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<数息観瞑想 日誌>2026年度版(5)

<数息観瞑想 日誌>2026年度版(5)

動画版 https://youtu.be/o8WPek7VKmA

~日々の数息観瞑想の記録~

2月分

2026-2-16(月)朝の室温、15度!

自宅瞑想、6:30-7:05、(椅子)端座位数息150回?般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

昨晩、すこし頭が重かったので、風邪薬を飲んだ。薬が効いたのか、けさは、体調がよくなった。が、<数息>では、80回目くらいから、ウトウトしだして、まともに数を数えていない。数を数えるという多少の努力が持続できない。ただ座って、ぼうっとしている状態だった。

これは<瞑想>とはいいがたい。とはいえ、通常の意識状態ともちがう。気持ちが落ち着いていて、安らかである。ま、それだけでもいいではないか。

けさ、ゴミ出しで外に出た。風が吹いている。冷たい北風ではなかった。まだ、二月の中旬だというのに、春の<におい>がする。ひと冬、越えたのだ。

前向きな、楽しい予感がする。心と体のどこかで、かすかに、ウキウキしている。春へと向かう気持ちが、尊い。これまでも、毎年感じていたことを、言葉にできた。いい言い回しだね。自己満足している。

2026-2-17(火)朝の室温、13度。

自宅瞑想、7:00-7:40、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

深く大きく呼吸しながら、数を数えはじめた。<雑念>は、背景に流れている程度だった。偉大なプロ野球選手、<長嶋><王><野村>、そして<イチロー>や<松井>などの顔や姿が、思い浮かんでいた。

120回目くらいからは、すこし、ぼうっとしてきた。しだいに、<漠としたイメージ>の中を漂いはじめた。ときとして、我を忘れて、数を失念する。ふと気づいて、また数えなおすが、すぐに忘れている。そのくり返しで、なんとか、200回目までたどり着いた。

締めの心経は、しっかり読んだ。が、ストレッチの最中に、やや、ネガティブな想念が出てきた。<数息>も<ストレッチ>も、マンネリ化している。以前のような<やる気>がなくなっている。かといって、やめてしまうわけにもいかない。

<数息>は心の健康のためだ。<ストレッチ>は体の健康のためだ。いやでいやでたまらない、<ガマン>するのがつらい、あるいは、ほかにもっと楽しいことが見つかるまでは、続けよう。なにしろ、<数息観瞑想>は、最後の最後に見つけた、自分の居場所なのだ。

2026-2-18(水)朝の室温12度。

自宅瞑想、7:00-7:30、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。

数を数えながら、<雑念>のイメージを見ていた。<雑念>は、日常生活関連のことで、昨日、見聞きした事柄が、脈絡なく、浮かんでは消え、消えては浮かんでいた。

どうも、<数息>に対する集中力が甘い!やや、義務的になっている。そのせいか、充足感がない。心地よさも感じない。ま、事実として、受け止めておこう。

あと、昨晩は、夢をたくさん見た。ざっと、メモ書きしておこう。

姪の赤ちゃんが死んでしまったこと、寺の境内で女性たちの組合の集会に巻き込まれてしまうこと、自動車のエンジンがかからないこと、景色の良いところからスマホで写真を撮っていること、などなどだ。

雑多な内容だったが、極度の不安や恐怖を感じる夢は少なかった。それと、周りには、大勢の人間がいて、にぎやかだった。

現実では、人間と接することはほとんどない。それなのに、夢のなかでは人間に囲まれ、人間のなかで生きている。距離を置いているつもりの人間社会と人間だ。が、縁はなかなか切れないようだ。いや、それどころか、毎日、駄文を書いて、SNSで公表している。いまだに、がんじがらめになっているのだ。

人生を、よりよく生きるための指標として、夢の意味を考えることにしている。いい夢も、悪い夢も、<神>ではなく、<自分>からの<啓示>として受け取ることもできるのだ。

2026-2-19(木)朝の室温10度。

自宅瞑想、7:00-7:40、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

前半は、<雑念>も出ていたが、数を数え続けていた。<雑念>は、いわゆる<終活>に関することで、<墓>や<遺品>について、いろいろ、思い浮かんでいた。

後半は、やや、ぼうっとしてきた。<雑念>のイメージも、<想念>の言葉も、どことなく、遠のいた感じだ。しだいに、時間の感覚がなくなり、身体の感覚もなくなって、無重力空間に浮いている。

途中で、ふと、<いまを生きている>と思った。いや、そう思う前に、あまり感じたことのない感覚を感じた。その感覚を言葉ですくいあげたのだ。<瞑想状態>に、一瞬だが、近づけたのだと思う。

何度か、数を忘れて、数えなおしながらも、200回目に到達した。

けさの<数息>は、ひかくてき、心地よかった。浮ついた気持ちが静まり、心が落ち着いていた。締めの心経を、しっかり読み終え、ストップウォッチを見ると、41分経過していた。あっという間だった。

めずらしく、頭がすっきりしている。そのせいか、自然に言葉が浮かんでくる。気分も前向きだ。天気もいい。窓からは、ぬけるような、青空が見えている。

2026-2-20(金)朝の室温10度。

自宅瞑想、6:40-7:10、(椅子)端座位数息150回くらい、般若心経1回、ストレッチ、メモ書きは、さぼる。

昨晩、マージャンゲームでストレスを感じたので、やめる決意をした。だが、けさになって、どうも、気持ちがヘンだ。心の中に、ぽっかり穴があいたような、空虚な感じがする。これは、あきらかに、ゲーム依存症の禁断症状だ。ま、大袈裟だが、その一種だろう。

数を数えはじめた。なんとなく、ヤル気が出ない。100回目まで、なんとか数えていた。が、そのうち、眠くなってきた。このあと、ストレッチやメモ書きが残っている。おもっただけで、億劫だ。

急に、何もかもイヤになった。服を脱ぎ、ベッドにはいった。そのまま、すぐに寝てしてしまった。しっかり、夢も見た。<俳優さんですね>と言われて、女性たちに、ちやほやされている。

小一時間で、目が覚めた。すぐには起きられなかったが、しだいに、頭がはっきりしてきた。起き上がって、朝食の準備をした。

食事をしながら、このところ滞っている、創作的な作業を、頭の中で確認した。アイディアが浮かんだ。今日は、やれそうな気がした。と同時に、その合間なら、マージャンゲームをやってもいいだろう。気分転換にもなるしな、と思った。

<朝令暮改>!いったん決意したことを、すぐに反故にしたわけだ。自己嫌悪感はあまりなく、気持ちが、いつもの<レール>に戻ったよう感じで、安定した。

ストレスにならない程度で、これからも、マージャンゲームをやることにした。なんなんだかなあ~!

2026-2-21(土)朝の室温9度。

自宅瞑想、7:00-7:30、(椅子)端座位数息100回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。

深く大きく呼吸しながら、息の出入りに合わせて、数を数えた。途中、<雑念>も出てきたが、気を取られて、数を失念することはなかった。

<雑念>は、背景に流れている感じで、昨日見たユーチューブ番組などが、思い浮かんでいた。あと、AVビデオの、大年増の大柄な女優の顔や姿が出てきた。なぜか、気に入っている。<セクシー>であり、<色気>を感じる。なるほど、あういう女性が<好み>なんだね。

100回目を数え終えた。最低でも、あと50回は、ノルマだ。が、ヤル気になれず、なんの抵抗もなく、すんなり終了した。

<数息>に、すこし<飽きた>のかもしれない。自分を責めずに、その気持ちだけ受けっておこう。<事実>なのだから。

2026-2-22(日)朝の室温、13度。

自宅瞑想、7:00-7:40、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。

けさは、100回、と決めていた。その方が、気が楽だ。

深く大きく呼吸しながら、数を数えはじめた。<雑念>は、はじめは、日常生活関連のことで、雑多だった。が、めぐりめぐって、<終活>になり、<散骨>の是非について、想念していた。

代行する業者がいる。<遺骨>を<粉>にして、船で相模湾あたりまで行って、海に撒くようだ。自分の骨が、すりつぶされて、粉にされるのをイメージして、ちょっと、イヤな気がした。だが、そうしないと、<法>に触れるようだ。もっとも、もう死んでいる。問題ないだろう。

100回目を数え終えた。眠気もない。端座位が大儀でもない。飽きてもいない。数息を続行した。そのあと、150回目を過ぎても、まだ、頭がはっきりしていた。よからぬイメージも出てきた。

そのうち、手のひらがジーンとしてきた。いくらか、足先も重くなっている。目の前の暗い空間には、人の笑顔が、見えたような気もする。だが、180回目くらいからは、数を数えることに、多少<努力>をした。

<数息>を100回やるのは、苦にならない。が、150回、200回と続けるには、いまのところ、<努力>が必要だ。この<努力>ができる日と、できない日がある。なぜだかわからない。今度、意識して、観察してみよう。

2026-2-23(月)朝の室温、15度。起きるのが、楽だ。

自宅瞑想、6:30-7:10、(椅子)端座位数息170回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。

数は数えていたが、<雑念>も出ていた。創作関連のことや、学生時代の友人とその家族のこと、さらには、病気関連のことなどが、脈絡なく、思い浮かんでいた。

100回目までは、眠気もなく、順調だった。だが、150回目くらいで、端座位が窮屈になり、座りなおした。このあたりから、急に、<数息>への注意が散漫になった。

数を数え続けるのが大儀になり、続けるためには<我慢>と<努力>が必要だ。少しのあいだは、頑張った。が、170回目くらいで、くじけて、終了した。

<我慢>と<努力>。自分は、そんなにできるほうじゃない。だが、知らず知らずのうちに、かなりやってきたような気がしてきた。心と体に、ストレスをかけてきたのだ。

水鏡に座っているような静けさの中で、微細な心の動きを感じることができる。それもこれも、<数息>を続けてきたからだろう。

どこからが<我慢>と<努力>で、どこまでが、そうじゃないのか?そのちがいを、しかと、判別できるように、なりたいものだ。

2026-2-24(火)朝の室温、20度。むろん、ファンヒーターはつけない。

自宅瞑想、7:00-7:20、(椅子)端座位数息100回、般若心経2回、ストレッチ、メモ書きはさぼって、小一時間ほど、二度寝。

昨日から、身体が、極端にだるい。薬<ザイザル>の副反応でもあるが、薬を飲む前から、ひどい倦怠感あったのだ。熱はないので、<インフル>とか<コロナ>ではないと思う。

けさも、ひどい。朝起きるのが、つらい。それでも、いつものように、整頓、洗面を済ませて、数息に臨んだ。しかし、すぐに、ウトウトし出した。ろくに数も数えていないし、<雑念>すら出てこない。これはたまらん!100回目で中断して、ベッドへ行って、寝てしまった。

すこし肌寒いような気がしたので、首を曲げて、温度計を見た。18度しかない。あれ!朝起きたきには20度あった。陽が登るにつれて、気温は上がるものだ。この後、雨戸シャッターを開けると、曇り空だった。なるほどと思った。

そうそう、昨日は、体調が、あまりよくないのに、散歩に出た。で、いつものように、復路の水門の下で、心経を読もうとした。その際、読む前に、大きく深呼吸するのが<ルーティーン>だ。

幅の狭いコンクリ階段に立って、両腕を、上にあげて、上体をうしろに反らした。と、その瞬間、バランスを崩して、ややうしろ向きに倒れ込んだ。右ひじを、コンクリ階段の縁にぶつけたが、大事なかった。

こんなことは、はじめてだ。ふと、高齢者が、自宅で転んで骨折する、という話を思い出した。なんで?と思って、歯牙にもかけなかった。が、理由が、よくわかったような気がした。

歳をとると、ありえないことが、起こり得る。<死>は、まさに、その<極致>だろう。

2026-2-25(水)朝の室温、16度。

自宅瞑想、7:00-7:35、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

<雑念>も出ていたが、ずっと、数を数え続けた。

<雑念>は、おもには、創作関連のことで、<旅行記>や<画像投稿>のことを考えていた。

<画像投稿>に関しては、<花>と<灯台>とを、それぞれ、月に一度程度アップしている。毎回、<イイネ>が、100個くらいつく。それが<励み>になっている。

とりわけ、<花>は、気に入ったものを、再度、厳選して、再構成、再補正して、アップしている。ある意味、今現在の自分の<美意識>と<写真力>とを結集した<作品>だ。

その<娘>が、サイトの上位に掲載されると、わけもなく、うれしい。これもまた、人生の、ちょっとした<楽しみ>の一つだ。

200回目を数え終えた。<我慢>や<努力>といった、心の動きは、まったく感じられなかった。<ニュートラル>な状態で、座り続けていたのだ。

自分は、無理して、<数息観瞑想>をやっているわけではない。そのことが証明されたわけで、少し安堵した。これからも、朝の<瞑想>を続けていけそうだ。

2026-2-26(木)朝の室温、15度。

自宅瞑想、7:10-7:45、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

けさ、定時の午前六時に、起きられなかった。30分ほど、ベッドの中でグダグダしていた。<数息>をやりたくない。さぼりたい。このまま、二度寝してしまおうかな。が、おもいきって、布団をはねのけ、起き上がった。

そのあと、いつもの通り、整頓、洗面をしていると、ふと、日々の<ルーティーン>から解放された自由な気分になった。子供のころ、日曜日の朝に感じた気分だ。しあわせな気分、といってもいい。やや、意外な感じがして、おやっと思った。

体調もいい、人生最後の自由な時間を、<しあわせ>に思うか、<ふしあわせ>に思うか、それは、自分次第だ。どちらかを選べ、というのなら、むろん、<しあわせ>を選ぶ。これは、ある意味、俺が選んでいるじゃない。<いのち>が選んでいるのだ。

いまほど、<しあわせ>な時間が、これまでにあったのか?それなのに、いらぬ心配、いらぬ不安で、その時間を、台無しにしている。だめじゃない。そのことに、改めて、思い至った。

椅子に座った。背筋を伸ばし、端座位になり、合掌した。そして、けさも、数を数えはじめた。

2026-2-27(金)朝の室温、14度。

自宅瞑想、7:00-7:25、(椅子)端座位数息100回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。

はじめは、心地よく、呼吸しながら、数を数えていた。<雑念>も出ていたが、雑多な内容だ。よからぬイメージの断片や、創作作業のこと、マージャンゲームのことなどが、思い浮かんでいた。

あと、昨晩、けさと、心の奥底で、うごめいているものが、気になっていた。ありていに言えば、<死>の恐れから来る、不安感や焦燥感、虚無感だ。ふだんは、<知>と<いのち>とによって、おさえこまれている<魔物>たちだ。

なんだか、落ち着かない。100回目で、数息を終了した。

自分のなかに<魔物>がいるのはたしかだ。だが、<疑心暗鬼>という言葉もあるではないか。よくよく見れば、老木の影、ということもある。<数息観瞑想>と<般若心経>が、守ってくれる。そう思うことにしている。

奇しくも、けさの<花切手>は<ナンテン>だ。<難を転じて福となす>。<縁起>がいいではないか!

2026-2-28(土)朝の室温、16度。

自宅瞑想、6:40-7:10、(椅子)端座位数息170回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

数は数えていたが、<雑念>が、優勢だった。おもに、<デイキャンプ>や<車中泊>のことなどが、思い浮かんでいた。

せっかく買いそろえた用品を、まだ、いくらも使っていない。しかも、ほぼ一年以上、押し入れに入れたままだ。このままだと、そのうち<カビ>が生えて、使えなくなってしまう。なんだか、<惜しい>気がする。

<虫干し>かたがた、近くの公園で、<デイキャンプ>のまね事でもしようかな。あるいは、一泊二日の、近場の<車中泊>はどうだ。だが、<車中泊>は、<トイレ>が問題だ。道の駅の<トイレ>で<大>をするのが、どうも、苦手だ。不潔な感じがして、落ち着かない。長期の車中泊旅の時は、<我慢>していたんだ。

150目をすぎたあたりから、しだいに、<雑念>に気を取られ、ちゃんと数を数えていない。170回目くらいで終了した。

<冬ごもり>が、ようやく終わり、外の世界へ出ていけるようになった。車に<サイドタープ>を張って、<デイキャンプ>のまね事をするのも一興だ。<いま>しか、できないかもしれないのだ。

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