ10分、メモ書き。
100回目までは、息の出入りに合わせて、数を数え続けた。
<雑念>は、おもに、病気関連のことで、昨日の<心筋血流検査>の結果説明などが、思い浮かんでいた。
やはり、というべきか、淡い期待は、あっさり、否定された。また<カテーテル手術>だ。がっくり!気持ちが沈んでいくのが、自分でもよくわかった。
おそらく、心臓の血管が、もう、ボロボロなのだ。何の因果で、とつい愚痴が出てしまう。おそらく、2003年ころに罹患した<眼病>の後遺症だろう。
あの時、数年間<ステロイド>などを服用していた。それに伴い、血圧も上がった。<動脈硬化>の進行が加速して、血管が弱っていったのだろう。
小学校では、少年野球、中高校では、バスケットをやっていた。走ることはもちろんのこと、<心臓>にも自信があった。皮肉なことに、その<心臓>が、一番はじめにダメになりかけている。過剰なストレスを抱えながら、頑張って生きてきた結果が、これだ!
100回目を過ぎたあたりで、座面の圧迫感が、気になりだした。迷わず立ち上がって、臀部周辺の筋肉をほぐした。そのあと、残りの100回をやるつもりだったので、すぐに座った。が、座面の圧迫感が気になる。なんとなく、気持ちがざわついている。
125回あたりで、我知れず、体が、ガクッと、前へ、のめった。一瞬、ウトウトしてしまったのだ。そこで、はじめて<眠い>と感じた。それでも、キリのいい150回目までは、続けようと思った。しかし、それも実行できず、いきなり、数を数えることを中断してしまった。
<自己催眠>にかかったような状態のまま、なぜか、しっかり、心経は読んだ。次は、ストレッチだ。だが、こんどは、ためらいもせず、ベッドへ行って、大の字に横になった。<あ~楽だ!>。少しの間、この体勢のまま、ぼうっとしていた。
そのうち、極端な<眠気>はなくなり、頭も、少し、はっきりしてきた。起き上がり、ストレッチをして、メモ書きを書いた。紙面で、少し愚痴ったら、気持ちが軽くなった。平常心に戻った。死期を宣告されたわけじゃない。<検査><手術>は、<死出の旅>には必須なのだ。
屋外瞑想、温浴施設、湯船数息、断続的に、150回くらい。
はじめは、露天風呂で、半身浴で数を数えた。とはいえ、50回ほどで、熱くなり、テラスの椅子に移動した。座り心地が、イマイチだが、目をつぶったり、周りを見回したりしながら、さらに、数を数え続けた。
先日のように、座っているだけで、汗が出てくる、ということはなく、ときどき吹いてくる風が、心地よかった。だが、どうも、集中しきれない。気持ちが、やや散漫だ。
やはり、昨日の、検査結果のショックから、立ち直れていない。毎年、毎年、冠動脈の<カテーテル手術>だ。先行きが暗い。気持ちを切り替えたつもりだが、心の奥底は、不安と恐怖とでいっぱいなのだ。
2025-8-23(土)今日も、38度予想の猛暑日。朝の室温29度。
自宅瞑想、6:20-6:55、(椅子)端座位数息100回+50回、般若心経2回、ストレッチ10分、メモ書き。
はじめは、ちゃんと、数を数えていた。だが、しだいに、<雑念>が優勢になってきた。おもには、座面の圧迫感と病気関連のことだ。
切痔が再発して、朝晩、注入剤を入れているにもかかわらず、いっこうに良くならない。それなのに、<大腸検査>が控えている。そして、そのあとには、冠動脈の<カテーテル手術>だ。
平常心を保とうとしているが、ややもすれば、気持ちが沈みがちだ。今朝も、朝の四時に目が覚めてしまい、少しの間、ベッドの中で、暗澹たる気持ちになった。
100回目を目前に、一瞬、ウトウトっとした。我知れず、<眠気>がさしたようだ。すぐに気づいたが、同時に、座面の圧迫感も気になった。迷わず、中座して、臀部周辺の筋肉を手でほぐした。
さ、後半戦だ。また座って、数を数えはじめた。だが、座面の圧迫感が、やや不快だ。それでも、がまんして、数を数えた。150回目の目前で、一瞬、ウトウトっとして、我を忘れた。前半と同じような現象だ。
昨晩は、夜更かしもせず、定時に寝た。寝苦しいということもなかった。睡眠不足でもない。が、じつのところ、眠りが浅かったのだ。<心労>でしょうな。
2025-8-24(日)朝の室温、29度。今日も、39度予想の猛暑日。この先、ずっと、こういった夏が続くのかと思うと、気持ちが暗くなる。
自宅瞑想、6:00-6:35、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ10分、メモ書き。
はじめから終わりまで、数を数え続けた。ときとして、背景に、<雑念>が出てきたが、気を取られて、数を忘れることは、一度もなかった。
<雑念>は、おもに、昨晩見た女子バレーの<秋元選手>や、その母親の<大友選手>の顔やエピソードなどが思い浮かんだ。二人とも長身で、日本代表選手になっている。やはり、<DNA>は遺伝するのだ、とあらためて思った。
あと、人物関連で、大学時代の友人たち、TM君、HY君、TK君、IMさん、WK君などの顔や、出来事などが、頭の中に見えていた。とくに、TK君は、自分の芝居に、何度も出演してくれたので、好感を持っている。
父親が、大会社の重役で、学生時代から、自分の車を持っていた。多少癖があるものの、えらぶったところはなく、気さくでいい奴だった。たしか、<田中邦衛>のような俳優になりたいと言っていた。
そうそう、痔疾による、座面の圧迫感は、ほとんど気にならなかった。多少なりとも、よくなっているのかもしれない。だが、150回目で、<数息>を終了した。尻に、余分な負担をかけまい、と自重したのだ。
締めの心経は、室内の窓を開け放っているので、小さな声で読んだ。ただ、気持ち的には、しっかり読んだ。密集した住宅地だから、声が漏れるとまずい。気に障る奴がいるかもしれない。<変人>と思われたくないのだ。
とはいえ、<般若心経>のどこが悪い!腹の中では、世界中の人に聞こえるくらいの大声で、読みたいと思っている。ま、ここでは、自重しよう。
2025-8-25(月)今日も猛暑日の予想、朝の室温29度。きのうと気温は同じだが、湿度が、少し下がった。さほど、蒸し暑くはない。
自宅瞑想、6:00-6:45、(椅子)端座位数息100回+100回、般若心経2回、ストレッチ10分、メモ書き。
全体的に、<雑念>は出ていたが、ちゃんと、数を数えていた。失念したり、数え間違えたことは、一度もなかった。
<雑念>は、おもに、昨日見たビデオだ。AVビデオじゃない、自分の演出した舞台作品<抱きしめたい>だ。公演が1990年だから、すでに、35年以上前のものだ。評判が、すこぶる悪かった作品で、出演者からも、多少の疑義が出た。
自分としても、あまりにも拙い構成・演出で、思い出すのも嫌だった。何度か、ビデオを見直したこともあるが、恥ずかしくて、最後まで、ちゃんと、見ることができなかった。
だが、昨日は、小一時間、最後まで、しっかり見た。<悪くない>と思った。いやむしろ、向こう見ずな、実験的な精神が<尊い>と思った。
拙いながら、なにかが、首尾一貫している。それは<怒り>だ。人間を戦争に駆りたてる国家権力に対する<怒り>だ。個人の内面を抑圧してくる権威主義に対する<怒り>だ。そして、人間として生まれたことへの<怒り>だ。その<怒り>が<激しさ>となって、舞台に横溢している。
自分が構想し、演出した作品の真意を、もっと早くに理解できていたら、<芸術的抵抗>を企図し、それを非妥協的に具現化しようとした<抱きしめたい>は、自分をも含めた、生きとし生けるものにとって、美しくも、心うちふるえる舞台作品に昇華していただろう。
死ぬ前に、そのことに気づいて、自分が救われた。<俺は間違っていなかった!>。思想的にも、実存的にも、芸術的にも、<志>を貫いたのだ。
おっと、朝っぱらからテンションが上がってしまった。200回目を数え終え、合掌して、般若心経を読んだ。
ちなみに、叛通信公演<抱きしめたい>は、下記のユーチューブチャンネルで見られます。
https://www.youtube.com/watch?v=Y-BY9DVG5Bs&list=PLHmPmy7gZ-3MZ4XF1In5TSCMwWrgPvX0C&index=2&t=1s
2025-8-26(火)晴天、今日も猛暑日の予想。朝の室温29度。
自宅瞑想、7:20-7:55、(椅子)端座位数息70回、(ベッド)端座位数息80回、般若心経2回、ストレッチ10分、メモ書き。
数は、ずっと、数え続けていたが、<雑念>も出ていた。
<雑念>は、ほとんどが、病気関連のことだった。胃の不調、切痔の再発、狭心症、左胸の痛み、カテーテル手術、大腸検診、などなど、脈絡もなく、断片的なイメージが、頭の中に見えていた。
70回目前後で、座面の圧迫感が、少し、気になった。ふと思いついて、椅子から立ち上がり、ベッドの端に腰かけた。いわゆる<ベッド端座位数息>だ。
ベッドは、マットレスだから、座り心地がいい。椅子にクッション(楽じ郎君)を敷いているより、塩梅がいい。なぜ、もっと早く、このことに気づかなかったのか、自分でも、不思議なくらいだった。
このあとは、数を数えながら、<雑念>のイメージを、なんとなく、見ていた。少し、ぼうっとしている。あきらかに、普段の意識状態とはちがう。瞑想状態に近づいていたのだろう。
150回目を数え終え、締めの心経を読んだ。心が静まっていた。
2025-8-27(水)晴天、今日も、38度予想の、猛暑日。朝の室温29度。
自宅瞑想、6:20-7:00、(椅子)端座位数息100回+50回、般若心経2回、ストレッチ10分、メモ書き。
はじめは、ベッドの端に腰かけて、数を数えていた。だが、座面の圧迫感が気になる。違和感や不快感があるわけではない。痔の患部に、もろに、重力が、かかっている感じがするのだ。
ふと思いたって、クッション(楽じ郎君)を敷いてある椅子に腰かけてみた。クッションの真ん中には、直径20センチほどの穴が開いている。ちょうど、お尻の真ん中へんだ。う~ん、こっちの方が、患部に、重力がかかっていないような気がする。
昨日は、ベッドの端に腰かけている方が、座り心地がよかった。が、おもえば、尻が、柔らかいベッドに、沈み込んでいるので、背筋を垂直にして、骨盤の上に置く、という感覚ではなかった。
翻って、椅子での端座位は、座り心地はよくないが、背筋が伸びやすい。肝心の、患部への重力もあまり感じない。椅子でやろう、と判断した。
そのあとは、静かに、数を数え始めた。<雑念>も出ていたが、病気関連のことで、とくに、<大腸検査>のことについて、あれやこれや、考えあぐねていた。
100回目で、立ち上がった。臀部周辺の筋肉を、指先でほぐしたりした。患部への<いたわり>だ。意識は<素>には戻らず、そのあと、すぐに座って、さらに、50回数えた。
座面の圧迫感は、ほとんど感じなかった。だが、時間的に、もういいだろう、という気になった。今日は、これから<大腸検診>に行くつもりだ。たしょう、気持ちが急いていたのかもしれない。
窓を開け放したまま、小声ながら、心経を、しっかり読んで、朝の瞑想を終了した。ストップウォッチを見ると、約40分経過していた。長いとも、短いとも感じなかった。そもそものところ、数を数え始めると、通常の時間感覚が、なくなってしまう。いや、<なくなってしまう>ことを、意図し、期待しているのだ。
2025-8-29(木)曇り、最高気温が33度予想、猛暑日から、やっと解放される。朝の室温28度。
自宅瞑想5:30-6:15、(椅子)端座位数息150回、立位数息50回、般若心経2回、ストレッチ10分、メモ書き。
はじめは順調だった。深く大きく呼吸しながら、数を数えていた。コオロギの鳴き声なども聞こえていた。だが、そうのち、外の物音が聞こえ始めた。人間たちが起き出したのだ。
雨戸を勢いよく開ける音、パタパタ歩く音、ホウキで地面を掃く音、そして、遠くの方で、電気シェーバーの回転音、猫がケンカしている鳴き声も聞こえた。
自宅瞑想しているのに、屋外瞑想している時と、同じような意識状態だ。注意が、内側ではなく、外側に向かっている。しかも、そのうち、はじめは気にならなかったが、扇風機の風が気になりだした。<首振り>にしているので、ある間隔をおいて、風が体にあたる。涼しいのだが、気になる。
100回目で立ち上がった。お尻への<いたわり>だ。座りっぱなしは、痔によくない。そして、ふと思いついて、立ったまま、数を数え始めた。臀部の周辺を指でもみほぐすより、立ったままの方が、瞑想状態を継続しやすいような気がしたのだ。
いわゆる<立位数息>だが、以前に何回か試みたことがある。だが、注意が、<ゼロの状態>で立つことに、つまり、体感に向かってしまい、瞑想状態が深まらない。野外で座るところがないとき以外は、ほとんど採用していない。だが、今朝は特別だ。患部のうっ血を避けるための、苦肉の策だ。
立位で、50回くらい数を数えて、また座った。そして、また50回数えた。そのあと、締めの心経を読み、ストップウォッチを見た。45分ほど経過していた。いつもの、<俺の朝>だ。自分でも、驚くほど、平静な気持ちだった。
