<日本灯台紀行 旅日誌>四国編(5)
<日本灯台紀行 旅日誌>四国編(5)
動画版 https://youtu.be/oFD2c9Ce4JA
~辺境の灯台をめざして~
四日目(2) 2022-11-15(火)
佐田岬灯台撮影3
旅の出会い
佐田岬灯台の駐車場に着いたのは、11時ころだったようだ。 駐車場には車が10台くらい止まっていた。秋の行楽シーズンだからな、と思った覚えがある。トイレに行きかけた時、初老の男性に話しかけられた。気やすい感じで、灯台への道のりや時間を聞いてきた。かなりきつい坂もあり、三、四十分かかると思う。自分のほうは、昨日行っているので、自信をもって答えることができた。
彼は、スニーカーのようなものを履いていて、これでも大丈夫かと、さらに聞いてきた。自分の履いている軽登山靴を示して、こういう方がいいと答えた。ただそのあとで、遊歩道がずうっとアスファルトなのを思い出して、それでも大丈夫だろうと付け足した。
彼は、行くのを多少ためらっていたようだが、最後に、せっかくここまで来たんだから行ってみようかな、とこちらに聞こえるように言った。オヤジの一人旅、といった感じで、飾り気がなく、ざっくばらんなところがいい。
ところで、佐田岬灯台には、おおよそ、三つのビューポイントがある。<椿山展望台><御籠島展望台>それに、もう一つ<水尻展望台>。…いま調べて名前がわかった…最初の二つは昨日行った。三つ目の<水尻展望台>は、駐車場の脇から、山道を登ったところにあるらしい。ということは、灯台までは、かなりの距離がある。自分の持っている400㎜の望遠でも、とどかないかもしれない。とはいえ、行ってみるしかないだろう。
カメラバッグに三脚と重い望遠カメラを入れた。念のためにと、ペットボトルの水も一本入れた。山道を登り始めた。かなり急な一直線の上り坂だ。少し歩いて、息が切れた。この先どのくらいあるのか?と思っていると、上から、中年の夫婦連れが下りてきた。
目の前に来た時に、挨拶をして、展望台まで、あとどのくらいありますか?と聞いた。眼鏡をかけた、やや小太りの旦那は、関西弁で、愛想よく応じてくれた。生活に余裕のある雰囲気だ。うしろの奥さんも、感じがいい人だった。二言、三言、言葉を交わして、互いに気分良く、山道の上と下に別れた。
あと少し、という情報を、メガネの旦那から得たので、気が楽になった。実際、少し行って、山道が下りになりだした途端、右側に、六畳間ほどの、柵に囲われた展望デッキが見えた。崖際に設置されている。はは~ん、ここだな。急な斜面の樹木を伐採して視界を開き、彼方の灯台が見えるようにしている。いい景色だが、灯台はかなり小さい。望遠カメラで正解だった。
さっそく、崖の柵際で撮り出した。いちおう三脚は立てたようだが、よく覚えていない。カメラを三脚から外して、柵に肘を固定して撮ったような気もする。だが、天気がイマイチだった。薄い雲がかかっている感じで、日差しが弱い。しかも、やや斜め逆光だから、視界がぼうっと霞んでいる。
灯台は、といえば、こぶ状の山の先端に見える。しかし、いかんせん小さい。こうした場合、これまでの経験からして、灯台を目いっぱいアップしても、いい写真にはならない。奥行き感というか、存在感というか、要するにリアリティーがなく、画面がデザイン的になるような気がする。
それに、最近は<灯台写真>よりは、<灯台のある風景>に、重点が移りつつある。灯台の造形美に拘泥することもない。となれば、いま、眼前に広がる光景は、まさに絶景であり、海があり、空があり、山があり、岬があり、その先端に灯台がある。<灯台のある風景>そのものだ。
画面上での事物の大きさは、主題と比例しない。<≒>。むしろ、無限大の世界の中で、極小の一点を主役にできるのなら、写真の主題がより明確になるかもしれない。なぜ、灯台などを撮るのかという疑問に、多少なりとも答えることができそうだ。
とはいえ、天気が良くない。日差しが少ない。画面構成はできても、全体の色合いを調整することはできない。かっと陽が差してくるのを、待つしかないのだ。
ひと通り撮り終えて一息入れた。この展望台の位置取りからして、午前中の明かりのほうが、きれいに撮れるかもしれない。明日の朝、高松に向かう前に、また撮りに来よう。山道も、たいしたことないしな。柵に肘をかけて、いま一度<灯台のある風景>に見入っていた。
そこへ、おしゃれな感じの初老の男性が来た。目礼をした後、多少時間つぶしの感じで、気軽に話しかけた。車で日本一周しているらしい。<足摺岬>にも行ってきたというので、どんな場所だったのか、少し詳しく聞いてみた。雨が降っていて、そのうえ、自殺者が出たとかで、規制線が張られていた、そばまで行けなかったとのこと。ええっと思った。
土佐清水の<足摺岬灯台>は、今回の旅で、寄ってみようかどうしようか、少し迷った灯台だ。<佐田岬灯台>からは、150キロくらいだから、グーグルマップで、付近の探索もした。駐車場からかなりの距離があり、ビューポイントは遠目で、一つしかなく、灯台の形にも、それほど魅かれなかった。なので、今回はパスした。そのうち、四国の南側を旅することがあるかもしれない。その時に<室戸岬灯台>と抱き合わせで行くという手もある。またの機会ということにした。
初老の男性とは、ほかにも、本州と四国との間の、三つの橋(瀬戸大橋、明石海峡大橋、しまなみ海道)を往復して走ったとか、宿泊場所は<ブッキングアプリ>で最初に予約しているとか、けっこう長い間話した。節々に裕福感が出ていて、一流企業を退職した部長さんで、お金持ちという感じがした。影とか暗さとかはなく、なぜ一人で日本一周しているのか、ぱっと見、よくわからなかった。
それじゃあ~と、挨拶して、帰るのかと思ったら、反対方向の行き止まりの方へ歩きだしたので、そっちは行き止まりですよ、と声をかけた。何か勘違いしているようなので、彼方の灯台を示して、行き方を教えた。道のりが大変そうなのがわかったとみえ、行くのが億劫そうだった。
この後、少しして、自分が駐車場に戻った時に、彼の車が出ていくところだった。大きなSUVでまだ新しい。手を挙げて会釈すると、彼も車の中から、こちらを見て手を挙げた。時間的にみて、灯台には行ってない。観光などはどうでもよくて、車で日本一周することが目的なのだろう。それと、思った通り、金持ちだった。あの歳で、500万以上する車に乗っている。しかも新車だ。あらためて、住んでいる世界が違うなと思った。
<12時 灯台へ向かう>。<椿山展望台>に登るところに、崖をくりぬいてコンクリできれいに固めた、扉のない物置のような構造物がある。昨日も前を通り過ぎたのだが、流したので、今日は案内板に目をやった。いまちゃんと調べると、太平洋戦争末期の<移動式探照灯格納庫>のようだ。あの時も、格納庫という言葉だけは頭に入った。戦争遺構なので、興味があり、写真を撮っていると、午前中、駐車場で立ち話をした、ざっくばらんな初老の男性が、どこからともなく現れた。灯台を見てきた帰りだという。
はじめは、日陰の山道での立ち話だった。そのうち、あれやこれやと、話に花が咲いて、そばにあったベンチに座り込んで、かいた汗が冷たくなって寒くなるまで、小一時間ほどしゃべった。雄弁で、車中泊で半年以上、日本全国を回っているのだという。そのほか、旅行会社をやっているとか、身の上話的な話題が、次から次へと出てきた。話の内容にも整合性があり、でたらめではないと思った。
互いに、旅好きの車中泊愛好家であり、それに、年寄りの一人暮らし、という境遇の近しさもあり、初対面ながら、話が合って楽しかった。別れ際に、メールと電話番号が載っているカードを、名刺がわりに渡した。彼も<ユーチューブ>のハンドル名を教えてくれた。ほかにも<フェイスブック>など、いろいろやっているようなので、友達になろうということで、その時は別れた。
数日たって、四国を離れる日に、電話が来た。<ハンズフリー>で運転しながら、互いの現況などについてしゃべった。ついでに、四国最東端の<かもだ岬灯台>について話を聞いた。付近の道の駅のことも尋ねたら、丁寧に調べて再度連絡してくれた。説明の仕方が、なるほど、旅行会社をやっているだけのことはあるなと感心した。
この電話をきっかけに、<ライン>でも友達になり。帰宅後も、時々メールの交換をしている。これまで、旅で出会った人と、その後に友達になったことは一度もない。今年の夏には北海道に行く予定だ、と言っていたので、また会えるかもしれない。
自分も、去年の夏の酷暑には懲りたので、一ヶ月くらい、北海道での車中泊・灯台巡りの旅を計画していたところだ。ま~、果たして、そんなに長期の車中泊旅ができるかは、心もとないが、挑戦してみようと思っている。今回、車中泊旅の<プロ>と友達になったことだし、何かあれば相談できるというのは、心強い限りだ。
<日影の長話で体が冷えた 1時30分 別れて 灯台へ向かう 昨日も強風 今日も強風 風がけっこう冷たい <椿山展望台>はパスして<御籠島展望台>にしぼる 望遠カメラ 三脚をおいてきたから リックが軽い 足取りもいい 体調もほぼ万全だからな 2時30分前~3時までねばる 雲が多いが 昨日よりもいい>。
この日の佐田岬灯台の撮影は、昨日とほぼ同じポイントで、ほぼ同じアングルで撮った。とはいえ、空の様子が若干ちがっていた。青空の部分に雲が多少出ている。今日のほうが、写真的には、見栄えがいいと思うが、ま~、大差ない。総体的には、初日の感動が薄れて、覚めた撮影だった。そのせいか、展望台での時間が長く感じられた。<3時40分 駐車場に戻る>。
四時過ぎには民宿の駐車場に着いた。まだ明るかったので、すぐ近くの漁港(佐田岬漁港)にある、白い防波堤灯台を見に行った。ついでに、民宿の隣にある、立派な神社にも立ち寄った。由緒書きの案内板があったが、頭に入らなかった。ただ、狛犬の表情がいいので、写真に撮った。
白い防波堤灯台のほうは、ぱっと見、ロケーションがあまりよくない。しかも、陽が傾きすぎていて、やや暗くなっている。近くまで行くこともあるまい。遠目から、記念写真的に何枚か撮った。
民宿に入った。受付カウンターには、宿のおかみさんらしき、小柄な初老の女性がいた。知的であか抜けた感じだ。そうそう、今朝、出発するとき、駐車場で、民宿の大将に会った。宿のHPに写真が載っていたので、一目でわかった。向こうから挨拶してきたので、少し立ち話をした。老人ではあるが、がっしりした体格の漁師で、風格がある。このおかみさんとあの大将が夫婦なのかと、やや意外な感じがした。
部屋のキーを受けとり、狭いエレベーターに乗った。四階で降りて、部屋に入った。風呂に、もう入れるというので、すぐに浴衣に着替えて、風呂場のある五階へ行った。脱衣所に入ると、扉の向こうに誰かいるようだ。裸になり、前も隠さないで入っていくと、湯船の中に中高年の男性がいる。軽く挨拶をして、自分も湯船の中に入った。
駐車場には、ほかの客の車は一台もなかった。気やすく話しかけてくるので、従業員のおっさんかなと思ったが、そうでもなさそうだ。なんでも、いまはミカンの収穫の手伝いに来ている。ちょっと前は北海道でコンブ漁の手伝いをしていた。今日は、ミカン畑の消毒で仕事が休みだから、原チャリで八幡浜から来たのだという。おしゃべりの大意はそんなところだった。
さほど広くない洗い場でも、一つ空けて互いに座って、頭や体を洗いながら、あれやこれや話しかけてくる。どこから、と聞かれたので埼玉だというと、自分は、出身は神奈川だという。灯台の写真を撮りに来たのだというと、いいカメラを持ってんでしょうね、と応じてくる。嫌味がなくて、実に如才ない。
一足先に洗い終わって、また湯船に入った。彼の後ろ姿が見えた。まだ洗っている。76歳とか言っていたが、腰まわりが太くて、体全体に筋肉がついている。肌のツヤもよく、大柄ではないが、いわゆる<ガタイがいい>。自分より六つも年上の老人とは、とても思えなかった。
彼とは、縁があったのか、翌日も何回か出っくわした。一度目は、午前中に、灯台の駐車場でばったり。マスクをしていたので、はじめは互いによくわからなかったが、至近距離で確認しあって、お~昨日の、ということで、少し立ち話をした。そのあと、<椿山展望台>で写真を撮っていると、彼が上がってきた。そこでも少し立ち話をした。彼は、カメラを見て、あ~やっぱりいいカメラを持ってるんだ、とやや羨ましそうだった。
旅の出会いは、ふつうなら、ここで終わりだろう。だが彼とは、このあと、灯台を後にして、八幡浜へと向かう道路でも会った。会ったというか見かけた。狭いトンネル内を、よろよろ走っている原チャリがいる。なんでこんなところに原チャリがと思った。対向車が来るので、避けようにも避けられず、スピードを落として追尾し、トンネルを出てから、脇を通り過ぎた。その時、あっと思った。季節労働者のおっさんだ!白いジャンパーが、風をはらんで膨らんでいる。
トンネルを過ぎると、道は広くなるが、かなりの登りだ。バックミラーで見ると、原チャリのスピードが落ちて、みるみる小さくなっていく。このまま走り去ってしまうわけにはいかない、という気がした。坂の途中、路肩の少し広いところがあったので、ハザードをつけて停車した。さっき駐車場で会った時、おっさんが俺の車のナンバーを確認していた。止まっている白い車が俺の車だということがわかるはずだ。
少しして、原チャリが横を通り過ぎた。すかさず、走り出して、原チャリを追い越した。そして、ハザードをつけ、少しスピードを落としながら、窓から手を出して、後へ向けて大きく振った。バックミラーには、了解了解、と大きく手を振っている、原チャリにまたがったおっさんが見えた。なんというか、少し感動していた。人生は様々、しかも不公平だ、としか言いようがない。
さてと、時間を戻そう。風呂から帰ってきて、部屋で、布団の上にねっころがって、テレビなどを見ながら、夕食までくつろいだ。七時になり、一階に下りた。案内された部屋に入ると、昨晩と同様、テーブルには目いっぱいの料理が並んでいた。
昨晩の教訓を生かして、今日は、自分の好みのものだけ食べて、そうでもないものは、残すことにした。ただ、巨大なザリガ二?の塩焼きは、大味で、うまくなかったが、残らずたいらげた。こやつだけは、食べ残すのが、なんとなく、はばかられたのだ。
それでも、十二分に食った、食った。そうそう、食べている最中に、昨晩同様、体格のいい若い従業員が、クーポン券を持ってきた。今日は、愛媛県分の¥3000だけだった。伊方町のほうは、何泊しても、一回きりの¥3000だけだという。 今晩も、合わせて¥6000分のクーポン券を頂ける?ものとばかり思っていたので、心の中でずっこけた。ま、いいだろう、昨日と今日、合わせて¥9000分のクーポン券をゲットしたのだから。
あと、最後のほうに、おかみさんが、顔を出した。お料理はいかがでしたか、というので、食べきれないほどで、おいしかったと答えた。事実とは少し違うが、こういうときに、ちょっと口に合わないものがあった、などと言うことができようか、できるはずがない。これは<反語>的表現というべきものだろう。
<今 現在 20:00 21:00前にはねるつもり 明日の予定 6:00 起床 7:30出発 小尻展望台撮影 椿山展望台撮影 12:00には引き上げ クーポン券を三崎でガソリン¥3000 八幡浜のドラックストアで¥3000消化>。
写真撮影と、あぶく銭に等しいクーポン券の使い方とに、同程度に頭を使っている。形而上と形而下との振れ幅が大きい、と前にも書いた。その一例だが、一事が万事といってもいいかもしれない。誤解され、甘く見られるのは、こうした性格に由来するのだろう。他人を恨むことなかれ。いや、<実存>の実相とは、まさにこうしたもので、それを隠蔽して生きてはいけないだろう。本当のことを言ってはいかん!寝よう、寝よう。
五日目(1) 2022-11-16(水)
佐田岬灯台撮影4
四国旅、五日目の朝も、昨日同様、四国最西端の民宿の部屋で目が覚めた。
<あいかわらず1、2時間おきに夜間トイレ 4時過ぎに目がさめる 5時までうとうとしながら待つ 5時起床 朝の支度 昨晩食べ過ぎ 寝起きに排便 多少すかっとする 7時までメモ帳を書いたような気もする>。
この間に、部屋の窓から、漁港と白い防波堤灯台の写真を撮った。部屋は四階で、しかも、いわば<オーシャンビュー>だったのだ。まだ薄暗い中、佐田岬半島の横っ腹に、朝日が微かに差し込んでいる。尾根には白い巨大風車が小さく見える。そして、防波堤灯台の頭が緑色に光っている。付置的な問題で写真にはならないが、雰囲気がいい。最果ての漁港の夜明けだった。
<7時 朝食 品数は多いが うまかったのは切り干し大根くらいだ>。
今朝は広間での朝食だった。長細いテーブルが五、六脚、間隔をあけて置いてある。その上に朝食が用意されていた。二、三組、客もいた。慣れたもんで、自分でお茶を入れ、おかずをつまんでいると、客慣れしないパートのおばさんが、お櫃とみそ汁を持ってきた。
うまいまずいは関係ない。エネルギーの補給だ。とはいえ、さすがに納豆だけには手を付けなかった。健康のためにと、普段は一日おきに納豆を食べている。旅先でまで、納豆なんぞを食べる義理はない。お櫃のごはんはすべて平らげて、広間を後にした。
<7時30分 チェックアウト>。エレベーターで下に降りると、目の前のラウンジのソファーで<大将>が誰かと携帯で話していた。会釈をして、だれもいないカウンターへ行くと、<大将>も、携帯で話しながらカウンターまで来て、チェックアウトの書類をガサガサ探し始めた。そこへ、おかみさんが奥のほうから出てきて、カウンターの中で<大将>と入れ替わった。電話の相手は仕事関係の人間らしい。おかみさんに耳打ちしていた。
おかみさんとは二言、三言、言葉を交わした。どこから来たの、というので埼玉からだと答えた。さらに、仕事で、と問われたので、ちょっと考えて、半分仕事で半分遊びだと答えた。むろん、自分の写真撮影は、<仕事>ではない。さりとて<遊び>でもないだろう。その辺の微妙なところを、おかみさんには、誠実に答えたかった。だが、結果として、かえって不誠実な答えになってしまった。ろくでもないことを言ってしまった、とあとで少し後悔した。
<8時前に灯台の駐車場につく 車が二台とまっていた 一台は久留米ナンバー あと一台は 女の子二人づれの軽 いや ジャージー上下のカミの長いのは男だったのかもしれない すぐに出ていった>。とメモ書きにあるが、この文章を読んでも、女の子二人のイメージが浮かんでこない。
とはいえ、久留米ナンバーの黒っぽいワンボックスのほうは、かすかに覚えている。展望台から下りてきたのは、奥さんと思しき中年のおばさんだ。<おはようございます>と元気な声であいさつされた。背の高いひょろっとした旦那が、車から出てきたので、振り向いて会釈したが、迷惑そうに顔をそむけた。二日酔い、ということもないだろうが、気難しい、無口な職人といった感じだ。なるほど、ふくよかで快活な奥さんが、世渡りの下手な職人気質の旦那を支えている、ってなわけだ。もっとも、二人で旅行に来るくらいなのだから、旦那も奥さんに惚れているのだろう。似合いの夫婦だと思った。
山道を登ると、足がやや重かった。ここ二日間の山登りの影響だ。かなりきつかったもんな。八時少しすぎには<子尻展望台>に着いた。思った通り、東側からの明かりで、非常にいい。
空や海の色が青いし、対岸の<佐賀関>まで見通せる。斜めからの陽を受けて、灯台も純白で、陰影がある。構図的には、画面上部の青い空の部分を、かなり狭くして取り込んでみた。この画面構成は、雲のない青空の処理に対する新機軸で、海を強調したいときには、より有効だと思った。
そんなこんなで、モニターしながら、画面上部の青空を、どの程度まで入れるのがベストなのか、いろいろ試していた。と、左側から、灯台の背後の海を横切っていくものがある。細い白波が横一文字に見える。望遠カメラのレンズを400㎜にした。灰色で、船の形はしていない。お、潜水艦だ!潜水艦の艦首が海の上を移動している。潜望鏡らしきものも見えた。
少し興奮してしまった。まさか、こんなところで、潜水艦と出っくわすとは思ってもみなかった。それも海の上を走っている。しかもだ、うまい具合に、灯台の背後を通過しているから、灯台と絡めて撮ることができる。
灯台と潜水艦の絵面など、これまで一度も見たことがない。灰色の物体が、画面左から、右へと抜けていくまで、撮りに撮りまくった。そして、画面から白い灯台が消えた後も、潜水艦をカメラで追った。佐田岬から離れて、ほとんど見えなくなるまで、写真を撮り続けた。
一息ついた。ところで、あの潜水艦は、どこへ行くのだろう。頭の中に、瀬戸内海地方の地図が浮かんだ。呉だ。呉の海上自衛隊の基地へ向かってるんだ。なるほど、訓練かなにかで、瀬戸内海を出て、九州のほうへ行ってきた帰りだろう。
ふと、やや得意げになっている自分が、アホらしく感じた。
戦争反対の持論はどうしたんだ。潜水艦だろうが、戦車だろうが、しょせんは人殺しの道具だ。なにか高尚なものを見るような目つきで見るのは、断じて許されんぞ。すでに小一時間たっていた。展望台を後にして、山道を下っていた。それでもなお、複雑な心境だった。
<駐車場に下りてくると マスクをした男が気やすく話かけてきた どこからきたんですか と車の前に回ってナンバーを確かめている ああ そうだ 昨日民宿の風呂で会った76才の季節労働をしているおっさんだ 少し言葉を交わす 10時に灯台先の道路が通行止めになるという ええっと思い工事人に確かめにいく 11時には通れるとのこと(戻って来ると)彼はすでに出発したようだ>。
業者が二つ入っていて、一つは路肩工事、もう一つは崖の法面工事だ。法面工事には、ミキサー車が出張って来るので、狭い道路だから、どうしても通行止めにしないと、工事ができないようだ。それと、11時になれば、10分間だけ、車を通れるようにすると言っていた。
おっさんの言葉を自分が曲解したのか、おっさんの言葉が足りなかったのか、いずれにせよ、自分の耳には、10時以降は、通行止めになって通れなくなる、と聞こえたので、少し焦ったのだ。まだ9時前だった。二時間あれば、椿山展望台へ行って、写真を撮って帰ってくることができる。踵を返した。
<少しおくれて 椿山展望台へ向かう 20分ほどで着く 雲が多い 水平線際にも、うすい雲がかかっている それでもシャッターを押し続ける>。
椿山展望台からの写真撮影は、これで二度目だ。一度目よりも、時間が早い。その分、東側からの明かりが、斜光気味となり、全体的な色合いも深くなっている。同じ構図、同じアングルでありながら、たかだか二時間ほどの差で、写真のタッチが変わる。一度よりは二度、二度よりは三度、足を運んだほうが、いい写真が撮れる確率が上がる。だが、いろいろな事情があり、そう何度も来られない。立ち去りがたい気分だったことを覚えている。
11時から10分間だけ、通行止めが解除されるのだから、10時ころには撮影を中止して、展望台を下りたのだと思う。だらだらと、駐車場までの上り坂が長い。数を数えながら、一歩一歩、歩いていく。ただ少しスピードが速くなっている。体が山道に順応してきたのだろうか、そう考えると、気分が少し上向いた。
駐車場にたどり着いた。11時までにはまだ時間があった。これが最後だと思い、柵際から<伊予灘>を撮った。逆光の中、海が、黄金色に輝いていた。灯台の白い頭も、岬のよこっちょから、少しだけ見えた。振り返って、ついでに、トイレの横に止まっている自分の車も撮った。なにか、ひと仕事成し遂げたかのような、清々しさを感じた。
