<数息観瞑想 日誌>2025年度版(21)
<数息観瞑想 日誌>2025年度版(21)
動画版 https://youtu.be/ewhbAJE8Iao
~瞑想と般若心経の日々~
7月分
2025-7-10(木)朝の室温28度。
自宅瞑想、5:30-6:00、(椅子)端座位数息100回、般若心経2回、柔軟運動はサボる。メモ書き。
20回目くらいまでは、ちゃんと、数を数えていた。だが、そのあとは、<眠気>が出てきた。<雑念>も出てはいたが、とにもかくにも、眠い。しだいに、端座位が苦痛になってきた。
100回目で、衝動的に立ち上がった。ベッドへ行って、横になった。あ~~、楽だ。数を少し数えたが、すぐに、ウトウトしてしまった。小一時間、寝ていたようだ。
昨晩は十時に寝て、今朝は五時におきた。多少寝苦しかったが、睡眠不足というわけじゃない。なぜ、こんなに眠いのか、よくわからない。
あと、朝方イヤな夢を見た。簡単にメモしておこう。
大きな工場。日雇い仕事の順番を待っている。黒い紐のついた、小判型のプラの番号札を持っている。今日は、あまり仕事がない。だが、もうすぐ、自分の番だ。不安になる。工場内の仕事など、一度もしたことがないのだ。
場面が変わる。工場内の事務所。人でごった返している。受付カウンターへ行き、番号札を渡す。女子社員の、事務作業が遅い。それに、盛んにしゃべっている女性がいる。<静かにしていた方がきれいに見えるよ>と諭す。
出口へ向かう。財布などの入ったポシェットと、大切なカメラを、カウンターの下に忘れてきた。慌てて、戻る。盗まれていない。一安心する。
事務所から出る。人相の悪い警備員に呼び止められる。バッグの中を検査される。撮影機材などをいじりながら、苦々しい表情をしている。そのあとも、なんだかんだ言いながら、自分の車までついてくる。許しも得ずに、運転席に乗り込み、運転し始める。人気のないところへ向かう。変質者かもしれない。少し怖くなる。
そのうち<ヤード>のような所に到着する。小屋の中から、四、五人、風体の悪い男たちが、出てくる。警備員は、なぜか、制服でなくて、ラフな格好になっている。顎で合図して、小屋の中に姿を消す。身ぐるみはがれそうな感じだ。怖い!
以前、<社員のふりをして、会社に出入りする>という夢をよく見た。実人生では、<仕事などしたくないのに、しなければならない>という情況が、長く続いていた。夢の前半は、この主題の変奏だろう。
後半の、警備員に脅されて、ずるずると言いなりになっていく、という夢は、自分の性格を反映している。実は、気弱で、きっぱり断ることができない。悪い奴と、面と向かって対峙することができないのだ。
連続の猛暑で、心身ともに参っている。だが、引っ越すわけにもいかない。この暑い部屋で、このあと何年も我慢するしかない。実人生の、そんな情況も、夢の生成に関係しているように思う。
2025-7-11(金)朝の室温、26度。涼しい、楽だ。
自宅瞑想、6:10-6:50、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、柔軟運動15分、メモ書き。
はじめから終わりまで、ほぼ、数を数え続けた。<雑念>も出ていたが、気を取られて、数を忘れることはなかった。
<雑念>は、おもに、日常生活関連のことで、とくに、気になったことはなかった。みな、瞬間的で、記銘する気にもなれなかった。
150回目あたりからは、腹を膨らませたり、へこませたりしながら、いわゆる<横隔膜呼吸≒腹式呼吸>をしながら、数を数え続けた。
鼻から息を吸う<鼻呼吸>を、いったんやめて、腹筋運動だけで、空気が、肺の中を出たり入ったりするのを確かめた。この間、むろん、<雑念>は出てこなかった。注意を呼吸法に向けているからで、多少の努力をしている。
200回を数え終えた。久しぶりに、微動だにせず、端座位を保持できた。しかも、それが苦痛でもなく、大儀でもなく、眠気もほとんど出なかった。今朝は涼しいから、体調がいいのかもしれない。
気温が、30度を境に、その前後、数度の違いで、体感がまるで違う。人間の体は、実に繊細だ。当たり前のことながら、ことあらためて、気づかされた。
散歩、新コースB、7500歩。
久しぶりに、気温が30度を下回ったので、散歩しようという気になった。
施設の駐車場に車を止め、右岸の土手道を、下流へ向かって歩き始めた。梅雨空で、写真はダメだ。とはいえ、何度か、灰色の雲に向かって、シャッターを切った。
それと、少し来ない間に、水田が緑一色になっている。稲が、四、五十センチほど成長している。土手道沿いには、<ヒルガオ>や<ワルナスビ>が繁茂している。あと、下流へ向かうにつれて、黒い、犬の糞が目に付くようになった。
ほとんど人の通らない土手道だから、ちょっと前までは、<ミミズ>の死骸くらいで、きれいだった。いったい、どこのどいつだ!腹が立った。と、ウグイスの、きれいな鳴き声が聞こえた。
美醜、善悪、真偽、そして、正義と不正義が混交している世界だ。イヤな事には、目をつぶるしかないのか?いや、般若心経の<空>の思想がある。<マクベス>に出てくる魔女たちは、大きな鍋をかき回しながら<きれいは汚い 汚いはきれい>と、呪文を唱えている。いまだ、知識が知恵にまで昇華していない。人間としては、まだまだだね。
折り返し点に着いた。汗びっしょりだ。給水した。500ミリのペットボトルの水を、半分くらい、ごくごく飲んだ。
復路に入り、いつものように、木橋と橋の間の水門の下で、心経を読んだ。はじめは、小さく、ゆっくり、しだいに、大きく、はやく、そして、最後の<咒>は、ほとんど絶叫に近かった。あ、これは<演劇>だ。
心の中に、なにかが立ち現れてくる。目指していた<自分の演劇>を、知らず知らずのうちに、敷衍している。以前にも、<野外心経>は、<自分なりの演劇の形>、と書いたことがあるじゃないか!すっかり忘れていたよ。
土手道に戻った。遠くに、清掃センターの煙突と建物が見える。あの辺まで戻るわけだが、まだ、全然、疲れていなかった。毎朝の、柔軟運動が功を奏している。体力がついたように感じた。気分がいい。いいかげんなもので、復路は、犬の糞も、さほど気にならなかった。
2025-7-12(土)朝の室温、25度!涼しい、楽だ~。
自宅瞑想、7:00-7:30、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、柔軟運動15分、メモ書き。
20回目までは、腹筋を使って、深く大きく呼吸しながら、数を数えた。それ以降は、徐々に、通常の<鼻呼吸>に戻った。数を数えることに、ずうっと、注意が向かっていたので、<雑念>も出ていたが、ほとんど気にならなかった。
100回目あたりで、やや、飽きた感じがしてきた。が、<数をきざんでいこう>と思った。すると<飽きた感じ>は、消えていった。
140回目くらいで、再度、腹筋を使って、深く大きく呼吸しながら、数を数えた。この動作には、多少の努力が必要だが、通常の<鼻呼吸>に戻ると、何の努力もしないで、自然に、吐いたり、吸ったりしている。一瞬、不思議な感じがした。
自分の意思とは関係ないところで、自分は息をしている。いったい、だれが、自分に息をさせているのだろう?これは、まさしく、<いのち>というほかない。
200回を数え終えた。今朝は、<雑念>がほとんど出なかった。息をすること、数を数えることに、終始、注意が向かっていた。おもえば、充実した時間だった。しかしながら、その最中には、<充実した時間>などとは感じていなかった。名づけようのない時間を生きていたのだ。
2025-7-13(日)朝の室温、26度。楽だ。
自宅瞑想、5:55-6:40、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、柔軟運動20分、メモ書き。
はじめから終わりまで、数を数え続けた。
20回目までは、とくに、腹筋を使って、腹を膨らませたり、へこませたりしながら、深く、大きく、呼吸した。そのあとも、通常の<鼻呼吸>よりは、深く、ゆっくり、長く、呼吸しながら、数を数え続けた。
<雑念>は、頭のどこかで、見えていたが、気になって、数を失念することはなかった。おもには、<暗黒舞踏>関連のことだった。大学の同級生KR君、美術家のIEさん、その若い友達の舞踏家IS君、あと、<土方巽>が亡くなった時、故F氏と、追悼集会に参加したこと、ほかにも、見聞きしていた有名な舞踏家たちの顔や姿などが思い浮かんだ。
最近、朝の柔軟運動は、パンツまで脱いで、素っ裸でやっている。姿見で、毎朝、自分の、あまり美しくない体を見ている。舞踏家たちの、均整の取れた、鍛えられた肉体が、当時も、そして、いまも、うらやましいと思った。
後半になると、こうした<雑念>も消え去り、ただただ、呼吸に合わせて、数を数え続けた。息をしていることに自覚的になっている。<いのち>の所在を、確かめようとしているようだ。
200回を数え終えた。締めの心経を読み終え、ストップウォッチを見た。45分経過している。こんなに長い時間、微動だにせず、端座位を保持したことになる。自分で自分に感心した。多少なりとも、<瞑想>の真似事ができた。気分は良かった。
2025-7-14(月)くもり。朝の室温、28度。
自宅瞑想、6:30-7:15、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、柔軟運動20分、メモ書き。
はじめから終わりまで、数を数え続けた。全体を通して、深く、大きく、ゆっくり、長く、呼吸した。ときどき、腹筋や横隔膜を意識した深呼吸方式の呼吸なども、取り入れた。通常の<鼻呼吸>よりは、<雑念>が出てこなかった。終始、呼吸に注意が向かっていたからだろう。
めいっぱい吸って、めいっぱい吐く。最後の最後まで吐ききると、自分が消え去っていくように感じた。そして、ほとんど反射的に、一気に、息を吸い込むと、こんどは、自分が生き返ったように感じた。この<遊び>を、何回も繰り返した。愉快で、おもしろかった。
200回を数え終えた。頭と体が、すっきりしていた。<深呼吸健康法>なるものがあるという。たしかに、深呼吸は身体にいい。ふと、ヨガの行者が、テレビのインタビューで、呼吸法を会得すれば、なにも怖いものはない、というようなことを言っていたのを思い出した。
<心頭滅却すれば火もまた涼し>。微動だにせず、自ら火だるまになって、戦争に抗議した僧侶の映像も思い出した。あの僧侶は、おそらく、行者のいうところの呼吸法を会得していたに違いない。当時は、ただただ、そら恐ろしかったが、いまおもうと、尊い<生き仏>様だったのだ。
良きことに、遅すぎることはない。心の中で合掌しよう。人間は、あの境地にまで、到達することができるのだ。
屋外瞑想、温浴施設、湯船数息、断続的に170回。
はじめ、室内の湯船のヘリに座って、50回くらい、数を数えた。熱くなったので、露天風呂へ移動した。露天の湯船のヘリに座って、また数を数え始めた。しかし、50回くらいで、また熱くなってきた。湯船から出て、こんどは、テラスの椅子に座って、数を数え始めた。
と、雨がぽつぽつ降ってきた。全裸である。雨粒が体にあたる。少し冷たい。それに、けっこう刺激がある。これまでに、あまり体験したことのない感覚だ。しかし、そのうち、かなり降ってきた。体への刺激が強すぎて、のんびり座って、数など数えていられない。
眼を開けた。テラスの床に、<マグロ状態>で、横たわっていた爺たちがいなくなっていた。みな、室内に引き上げたようだ。もっとも、一人だけ、しなびた<イチモツ>を天に向けて横たわっている貧相な男がいた。完全に、寝込んでいるのかもしれない。
雨もポツポツならいいが、それ以上降ってくると、趣も、面白みもない。奇をてらうことはせず、爺たちの選択に従って、自分も露天風呂を後にした。
2025-7-15(月)朝の室温、28度。台風の影響で、ときどき、激しい風雨。
自宅瞑想、6:30-7:10、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回。柔軟運動15分、メモ書き。
深く大きく呼吸し、息の出入りに合わせて、数を数えた。
20回目を過ぎると、背景に、<雑念>が出てきた。おもに、人物関連で、知人Z氏、故F氏、知り合いの劇団のYS君、KW君、あと、大学の後輩IK 君などの顔や場面が、脈絡なく、思い浮かんできた。
100回目前後で、ふうっと、<雑念>に引き寄せられて、数を数えることを忘れた。それに気づき、再度、深く大きく呼吸して、数を数え続けた。だが、150回目くらいで、こんどは、端座位の保持が、やや大儀になった。集中が切れかかっている。と、窓に<簾>が激しくぶつかる音がした。びっくりした。台風の影響だ。気持ちが<素>に戻ってしまった。<数息>を中断した。
締めの心経を読んだ。しっかり読めた。思えば、始まりの心経も、しっかり読んだ。最近は、読み始める前に、<合掌>をしている。それがいいのかもしれない。
もっとも<誰に>向けて<合掌>しているのか、定かでない。言えることは、以前に比べて、衒いなく、自然に、素直に、<合掌>ができるようになったということだ。
人間は変われるものだ。いや、自分も変化し続けているのだ。
2025-7-16(水)曇り、台風の影響なのか、不安定な空模様。朝の室温、28度。
自宅瞑想、6:30-7:20、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回、柔軟運動15分、メモ書き。
1回目から100回目までは、<雑念>も出ていたが、深く大きく呼吸しながら、数を数え続けた。
<雑念>は、日常生活関連のことや、人物関連のことなどで、多岐にわたり、しかも、脈絡がない。いちいち、列挙するのも面倒だ。ただ、ひとつだけ、AVビデオの破廉恥な場面が出てきた、ということだけ書き残しておこう。この歳になると、性的妄想は、いまだに男だ、ということの証なのだ。
100回目前後で、体が、ガクッと、前へ、のめった。<ウトウト>していたのだ。ストップウォッチを見ると、まだ25分しかたってない。が、気持ちが<素>に戻ってしまった。中断しよう。
と思ったものの、<なんとなく>、このあと、まだ100回くらいはできそうな気がした。水を飲んだ。最近お決まりになっている、ベランダから見える空の様子を、デジカメで定点撮影した。一息入れて、また、イスに座った。
このあと、100回目から200回目まで、再度、深く大きく呼吸しながら、数を数えた。吸い込んだ息が、すべて、肺の中に入っていく。吸って、吐くことが、心地よく感じられた。
<雑念>も出ていたが、背景に流れているだけで、気を取られることはなかった。瞑想状態に近づいていると思った。
2025-7-17(木)朝の室温、26度。
自宅瞑想、7:10-8:00、(椅子)端座位数息200回、般若心経2回。柔軟運動15分、メモ書き。
はじめから終わりまで、深く大きく呼吸しながら、数を数え続けた。途中、<雑念>も出てきたが、気を取られて、数をまちがえることはなかった。
あと、風で、窓ガラスに、<簾>が、再三再四、ぶつかって、不快な音がする。立ち上がって、<簾>を巻いた。
何日か前の、少し息苦しいとか、息が、肺に十分入っていかないとかの症状は、なくなっていた。少しの努力で、肺が空気を吸って、ふくらみ、空気を吐いて、しぼんでいくのが、よくわかった。深く、大きく、ゆっくり、長く、呼吸している。心地いい。
200回を数え終えた。締めの心経も読み終わり、ストップウォッチを見た。49分経過していた。一度、中座したものの、終始、背筋がピンと伸びていた。端座位の保持が、大儀でもなく、退屈でもなく、<眠気>も<倦怠感>もなく、気持ちが落ち着いていた。
通常の<時空間>意識が弱まり、自分が、息をして、数を数えている、という意識も背景に退いた。暑くもなく、寒くもない、痛くも、かゆくもない、ほの暗い空間の真ん中に、浮いているかのようだ。多少なりとも、瞑想状態に近づけたのだろう。
