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<数息観瞑想 日誌>2026年度版(9)

<数息観瞑想 日誌>2026年度版(9)

動画版 https://youtu.be/JU2v6IJoeJo 

~日々の数息観瞑想の記録~

5月分

2026-5-1(金) 雨、朝の室温17度。肌寒い。

自宅瞑想、6:25-7:00、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

全体的に、深く大きく呼吸しながら、数を数え続けた。

はじめは、みだらなイメージが思い浮かんでいた。が、しだいにおさまってきて、数を数えることや、体感に注意が向かった。比較的、気持ちが落ち着いている。ときとして、外で、雨音が聞こえる。

150回目を数え終えた。締めの心経を読み終え、倦怠感もなく、すんなり、ストレッチに入った。目をつぶって、体の曲げ伸ばしに集中した。ここでも、気持ちが落ち着いている。

長生きするには、軽い運動が必須だ。それに、筋肉の衰えには、スクワットで対抗しよう。膝を深く曲げて、しっかり、20回やった。まだまだ、大丈夫だと思った。

年齢のことを考えると、うんざりだが、そんなことを考えずに、生きていくこともできる。そんときはそんときだ。<Xデ―>が来るまでは、いや、来たとしても、これまでずっと付き合ってきた<自分>でいよう。なにしろ、唯一無二の<味方>であり、<戦友>なんだからね。

2026-5-2(土)晴れ、朝の室温18度。

自宅瞑想、7:20-8:10、(椅子)端座位数息100回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。

深く大きく呼吸しながら、数を数えた。気まぐれだ、吐息を口から、ゆっくり<ふうぅぅぅ~>と、長く、細く、吹きだした。一息ごとに、気持ちが静まっていく。心地いい。頭のなかに、創作関連や、日常生活関連のイメージが出ていたが、気を取られて、数を忘れるようなことはなかった。

けさは、一時間ほど、寝過ごした。早めに終了しよう。100回目を数え終えた。ふと、ストップウォッチを見ると、30分ほどたっていた。あっという間だった。

昨晩の真夜中、午前二時頃のことだ。いつものように、夜間トイレで目が覚めた。用を足し、また寝ようとしたが、空腹感をおぼえて、バナナを一本とせんべいを二枚食べた。

食べながら、後悔している。胃の調子が、せっかくよくなってきたのに、不摂生をして、また逆戻りしたら、どうするんだ!誘惑に負けてしまった。罪悪感らしきものを感じている。

朝、目が覚めた時、真っ先に、胃の調子をさぐった。なんともない。ま、よかったな。とはいえ、夜間飲食は慎むべきだろう。夜中の空腹感は、如何ともしがたいが、夕食の量を増やすとかして、対策を取るべきだ。いや、あるいは、<ストレス食い>かもしれない。自分だけが、気づいていないのかもしれない。

裏側に、陰に、<魔物>が潜んでいるようで、不気味だ。

2026-5-3(日)曇り、朝の室温20度。

自宅瞑想、6:30-7:00、(椅子)端座位数息100回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

まずまず、数を数え続けた。

<雑念>は、おもに、演劇関連のことだった。知り合いとの人間関係について、考えていた。うまく立ち回ることができなくて、いつも、誰かとギクシャクしていた。小賢しい、小生意気な自分の性質が原因だったようだ。イヤな奴は、自分のほうだったのかもしれない。

80回目くらいで、すうっと、<雑念>が引いていった。あらためて、呼吸しなおし、しっかり、数を数えた。少し早いが、集中も切れたので、100回目で終了した。

昨日の散歩は気持ちがよかった。すでに、初夏の陽気で、風が少しあり、さわやかだ。ちょっと前までは、菜の花で、黄色一色だった川原が、緑一色にかわっている。少し背の高くなった青い麦畑が、風のいたずらで、ぐらぐら揺れている。

いつものように、遊水池際で心経を読んだ。遠目に人影が見える。気にしないで、自分のペースで、読誦しはじめた。とくに、最後の<咒>は、かなり大きな声が出た。散歩人の耳にも届いただろう。

べつに、人に迷惑をかけているわけじゃない。問題ないだろう。それにしても、<いい声>が出ていた。ひと仕事したような、爽快な気分だった。

2026-5-4(月)曇り、朝の室温25度。

自宅瞑想、7:00-7:35、(椅子)端座位数息200回、般若心経1回、ストレッチ20分、メモ書き。

<雑念>も出ていたが、数を数え続けた。

<雑念>は、はじめ、日常生活関連のことで、昨晩見たテレビ番組などが思い浮かんでいた。その中で、<切腹>シーンがあった。ふと、自分は、とうていできない、その痛みを想って、恐ろしくなった。

<拷問>シーンなども、映画でよく見るが、そういうときも、ドキドキしてきて、怖くてしかたない。さいわい、この年になるまで、<切腹>をすることも、<拷問>されることもなかった。もう少しだ。心のどこかで、安堵している。臆病者で、弱虫なのだ。

100回目を数え終えた。背筋を伸ばし、姿勢を正した。そのあと、さらに50回、そして、また50回と数を重ねた。久しぶりに、200回目を数え終えた。

大型連休中だ。人混みの中へ行きたくないので、遠出も旅行もしない。来週になれば、<秩父>も静かになるだろう。あっという間に、二か月たってしまった。また、<秩父巡礼行>へ行きたくなった。

2026-5-5(火)晴れ、朝の室温、20度。

自宅瞑想、7:30-7:55、(椅子)端座位数息100回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。

<数息>と<雑念>とに、交互に、注意が向いていた。

<雑念>は、日常生活関連のことで、昨晩見たユーチューブコンテンツ<ブレイキングダウン>などが思い浮かんでいた。喧嘩、殴り合い、格闘、一晩寝ても、脳神経に刺激が残っている。あまりよくないね。

あとは、朝方見た夢が、ちらっと、脳裏をかすめた。青い制服を着た<キャビンアテンダント>のような女性と、密室で会う。気やすい感じだ。情が通っている。体格のいい、角ばった顔立ちの美人で、真赤な口紅をつけている。自分には縁のない女性なのに、疑問に思わない。恋愛感情を、すこし味わった。

けさは、30分ほど、寝過ごした。それと、なんとなく、やる気が出ない。100回目で、数息を終了した。

そうそう、二晩続けて、夜間飲食をしてしまった。塩せんべいを四枚食べた。空腹感を我慢できなかったのだ。起床後の胃の調子は、案の定、あまりよくない。どこか重ったるい。

今晩は、なにがなんでも、やめよう!誘惑に勝つのだ。いや、ここは<受容>だ。<空腹感>を受け入れよう。そして、<塩せんべい>には手を出さないようにしよう。

2026-5-6(水)曇り、朝の室温20度。

自宅瞑想、7:25-8:00、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。

100回目くらいまでは、<雑念>が優勢だった。昨晩見たユーチューブコンテンツ<ブレイキングダウン>や、父方のおばさん、その娘たちのことなどが、思い浮かんでいた。

あと、中学時代に、なぜかわからないが、<ふん>と顔をそむけられた、チビでガタイのいい<ワル>が思い浮かんだ。土建屋になったようで、イヤな奴だった。

100回目で、座りなおした。気を取り直して、また数を数え続けた。すこし、ぼうっとしている。<雑念>は、いつの間にか消え去っていて、暗い空間の中に浮かんでいるような感じだ。無時間、無重力、無思考。<前瞑想状態>だと思った。150回目で、数息を終了した。

そうそう、昨晩は、夜中に、空腹感を感じなかった。ゆえに、<塩せんべい>には手を出さなかった。夕食に、<コメ>を少し多めに食べた。それがよかったのかもしれない。

それと、<夜間飲食>が、何らかの<ストレス>により、喚起されている、と自覚できたのもよかった。大袈裟だが、<気づき>であり、<自己洞察>だ。これも、言ってみれば<知性>の勝利だろう。

2026-5-7(木)晴れ、朝の室温22度。

自宅瞑想、6:30-7:00、(椅子)端座位数息125回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

<雑念>が優勢だった。おもに、朝方見た夢を思い出していた。

なにかの用事で、年かさの従兄の部屋をたずねる。電気はついているが、留守のようだ。大きなベッドにも、人が寝ている気配がない。なぜか、やましい気持ちだ。

階段を降り、建物から出ようとする。道に迷う。地下の大浴場に出てしまう。途中、素っ裸の男に出っくわす。頬がこけていて、目玉が飛び出している。向こうも驚いた様子だ。

出入り口から外へ出ようとする。が、<靴>を、別の出入り口に置きっぱなしだ。履いていく<靴>がない。困惑している。

目覚めた時から、気になっていた夢だ。不可解さがきわまっている。思いあたるフシもない。

80回目で、ふと、ストップウォッチを押していないことに気づく。目をあけて、ストップウォッチを押す。そのあとは、目じりが痒くなったり、頭が痒くなったりで、集中できない。125回目で終了した。

朗読作業が、進展している。いまは、<朗読3>にとりかかっている。だが、内容が非常に難しい。文意をはかりかねる。自分の頭では、とうてい理解できない。一瞬、気持ちがくじけそうになった。

が、若い頃に学習した<カウンセリング>の先生の言葉を思いだした。本の理解度は、読んだ回数に比例する。自分は、テキストを100回以上読んでいる、と。すごく勇気づけられた言葉だ。

<吉田哲>先生だ。名前を忘れないようにしよう。合掌。

2026-5-8(金)曇り、朝の室温25度。

自宅瞑想、6:30-7:00、(椅子)端座位数息100回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

数を数えながら、<雑念>のイメージを見ていた。おもに、創作関連のことで、朗読作業のことなどを考えていた。

ふと、自室が、自分の聖域だと思った。ここにいる限り、誰からも文句を言われないし、誰からも指示、強要されない。これまでに、これほど安らいでいられる空間を所有したことはない。とくに、<しあわせ>とは感じていなかったが、実際には<しあわせ>なのだろう。

100回目を数え終えた。数息を終了した。

いい意味でも、悪い意味でも、影響を受けた人は、おおかた死んでしまった。まじめな話、あとは、自分が<ポックリ>いくのを期待するばかりだ。なぜか、そうなるような気がする。ここは、楽観論で押し切ろう。

2026-5-9(土)定時に起きられず、やや体調不良、数息はさぼる。

2026-5-10(日)晴れ、朝の室温20度。

自宅瞑想、7:00-7:25、(椅子)端座位数息100回、般若心経2回、ストレッチはさぼる、二度寝、メモ書き。

いちおう、定時には起きたが、どうもやる気が出ない。それでも、朝の支度を済ませて、<数息>に臨んだ。案の定というべきか、50回目くらいで、数を失念して、ウトウトしている。何度も数えなおしながら、なんとか、100回目まで到達した。

そのあと、なにも考えずに、ベッドへ行き、二度寝してしまった。

それほど、体調不良というわけでもない。とはいえ、倦怠感がひどい。ストレッチは、全然やる気になれない。メモ書きも、昨晩見た不安夢を書き残しておきたいのだが、その努力が億劫だ。

自分を問いつめるのはよそう。こういう日もあるさ。

2026-5-11(月)晴れ、<秩父巡礼行>のため、<数息>は中止。

2026-5-12(火)朝の室温22度。

自宅瞑想、7:30-8:00、(椅子)端座位数息100回、般若心経2回、ストレッチ15分、メモ書き。

数を数えながら、<雑念>のイメージを見ていた。

<雑念>は、雑多で、多岐にわたり、脈絡がない。日常生活、創作、過去、人物、それに、よからぬイメージ、などなどだ。次から次へと、自然に湧きあがってくる。頭のなかに、<自分の人生>が、パノラマ状に展開している。イヤな感じはしない。むしろ、<こころ>が遊んでいる。バカになったようで、気持ちがいい。

そうそう、昨日は、二か月ぶりに、<秩父巡礼行>に出た。新緑が、目に優しかった。天気がいいせいか、お参りの人も大勢いた。とはいえ、気分がよかったからか、うっとうしい感じは、全然しなかった。

自分も人間の一人として、人間の世界の中に溶け込んでいた。違和感はなかった。むしろ、慣れ親しんだ世界の中でくつろいでいた。

途中で立ち寄った道の駅では、たくさんの<ツバメ>が子育て中だった。巣の中に<ヒナ>の顔が見える。ふと、人間とツバメとの共生感を感じた。心ある人間も、多少はいるのだ。気持ちが和んだ。たまには、遠出もいいのものだ。

2026-5-13(水)朝の室温22度。

自宅瞑想、6:50-7:25、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

深く大きく呼吸しながら、数を数えた。<雑念>も出てきたが、日常生活関連の、雑多なことで、これといって、覚えているものはない。

100回目あたりで、また、深く大きく呼吸することを、心がけた。すこし、ぼうっとしてきた。目の前の暗い空間に、イメージが見える。市街地の道路だ。両脇の民家も見える。次に、深い谷底の緑色の水面が見える。あまりにも深いので、頭がくらくらする。

150回目を数え終えた。そのあとの心経は、どうも、ぎくしゃくしていた。だが、ストレッチは、倦怠感もなく、<フルメニュー>をなんなく、こなした。スクワットも大儀ではなかった。

体調の良し悪しを思った。昨日に比べて、今日はかなりいい。日々変化している。自分は生き物であり、生ものなのだ。

2026-5-14(木)晴れ、朝の室温22度。

自宅瞑想、5:50-6:25、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

<雑念>も出ていたが、まずまず、数を数え続けた。

<雑念>は、ユーチューブで昨日見た<女芸人>の対談番組や、時代劇映画のシーンなどが、思い浮かんでいた。あと、朝方見た夢を思い出していた。

広い運動場。小さい子供や女の子たちと<大縄跳び>をしている。悪ガキたちと追いかけっこをしている。ふと、ふり返ると、次のグループが来ている。柵をくぐって外に出る。小学校の荒れた教室が見える。廃校になっているようだ。いまおもえば、死後の世界だったような気がする。

100回目あたりからは、すこし、ぼうっとしてきた。<雑念>も薄くなり、ときとして、体感に注意が向かっている。手足がジーンとしている。とくに、右掌の親指の下あたり(母指球)が気になる。

何年かおきに、気になる部位で、その部分の筋肉が張っている。<数息>を始める前に左手の親指でもみほぐしたのだ。いま、あらためて調べてみると、思った通り、消化器系の不調が影響しているようだ。なるほど、思いあたるフシがある。最近の胃の不調を想った。

150回目を数え終えた。締めの心経は、やや高音域で、鼻の上に声を響かせるような感じで読んだ。のどへの負担が少ないうえに、自然と声が大きくなる。最後の<咒>は、かなり響いている。外に声がもれていないか、少し気になった。

寒くもなく、暑くもない。いい季節だ。だがそのうち、酷暑が来る。いや、先のことは考えないようにしよう。その方が気楽だし、<しあわせ>だろう。

2026-5-15(金)曇り、朝の室温21度。

自宅瞑想、6:45-7:20、(椅子)端座位数息150回、般若心経2回、ストレッチ20分、メモ書き。

<雑念>のイメージを見ながら、数を数えていた。

<雑念>は、おもに、昨日見たドキュメンタリー映画のことだった。1970年代の映画で、とくに、出産シーンに、目を奪われた。細部はぼかされているが、その場の臨場感が、凄まじいもので、自分も<出産>に立ち会わされたかのようだった。無事に、赤ちゃんが出てくると、我を忘れて、感動していた。

生身の人間が、本気でぶつかり合っている。ウソや偽善を許さない、泥臭い情熱がある。映像作品の範疇を超えた、思想の結晶だ。全人間的な、魂の記録だと思った。<極私的エロス 恋歌1974>。真摯な人間たちに、久しぶりに出会って、清々しい気持ちになった。

100回目くらいからは、<雑念>も背景に退き、すこし、ぼうっとしてきた。とはいえ、遠くのほうで、数はしっかり数えている。150回目で終了した。

今日は散歩の日だ。いつもと同じ、人と、ほとんどすれ違うことのない土手道だ。が、川原や土手下の田んぼの様子が、行くたびに変化している。ちょっと前には、青々としていた<麦>が、少し茶色っぽくなってきた。<麦秋>が近い。

初夏なのに、<麦秋>。趣のある言葉だ。

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