<日本灯台紀行 旅日誌>四国編(2)
<日本灯台紀行 旅日誌>四国編(2)
動画版https://youtu.be/-UAoaEdoO7c
~辺境の灯台をめざして~
第15次 灯台旅 四国編(2)
二日目(2) 2022-11-13(日)
下灘駅 長浜大橋 観光
ナビの案内に促されて、国道からそれ、急な坂道を登った。<下灘駅>が、狭い道の右側に見えた。駐車場はと、目で探すと、駅舎の横に四、五台止まっている。いっぱいだ。路駐もできない。だが、さいわい、少し離れた所に専用駐車場があるようだ。駅舎を通り過ぎ、坂道をさらに登る。
案内板があり、<矢印>が左上を向いている。細い坂道の上に駐車場があるようだ。しかし、逆V字を切らなければ登れない。いまいる道も狭い。内輪差が取れないから<逆V>など、とうてい無理だ。となれば、このまま行き過ぎて、広い場所で回転して戻ってくるしかない。
駅舎も専用駐車場も通り過ぎて、こんどは坂を下っている。どこまで行けばいいんだ。と、すこし路肩が広くなっているところがあった。慎重に何度か切り返して、回転に成功。そのあと、車一台がやっと通れるような、急な坂道を登って、なんとか、専用駐車場にたどり着いた。
山の斜面を切り開いた場所で、ちょっとした広さがある。以前は民家が建っていたような雰囲気だ。三列に縦列すれば、二十台は止められるかもしれない。海を臨んだ崖際にも観光客の車が何台か止まっている。ミニクーパーの隣に、すこし間をあけて駐車した。まずもって、観光地巡りは大変だよ。
カメラを首にぶら下げ、坂をぷらぷら下りていくと、眼下に<下灘駅>が見えた。でもなんだか、ごった返しているぞ。ホームに、列車が止まっていて、観光客でいっぱいだ。こりゃ~、写真どころじゃないな。
小さな駅舎の改札は、解放されていて、出入り自由だった。もっとも、脇の駐車場の横からも、駅構内に入れる。しっかし、狭い所に人がいっぱいだ。この一角だけ、極端に人口密度が高い!それに、茶色の観光列車が、ホームにびったし止まっている。プラットホーム越しに海は見えない。
そのうちには、出発するだろうと、改めて周りを見回すと、列車の客が大半で、ホームのベンチに、かわるがわる座って、スマホで写真を撮っている。バスガイドのような恰好をした女性が二人、きちんと立って、その様子を見ていた。
写真にならないので、ホームの先端へ行き、列車の出発を待った。ホームでは、地元のボランティアの爺さんが、誰にも頼まれていないのに、観光客に向かって、駅の案内をしていた。なになに、下の道路は、昔は道路だったそうな。ホーム内の小さな花壇にはコスモスの花が咲いていた。
そのうち、やっと列車が出発した。一瞬、無人のプラットホームの向こうに海が見えた。構内には、いまだ十数名の観光客がいたが、誰もホームには上がろうとしなかった。なにしろ、この有名な風景を、誰もが知っていて、写真に撮りたいのだから、のこのこホームの上には上がれないだろう。
奇妙な静けさが辺りを支配していた。この思ってもみない事態に、自分は、ここぞとばかり、しゃしゃり出て、<海に一番近いプラットホーム>を写真に収めた。
ややあって、添乗員らしきおばさんが、ささ、皆さん、ホームに上がって、記念写真をどうぞ、と観光客に声をかけた。すると場が和んで、人が動き始めた。相も変わらず、かわるがわるホームのベンチに座って記念写真だ。すると、さっきのボランティアの案内爺さんが、どこからともなくでてきて、またしゃべりはじめた。その声を背にして、小さな駅舎を出た。
暗い坂道を登って、駐車場にもどった。車を止めた崖際から、正面の海を見て、天気がよければなあ~とちょっと残念な気持ちになった。眼下に赤い防波堤灯台が見えるのに、なにしろ、いまにも降り出しそうな空模様なのだ。記念写真とはいえ、<海に一番近いプラットホーム>もダメだろう。
そこへ、隣のミニクーパーの運転手と連れが戻って来た。運転手は、ややダンディな感じの中年男で、連れは、三十代の楚々とした女性だった。場所柄、一見して、会社の上司と部下だろう。<不倫旅行>か!ま、いい。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ、というではないか。
ちなみに、帰宅後の画像補正でも、<海に一番近いプラットホーム>は、案の定というべきか、露出不足で、さえない感じの写真になってしまった。まずもって天気が悪い、それに加えて、場所が狭くて<ヒキ>が取れなかった。構図的にも全然ダメだった。
まあ~記念写真だから、写真はいいとしても、いくばくかの時間と労力を使って見に行った有名な風景に、ほとんど心を動かされなかったのが、残念だ。観光地化した風景とは、そうしたものなのだろうか?
<下灘駅>を出発したのは、昼の十二時過ぎだったようだ。海沿いの国道378号線は、<夕やけこやけライン>といって、晴れていれば、きれいな夕焼けが見られるらしい。とはいえ、今日は曇り空、それに、時間帯もまだ昼過ぎだ。が、道路際に、駐車帯がいくつもあったのだから、一回くらいは止まって、記念写真くらい、撮っておくべきだったかもしれない。
帰りの日が晴れていれば、またこの道を走ってみようかな、などと思っているうちに、市街地に入った。信号待ちしていると、目の上の大きな道路標識に<長浜大橋>という文字が見えた。おっと、これは出発前の下調べで出てきた<日本最古の道路開閉橋>じゃないか。左折してすぐらしい。
ハンドルを切った。商店街のアーケードには、大きく<長浜商店街>とあった。両側びっしり民家、というか商店だ。とはいえ、ほとんど人の姿が見えない。車を止める場所を眼で探しながら、直進していくと、橋の手前で行き止まり、車の通行はできない。だが、都合のいいことに、すぐ右側が、観光駐車場になっていて、無料で止められそうだ。
案内板を確認してから、新設されて間もないであろう、きれいな駐車場に入った。車は一台も止まっていなかった。カメラを一台持って、外に出た。目の前には、古くて大きな、黒っぽい木造建ての、旅館のような建物があった。
なにかなあ~と思いながら、近寄ってみると、<坂本龍馬>が立ち寄った場所だと、壁に文字書きされている。奥の中庭の方にも建物が続いているので、ぶらっと見に行ったが、これと言って、写真に撮っておきたいものはなかった。
ちなみに、この豪邸は地元の豪商<冨谷金兵衛>の邸宅で、脱藩した龍馬が、四国最後の夜を過ごした屋敷らしい。そのあと、龍馬は長浜港から船で長州に渡り、京を目指したそうな。現在は、子孫が旅館として建物を維持しているようだ。
踵を返した。駐車場から出て、橋の入り口で立ち止まった。なんと工事中だ。手前半分くらいは白っぽいシートで覆われている。とはいえ、歩行者専用の橋なので、歩けないこともない。少し歩きかけた。が、すぐに引き返した。天気も悪いし、それに橋の上にいては、橋の全景は撮れない。せっかくここまで来たのだから、記念写真くらいは撮って帰りたい。撮影ポイントを探してみようと思ったのだ。
<長浜大橋>は川にかかる橋ではあるが、ほぼ河口にあるといっていい。右手の下流側には、新しい大きな立派な橋があり、その向こうに海が広がっている。むろん、この橋も撮ったが、別に他意はない。昔<入間川歩行>をしていた時の名残で、橋を見ると、なぜかカメラを向けたくなるのだ。<橋のある風景>というのも好きで、入間川などでずいぶん撮ったが、絵にするのは難しかった。
<長浜大橋>は、朱色に塗られた堅固なつくりで、しかも、開閉するとあって、ネットで見た時から興味があった。あわよくば、モノになる写真を撮りたかった。だが、情況からして、無理でしょ。いちおう、左手の上流側にも行けそうなので、堤防沿いにぷらぷら行くと、大きな石の灯篭があり、その下が、小さな船着き場だった。
今思えば、まさに<船着き場>だった。西伊予の山中から流れでる<肱川>の終点で、往時は材木などの集積地だったらしい。<龍馬>が脱藩して、<肱川>を下り、この<船着き場>から、夜陰に紛れて、件の<冨谷金兵衛>の邸宅に入ったであろうことは、まず間違いない。
あの時は、そんなこととは露知らず、気乗りしないまま<船着き場>の端まで行き、向き直って工事中の橋を何枚か撮っただけだ。<龍馬>のエピソードを知っていれば、何でもない<船着き場>が、歴史の光に照らされて、黄金色に輝いたはずだ。惜しいことをした。
車に戻った。一直線の商店街の道を、ゆっくり走って、国道に出た。途中、銀行の看板辺りで、黒っぽい婆さんの背中が目に入った。石畳の田舎の商店街だが、さほどわびしい感じはしなかった。それどころか、地に足のついた、確固たる人間の生活が、町全体をおおっているような気がした。縁のない世界だが、嫌な感じはしなかった。
二日目(3) 2022-11-13(日)
<道の駅きらら館>車中泊
海沿いの<ゆうやけこやけライン>をさらに行くと、道は海からそれて山の中に入る。ナビに従って、ほぼ道なりにかなり走る。下り坂になり、あきらかに、また海の方へ下りている。<八幡浜>に向かっているわけで、数日後の車中泊地<道の駅八幡浜>を下見しようというわけだ。
視界が開けて、目の前にT字路だ。案内標識には、右は<三崎港>左は<八幡浜>。当然左だね。少し行くと、道はさらに広くなり、市街地にはいる。目の前に、高速道路が山にかかっている。大きな交差点を右折して、さらににぎやかな市街地に入る。
人の姿が、そこかしこにあり、にぎわっている。大きな町だ。これは予想外だった。なにしろ、いま居る所は、四国の西の端で<八幡浜>などという地名は、これまでに聞いたことも見たこともない。それに、<八幡浜>を<やわたはま>と読むのか<はちまんはま>と読むのかさえ、よくわからない。
ナビに従って直進すると、おそらく<八幡浜>の中心地だろう、市役所や大きなビルが立ち並んでいる。お目当ての道の駅は、港の近くにあるらしく、さらに行くと、あれ~、なんだか行き止まりっぽい。交通整理の男性がいて、止められてしまった。どうやら、道の駅が、何かのフェスティバル会場になっていて、車は立ち入り禁止らしい。首を伸ばして、駐車場の方を見ると、大きなテントがたくさん立っていた。
指示に従って、Uターンして、いま来た道を戻った。B級グルメのお祭りのようで、どおりで人が多いはずだ。間が悪いとはこのことだ。とはいえ、これで今日の予定はすべて消化したことになる。この後は、二日目の車中泊地、佐田岬半島の中ほどにある<道の駅 きらら館>へ行くだけだ。先ほどのT字路を、今度は直進して、<三崎港>方面へと向かった。
いきなりの登り坂、だが、道が広いので問題ない。すぐにトンネル。暗いうえに対面通行だ。トンネルを抜けると、今度は急な下り坂。要するに、字義通り、ひと山越えたわけだ。平場になり、視界が開けた。左手にガソリンスタンドがあり、その先を左折だ。コンビニに寄って、今日、明日の食料を調達しよう。なにしろ、ここが、四十キロほど続く佐田岬半島最後のコンビニなのだ。
コンビニでは、菓子パンやおにぎり、それと唐揚げ弁当を買って、駐車場で食した。腹が減っていたせいか、わりとうまかった。<伊方町>の市街地らしく、三々五々、コンビニに客が来る。
そういえば、配送トラックの太った運転手が、なにかぶつぶつ言いながら、商品を店の中に運び入れていた。若い奴だったが、何か不満があるんだろう。仕事ぶりが乱雑で、バタンバタン、大きな音を立てていた。
さてと、行くか。また山道を登った。<佐田岬メロディーライン>とかいって、音楽が聞こえる道らしいが、それらしきものは聞こえない。当たり前だ、車内で音楽を流してるんだからね。音量を絞った。路面に、ところどころ、横線が何十本か見える。その上を通過するときに、まあ~、たしかに何かメロディーらしきものが一瞬聞こえる。これは、いったい何の唄だったか、とっさには思い出せなかった。
<道の駅 きらら館>に到着したのは<15:30>頃だった。約1000キロの道のり、高速料金は¥14000ほどだった。目的地の<佐田岬灯台>は、ここから30キロくらい先にあり、明日早朝、日が昇ったら出発するつもりだ。まあ~それよりも、今晩はここで車中泊だ。
さほど広くない駐車場には、なぜか、車がたくさん止まっていた。右手には、一見して、道の駅の建物らしくない構造物がある。回廊をめぐらした、平べったい円筒形が一階で、その上に、縦長の円筒形がのっかっている。縁取りがオレンジ色だ。入口付近には何人も人が立っていて、出入りが激しい。幟がそこかしこに立っているのは、何か催し物でもやっているのだろうか。
カメラを一台手にして、外に出た。施設の方へは行かないで、まずは、崖際の柵の前に立った。眼下に<伊方原発>が見える。淡い緑色のツートンカラーで、丸っこい形だ。<原発>の見返りとして、ここに道の駅ができたのだろうか?名前の<きらら館>というのも、イメージが<原発>に結びつく。もっとも、当初から事故続きで、一号機、二号機は廃炉になり、三号機も今は動いていないらしい。
それと、灯台旅の途中で、何か所か<原発>の近くを通り過ぎたが、<施設>がこれほどモロに見える所は、ほかになかった。
<原発>という言葉を聞くと、なんとなく、苦々しい気持ちになる。おそらく、あの大震災での、福島原発のことが、脳裏に焼き付いているからだろう。あの頃は、世論は<原発廃止>に傾いていた。だが、今また<原発>が復活しつつある。どう考えたって、地震国日本で<原発>は危ない。だから東京には建設されない。のど元過ぎれば熱さ忘れる、とはこのことだ。
外側の、うす暗いトイレで用を足し、施設の中へ入った。物産展をやっているような感じで、さほど広くない空間には、大きな水槽などもあり、人と物とでごった返していた。
上に、展望台があるというので、エレベーターに乗った。三階だったかな、ベランダになっていて、景色がよかった。といっても感動するほどではない。すぐに下に降りた。帰りかけたが、ふと気まぐれで、小粒みかんを買った。¥300で、かなりたくさん入っている。なるほど、愛媛だからね、みかんの産地だよ。
陽はだいぶ傾きはじめて、世界がオレンジ色っぽい感じになってきた。寝るには早すぎたが、後部座席の車中泊スペースに入り込んだ。ねっころがって、さっき買った小粒みかんを一つ、二つ食べた。思いのほか、甘かった。すると、食欲に火がついて、菓子パンなども少し食べた。そのあと、ヘッドフォンで音楽を聴いた、ような気がする。
少しうとうとしたのだろうか、辺りがうす暗くなっていた。施設の中に明かりがつき、閉店準備をしているようだ。トイレ横のアイスクリーム屋も店じまいしていた。車も、一台、また一台と、駐車場から出ていく。果たして、今晩、ここで車中泊をする車はあるのだろうか。前の道路を、岬の先端へ向けて、たくさんの車が、猛スピードで走りぬけていく。暗くなる前に、家路へと、あるいは、宿泊地の三崎港へと急いでいるのだろうか。
そのうち、いくらもしないうちに、暗くなった。施設の明かりが消え、従業員が戸締りをして出ていった。残っていた一、二台の車も去った。駐車場には、自分の車だけが残った。トイレ付近の明かりと、道路際の、出入口の小さな明かりが、やけに心細い。だが、ここは、いちおうは<道の駅>だ。不安な気持ちを吹きはらった。道の駅での車中泊は、ま、天下御免なのだ。
え~と、こうなってしまえば、もう寝るしかなかった。メモ書きするには、車内灯やランタンの明かりでは、暗すぎる。いや、やはり、丸二日、1000キロの道のりだ。疲れていたに違いない。メモ書きなどする気力は失せていた。目を閉じた。うとうとしだした。
だが、すぐに寝入りばなを起こされた。地震か!車が揺れている。これは大げさな表現ではなく、実際、車が揺れていたのだ。シェードの隙間から、外を見た。情景は、先ほどと何ら変わらない。なるほど、地震ではなくて強風だった。
うかつにも、この一帯、すなわち、佐田岬半島の尾根には巨大風車が林立していたのを忘れていた。いや、白い風車は目に入っていたが、それがどういう意味を持っているのか、認知していなかった。風力発電の巨大風車があるのだから、当然、風が強い地域なのだ。
それなのに、先ほど、施設のパートのおばさんが、閉店準備で、道路際の幟をたたんで片付けているのを見て、能天気にも、ああ、風が強いからね、なんてことを思っていたのだ。
<風が強い>!そんな生やさしいことではなかった。車が揺れるほどの強風だ。やや不安な気持ちになった。四国西端の、日本一細長い半島の尾根付近で、夜、まったくの独りぼっちだ。とはいえ、車の中だ。守られているという安心感もあった。竜巻でも来ない限り、車が横転することはないだろう、と。
また目をつぶった。しばらくは、ぐらぐら、ごうごう、びゅうびゅう、狂暴な風野郎に付き合っていた。とはいえ、そのうちには、うとうとしたのだろう。夜間トイレに目が覚めて、荷物の上に乗せた、小さな白い目覚まし時計を見た。と、針は九時を指していた。やや元気が回復していて、お菓子類などを食べたような気もする。目が覚めてしまった感じだ。だが、とにもかくにも、寝るしかないので、また横になって、目をつぶった。
それから数時間の間は、なんというか、怖くなったり、不安になったり、昔のことを脈絡なく思い出しては、せつなくなったりで、ゆめうつつ、だった。
とくに、脳裏に残っているのは、崖際のトイレの明かりを、シェードの隙間から覗き見ては、何か出てくるような気がして、怖くなったことだ。それが、投身自殺した若い女性の亡霊なのか、ずっと以前に亡くなった、お袋や親父なのか、定かではない。
しかし、心細くなったときには、必ず思い出す言葉がある。<疑心暗鬼>。疑いの心が暗闇の中に鬼を見させる。俺はオバケも亡霊も信じない。ええっい、オバケでも亡霊でも、出てくるものなら、出て来い、と開き直った。すると、うそのように、心が平安になって、ゆめうつつ状態が消えていった。
ふと、目覚めると、風がやんでいた。あれ~と思いながら、車の外に出てみた。風は吹いていたが、先ほどまでの強風ではない。空を見上げた。満天の星だ。風が大気の塵を吹き払ったんだ。きらきら光っている。これほどたくさんの星を見る、というか、感じるのは久しぶりだった。旅にでも出なければ、味わえない感覚だった。
空を見上げながら、その場で一回りした。大きく息をすると、星たちが、自分の体の中に入ってくるような気がした。まさにこれが、自然との、大袈裟に言えば、宇宙との一体感なのだろう。おそらくこれが<しあわせ>という感覚なのだろう、と思った。
愛媛県 佐田岬灯台
